めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

人に怯える日本人

2017-06-13 15:24:20 | 日本人

かつて、これ程にも日本人が自信を無くし、怯えた時代が
有ったでしょうか。
例え、経済的に豊かでなかった時代であっても、人々の瞳には
明日が映っていて、誰もが、それぞれの環境で、夢を求め
期待に胸を膨らませていたものです。

もともと繊細でシャイな民族であった日本人は、お互いに助け合い
足りない物を与え合って、お互いを信頼する事で家庭を社会を
築いて来ました。
真面目で努力を厭わない国民性は、あらゆる分野で結果を出し
何も無くなった終戦の時から、十年もしない間に経済大国として
長足の進歩を遂げ、あっと言う間に、先進国の仲間入りをしました。

アジアに於いて、断トツの経済財力を身に付けると、世界の中でも

羨望されるほどの進歩を遂げ、私達の生活は、便利で豊かと成りました。
誰もが、自分の置かれた環境に満足し、更なる夢に向かって進むと
思われていたのに、いつの間にか、経済は低迷し、人々の生活も
厳しいものへと変わって行きました。

人々は、生活を引き締め、節約しながら、何とか現代社会に付いて行こうと

頑張っているのですが、多くの人々の瞳は暗く沈んでいます。
戦後の何もない頃に比べて、遥かに経済的に豊かな生活をしているのに、
人々の生活に生気は感じられません。
ただ、与えられた環境で、一生懸命生活をする為に働いているだけで、
未来を夢見て頑張っている方が非常に少なくなっているのです。

この事は、社会が新たなる人材を求めることなく、現状を維持する事で

精一杯と成っている企業が多い事も有り、若者たちの夢を受け止める
大きな社会の懐が消えてしまっているのです。
ただ、無難に、一生食べて行けるだけの生活費が稼ぐことが出来れば
良しとする、消費経済に付いて行くだけの生活を送っている人が多いのです。

すでに社会は、現実の規模で体制が確立され、若者たちが新たに作り上げる

先が広がった夢ある職場が非常に少なくなっているのです。
メディアで紹介される多くの進歩的な企業や会社は、全体からすると
ほんの一部であり、その背後には、巨大規模の組織を持った企業が
リーダーシップを取っている事が殆どです。

その為、地方に新たに進出する企業や商店は、殆どが中央からの出張店であり

地元産業を活発にすると言うより、地方の財すら吸収する体制です。
昔からの中小企業は益々疲弊し、新たに店舗拡大を考える力もなく、
大手企業に吸収される事で、地方の力は益々弱くなり、あらゆる物や人が
ますます都会に集中しています。

一部大企業は、あらゆるメディアを利用して、全国ネットを展開し、

日本中から莫大なる資金を集める事で、今や、人々の生活は一極集中の
持てる人々と持たざる人々に分けられる様になってしまいました。
日本中の多くの人々が生活に苦慮している一方、ほんの一部の富裕層は
更なる財力を得て、不況の苦しみよりも、好景気に沸いていると言えます。

バブルで衰えた力も、国民の多くに負担させる事に依り、より豊かな

事業展開を行っているのです。
連日伝えられるメディアによる消費生活の魅力に、国民は、どんなに働いても
追いついては行けません。
世の中の流れに付いて行く事が、メディアが推奨する幸せのカギと信じ、
必至に毎日を働き続けているのが庶民の現状と言えます。

働いたら働いただけ、消費経済のシステムによって吸収され、メディアの

コマーシャルは、より多くの出費を幸せの道と洗脳します。
最もこの消費経済の影響を受け苦しんでいるのが今の若者達です。

自分達の理想の生活は、若者たちが、現実で得られる所得では叶えられる

限度を超えています。
多くの若者は、自分が食べて行くだけで精一杯であり、自らの未来を夢見る
と言うより、どんなに頑張っても思いは達成されないと言う虚無感が漂い
多くの若者は、どの社会で生きようと、自分の無能さを確認させられ
夢を捨てざるを得ないのです。

特に、若い頃、最も大切な恋愛から結婚と言うパターンは、人によっては

夢のまた夢とも考えられ、最初からあきらめている者も多いのです。
社会的に、より豊かな環境に移れないだけでなく、経済的な補償の無さは
若者に不安と恐れを抱かせるのです。
人生の様々な夢や喜びを達成できる時期に、可能性を否定された若者たちは
自分の欲求を刹那的に満たす生活をするだけで、若いエネルギーを未来に
繋ぐことが出来ません。

更に問題は、今の社会は、便利になったとは言え、誰もが孤立化している事です。

例え家族であっても、学校の仲間も、社会人であっても、お互いの評価が
外見的経済的評価と成って、一人の個としてのやり取りに非常に疎いのです。
家族間、友達間、社会生活に於いて、お互いの目的がある場合のみの繋がりで
人間的な繋がりが非常に希薄と成り、人の繋がりが、便利で経済的に豊かと
言う事で繋がっている場合が多いのです。

子供から高齢者まで、誰もが一人ぼっちで、自分が何か具体的に求める時のみ

誰かと関わると言う、人間的な繋がりを育てていない人たちが多くなっています。
親子で有ろうと、友達関係であろうと、例え饒舌であっても、心の繋がらない
損得勘定が働いている関係が問題です。

