めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

自然を受け入れられる日常

2017-06-22 14:14:15 | 日本人

いよいよ鬱陶しい梅雨になりました。
毎年の事ながら、この時期は、蒸し暑さで、心も身体も
疲弊してしまい、特に、高い湿度は、気持ちを萎えさせます。
家の中には、至る所にカビが生え、更には、この時期大量に生まれた
ゴキブリの子供たちが、夜な夜な徘徊しています。

家電製品を使って、家の中を除湿し、気温を下げても、小さな環境は

外の自然環境には勝てません。
人工的な過ごし易さは、いつの間にか、私達の身体を弱体化させます。
この様に自分を中心に考えて行くと、この時期、余り良い思いは
有りません。
早く梅雨が明けて、暑くとも青い空の毎日を拝みたいと思うのです。

しかしながら、多くの気象条件は、私達人間が不快に思っている事が

自然界にとっては、無くてはならないものである事が多いです。
もし、この時期雨が降らなければ、私達の主食であるコメの生育は
非常に難しく、ただでさえ雨の多い所に育つ稲は、日本の梅雨がある事で
私達の食を守ってくれているのです。
更には、夏野菜、秋の様々な果物の収穫も、この時期に降る大量の雨が
命綱と成って、私達日本人の食を繋いでいるのです。

とは言え、私達日本人の生活は、この自然の摂理に逆らって、自分達に

都合の良い様に作り変えられて来ました。
特に都会に於いては、あらゆる物が人間にとって都合の良い様に作られ
大自然の摂理をはねのける様な構造と成っています。

雨風がしのげるだけでなく、社会生活が円滑に行えるよう、都市の機能は

あらゆる自然現象を無視して、常に人間に有利になる様に作られています。
その為、私達の周囲の自然は、殆どの物が人工的に作り変えられた物が多く
一見自然の様に似せている事が少なくないのです。

大都会を彩る緑も、人間に都合の良い様に、緑や花の美しさは有っても

それ以上の物は必要でなく、綺麗な花壇に咲く花には、蝶も虫も居ません。
緑地帯に育つ多くの植物は、昆虫が嫌うものであったり、毒を持っている
危険な植物も多いのです。

また、都会に流れる川も、生き物達の生活の場ではなく、人間の生活汚水を

流す下水道に過ぎません。
しかも、その下水の中は、私達の生活を便利にするために日常的に使われる
猛毒の薬品が多く含まれ、その汚水が、やがて海に注がれ、海の生き物を
多く死滅させているのです。

都会から出る汚水は、処理施設に於いて処理されているから大丈夫と言われ

多くの人々は、綺麗な水が海に流れていると信じていますが、実際は、
汚水レベルを基準値まで下げて流しているに過ぎません。
これは、企業や工場との提携で生産性を落とさないで、生き物たちが生きられる
ぎりぎりのレベルに設定されていて、全ての生き物が健全に生活繁殖出来きる
安全な水ではないのです。

実験室的な安全レベルであり、生き物達の全てが生きられる汚染レベルではなく

人間の都合で作られた、企業優先のレベルとも言われています。
その為、実験で使われる極めて少ない汚染に強い生き物を基準にしていて
海や川に居る、様々な弱くて小さな生き物達やプランクトンには非常に
毒性が強く、食物連鎖の底辺を成す、大切な生き物達を死滅させています。

その結果、私達が利用する大型魚介類の繁殖に大きな影響が出ていて、

海や川の透明度が増して綺麗になっていても、生き物たちがどんどん減っている
片手落ちの現象が起こっているのです。
年々減少する漁獲量は、単に乱獲が原因と言うだけでなく、私達人間の生活が
その主因と言える事が解って来ているのです。

多くの方が、マーケットや生鮮市場で売られる魚介類は、都会から離れた

遠い綺麗な海で獲っていると思っていますが、その多くが成魚であり、
それらの稚魚たちは、もっと沿岸に近い所で育っている事を知りません。

多くの海の生き物は、光が良く届き、栄養豊かな沿岸の海で育ちます。

山や陸から流れ出た栄養豊かな水が、プランクトンの栄養と成り、魚介類の
稚魚たちの餌と成っているのです。
小さな稚魚を育てるのに、膨大なるプランクトンが必要であり、プランクトンが
大量に育つ環境が、人間が多く住む沿岸の海なのです。