自分が得にならないと、楽しく無いと人と関わらない、自分が損をしたり

苦労しなければならない事には手を出さないと言う、好きか嫌いかと言った
余りにも表面的な関わり合いが多すぎます。
日本人の言語は、例え、ハイ、と言いう言葉であっても、その意味するものは
相手との関わり合いで、無限大に多く、それをいかに察するかと言う事で
お互いの絆をしっかりと育てて来たのです。

その為、一つの言葉を出す時も、相手の事を考え、様々に試行して、その場に

最も相応しい喋り方をしたのです。
例え、発する言葉が少なくとも、その言葉から、お互いの気持ちが深く感じられ
信頼と安心が人間関係に育ったのです。

しかし、今や、役者の様にタレントの様に、饒舌に話が出来る人が多くなって

自分の意思を様々な言葉と表現で表すことが出来る人達が増えました。
立て板に水の様に、まるで言葉が用意されていたかの様に、意思表示を強く
示すことが出来る人が目立ちます。
しかし、それらの言葉の多くが、心に残らない場合が少なくありません。
つまり、話す相手の事を考えているのではなく、自分の頭の中と話していて
その知識の豊富さが、人間の大きさの様に錯覚している方も多いです。

言葉は、ただ、意思を伝えれば良いのではなく、自分の心と相手の心を

通わせるために使います。
場合によっては、わずか数語で済む場合も有り、更には、数十分に及ぶ
説明を要する場合も有り、その状況によって、人々は、使い分けていたのです。

しかしながら、現代社会は、ただ、やたらと言葉や知識を並べる事が、

優れた人の様にもてはやし、その言葉の真意が伝えられない人が多いです。
言葉は、相手に安らぎを与えたり喜びを感じさせることも出来ますが、
相手の心を引き裂いたり傷つけたりすることも出来るのです。

同じ言葉が天使のささやきに成ったり、悪魔のささやきと成ったりするのです。

その違いは、やり取りをする人の心に有るのです。
言葉を単なる伝達手段としか考えないでいると、自分の欲求しか伝えられず
受け取った人に対して不快な気持ちを与える事も少なくないのです。

今の日本人は、自分の心と相手の心を感じる力を失って、常に、誰からか

与えられた、社会的に有効と思える言葉を安易に使ってしまい、いつの間にかに
相手を傷つけたり自分が傷ついたりしています。
人と、どの様に対処して良いのか、言葉の基準が自分の心に無く、
メディアから得られたやり取りと同じような口調をする事で、真意が伝わらず
お互いにギクシャクした関係が多くなるのです。

その為か、今の若者たちの言葉には、単に、自分が傷つきたくない事から

やたらと敬語を使ったり丁寧語でやり取りする傾向があります。
言葉の良し悪しは、相手の心とのやり取りで決まります。
同じ敬語でも、相手によって全く違ってくるはずです。
いつも同じ丁寧に言っていれば、相手にとっては、気持ちがよく、自分への
危害は加えられないとでも思っているのでしょうか。

そんな言葉は、大型食品店舗の店頭に立つバイトの慇懃無礼な言葉と同じです。

この、相手に対して丁寧に使えば、自分の意思が伝わると思っていると
男女共好きな人が出来た時、ただ、本心と違う丁寧だけの言葉で付き合う事で
いつまで経っても本心が伝わらず、しびれを切らして、具体的行動に出て
相手に見限られてしまうパターンが多いのです。

男女がお互いに好意を示す言葉も、二人が結ばれるまで、心の変遷と共に

会う度に毎回、様々に変わってくるのです。いや、相手の事を考えていれば
その都度一番相手が欲する口調と成って喜ばれるのです。
本やネットで知った恋愛のハウツウを実行した所で、ほとんど効果が無いのは
相手の事を考えず、自分の頭の知識と話しているからです。

人間社会は、自分が関わる人と、心のやり取りを通じて意思の疎通を図ります。

外から解る言葉や態度は、実際の心とは全く違っている事を知らなければ
ならないのです。
例え、素敵な俳優が言った言葉を真似たとて、相手には、軽薄なおちゃらけと
受け取られるだけであり、自分の感情を無視されたと思われ、かえって、
引かれるだけです。

しかし、多くの若者が、素敵なタレントの仕草や演技に憧れます。
自分もその感動を得たいと思うのですが、自分の行う行動とセリフの答えは
相手の心に有る事を知っていなければなりません。
たまたま使われたセリフが、ドラマでは素敵なのですが、現実は、全く違って
一人一人別の物語であるのです。

今や、何故、日本人の多くが不安で自分に自信が持てないのか、その答えは、

自分の関わる人の心を感じようとしないで、自分の欲望とセリフで処理しようと
勝手に関わり合いを決めてしまう事です。
家族であろうと会社の人達とであろうと、目の前の人が、自分とも他の人とも
全く違った存在である事を理解出来れば、仕事も、自分の未来の道も、自然と
解って来るのです。

昔から、女の子に非常にもてる男は、外見やパフォーマンスでは有りません。

いつも、女の子の心と身体が気持ち良くなる事しか考えていません。
それは、一人一人違っていて、その都度、その相手に応じた方法を
的確に実行しています。
美男美女が常に結びつくのは、物語の世界とメディアの世界だけなのです。
他人に対しても仕事に対しても、相手の気持ちを幸せに出来る人が
いつの世も、人々の中心と成っているのです。

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