豊富な栄養と太陽の光、そして、汚染されていない海域が、魚たちの生まれる

大切な場所であり、ある程度育つ場所でなのです。
次第に大きくなって、漁業海域に回遊するのですが、それらの魚達の多くが
私達人間の身近な海域で育っている事を知らなければなりません。

しかし、その大切な生き物達の揺りかごともいえる海域を汚染しているのです。

魚達の成魚が生きて行けると言う環境基準値で処理されたと言う汚染水が、
プランクトンや稚魚と言った汚染に弱い生き物たちが多く育つ海域に、
日夜大量に排出されているのです。

目に付く大量の汚れは除去したとはいえ、その汚れの程度は余りにも酷く、

ヘビースモーカーが煙草を吹かす部屋に、生後間もない子供たちを入れる
以上に厳しいものなのです。
そんな環境で、多くの海洋生物が生きて行けるはずが有りません。
特に、近年綺麗と言われる都会周辺の海は、覗けば透明度が増していても
生命反応が感じられる所は非常に少なく、ただ、薄汚れたプールを
覗いているのと変わらないのです。

私たち人間は、どんなに進化したとしても、地球の生き物達の命を頂いて
種を繋いでいるのです。
私達の生活は、多くの生き物達の生きる環境の中に居るのです。
私達の都合で自分達だけ快適に暮らしても、多くの生き物たちが生きる
この地球環境を汚していては、自分達もいずれ淘汰される可能性が
高いと言えるのです。

おりから、世界的な食糧難と成っています。

飽食日本と言われていますが、世界の多くの国では、子供たちが飢餓で苦しみ
食料を奪い合う事で多くの国で内乱が起こっています。
食が満たされていると言われる先進国においても、この事は深刻であり、
世界的な異常気象は、地球規模で食料供給を難しくしています。

その為、多くの国では、食に対する取り組みが一段と強化され、今や、

世界中の海は、食料調達の場として、今以上に乱獲の可能性が高くなって
近隣国との諍いも多くなっているのです。
ここ数年、日本近海にに出没する近隣国の大型漁船船団は、日本近海まで
水産資源を求めて進出しています。
その為、日本の漁獲量が益々減少する可能性が高く、これからの日本にとって
日本人の食を如何に守るかが緊急課題と成っています。

しかしながら、日本人の食に関する感覚は非常に疎く、何時までもどこでも

食べたいものが手に入ると言う状態です。
食品ロスも、世界的に見て余りにも酷く、食べられないで捨てられる食品は
年間800万トンほどにもなり、日本の一県で年間消費される食料に
匹敵されると言われます。

しかし、日本人が自由に食べられると言う食の半分以上が輸入に頼っていて

もし、それが途絶えれば、日本人は直ぐに食糧難と成ってしまうのです。
多くの日本人が、その様な事態は、夢にも思っていないのですが、世界の現状は
日本すら撒き込みかねない緊急事態と成っているのです。

私たち日本人は、太古の昔から、大自然によって育てられ大自然と共に

生活する事で心も身体も育てて来ました。
身近な海や山から獲れる自然の幸を利用し、自然と共に生きて来たのです。
その事が、日本人の豊かな自然に対する感性と豊かな人間性を育てて来たのです。

便利で経済的な生活は、日本人の生活を豊かにしたかも知れませんが、

日本人の心と身体を蝕んでしまいました。
この先、どんなに経済的に豊かになろうと、私達の心の苦しみは消えることなく
見てくれの豊かさにますます苦しみを増していくと思われます。

私たち日本人を育てて来た大自然の摂理を、もう一度しっかりと見直し、

自分達は、日本の自然の中で、どの様に生きて行くべきかを考える事が
私達日本人が、本当に、豊かで幸せな人生を歩む事が出来ると思われます。
様々な日本の四季を素直に受け入れられ、大自然と人々が繋がる生活を
創り上げて行く事が大切で有る様に思えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
環境
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