めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

復興しない人々の心

2017-07-14 14:11:54 | 日本人

洪水の後の炎天下に於ける汚泥の撤去作業は、
何に増して過酷なものです。
かつて大洪水に遭って、多くの知人を失った後
水が引いたとはいえ、残された膨大な汚泥は、日に日に
腐り始め、その臭いは、いまだに脳裏に焼き付いています。
夏の猛暑の中、ニュースに流れる復興作業は、見るからに
過酷であるだけでなく、あの猛烈な腐った泥の臭いが
遠い記憶を蘇らせます。

水を含んだ泥は、非常に重くて、自衛隊の人達でさせ
重労働と思われますが、何日も晴れた日が続くと、
今度は、コンクリートの様に固まって、人力では
とても歯が立たなくなって来ます。
しかしながら、そんな汚泥の下に、いまだ家族や友が
閉じ込められていると思うと、どんなに過酷な作業と言え
何とか見つけてあげたいと思うのが人の常です。

災害は、突然やって来ます。
前の日まで、何の前触れもなく、突然人々の幸せを引き裂き
未来への夢を奪って行きます。
第三者の立場で、ニュース報道を見ている人達であっても
明日は我が身と成る事が有るのです。
いつ、自分が被災者と成って、途方に暮れるかも知れないのです。

そんな時、その窮地を救ってくれる人達が現れた時、
本当に、人の善意の有難みが心に染みるものです。
台風が去って、二階の窓から外を眺めると、昨日まであった
我が城下町は、殆ど形すら残らず、そこには、ただ濁流が流れ
漂流物が幾重にも庭の松の木に絡んでいました。
子供ながらに、これから一体どうしたら良いのか、両親の顔は
明らかに途方に暮れた状態でした。

そんな気力が失せた私達に、生きる望みを与えてくれたのが
朝早く、プロペラの音を響かせながら上空をホバリングする
自衛隊のヘリコプターでした。
その後、一か月に渡って、私達被災者は、食料と水
そして、衣類の提供を受け、何とか頑張ることが出来ました。

災害は、映像からは想像できない程悲惨な状況が有るのです。
家の中から泥を撤去するだけで、どれだけ大変かは、
体験者しかわからないものです。
しかしながら、こんな苦しい状況であっても、沢山の方の
暖かい支援は、被災者たちの気持ちを奮い立たせるものです。

今回の被災地復興の為に全国から多くのボランティアの方が
現地に入っています。
中には、これまで災害を経験した地域から、その時に感じた
暖かい思いを返そうと、復興作業を行っている人達もいます。
誰もが災害に見舞われる可能性が有る日本社会に於いて、
自らが被災する可能性もあり、沢山の人達から暖かい援助を
受ける事になるかも知れないのです。

もちろん、政府や自治体、民間団体、企業と言った
復興を大きく進める力のある人たちの働きも大切ですが、
同じ日本人として、被災した人たちの事を思うと言う事は
極めて自然な事と言えるのです。

日本は、昔から様々な天変地異が有りました。
人々は、多くの犠牲を払いながらも、この大地を愛し
私達に命の糧を与えてくれる大自然に敬意を払って来ました。
自然に感謝しお互いに助けあう人の関わり合いを大切にして
子孫を育んできたのです。

私たち日本人は、豊かな生活を望みながらも、その一方で
人としての優しさ労り思いやりを求めているのです。
お互いに相手の事を思う事で、日常生活をスムーズに
心豊かな日々を送って来たのです。

日本人にとって、幸せとは、心の幸せを意味し、決して
物質的な物や、外見的な物に幸せを求めてはいないのです。
日本が経済大国と成って、何もかもが便利で豊かに
なった様に思えて、人々の心が満たされず、いつも不安で
怯えているのが現代人と言えます。

安心する為に、身の回りを豊かにしたとて、不満はぬぐえず
より安心できる様に更に物を求める生活は、永遠に、
幸せな心安らぐ日はやってこないのです。
太古の昔から、これ程にも多くの災害が繰り返されているにも
関わらず、人々は、この地を愛し、大自然と共に生きて来ました。
昔も今と変わらず多くの人達が被災しました。

しかし、傷ついた人達を励まし助けたのは、他ならない周囲の人の
暖かい善意だったのです。
大自然の猛威に打ちのめされても、それを救ったのは、人々の
心からの労りの気持ちが有ったからです。
その優しさに応える事で、例え全てを失っても生きて行く事が
出来たのです。
日本人の、相手を思いやる気持ちは、日本の大自然によって
育まれたものであり、日本人の気質そのものと言えるのです。

しかしながら、そんな日本人が日本人たる大切な心を、
見失っているのが現代社会と言えるのです。
心の豊かさを、経済的豊かさ外見的豊かさに置き換えてしまった事で
いつも心が癒されず、作られた幸せに振り回されている人が多いのです。
人よりもより豊かな生活を行い、地位名誉財産を得る事が人の価値と
勘違いしてしまっている人が増えているのです。

人の価値を物の価値に置き換えた時点で、果てしない欲求不満と成り、
いつまで経っても、心は満足できず、欲望は、荒んだ心を生む事と成り、
長い歴史が育て上げて来た、素晴らしい日本人の心を失ってしまうのです。

毎年日本のどこかで大きな災害が生れます。
地震災害だけでなく、様々な自然災害に、膨大なる予算が計上され、
被災地の復興は、目に見えて機能的に短時間で行われる様になって来ました。
それまでの経験をもとに、より迅速に被災者たちを救い、障害を取り除き
その規模も内容も充実したものとなって来ました。

とは言え、被災者たちと国や自治体の復興計画とは、相変わらず溝があり

一方的な復興計画が、住民たちを困らせている事も有ります。
復興とは、その土地に長年住んでいる人たちの、心の故郷を再建する事であり
単に衣食住が整った、政府や企業が勝手に考えた町づくりでは無いのです。

新しく作るのですから、かつて住民が住んでいた町よりも、遥かに綺麗で

近代的であるかも知れません。
しかし、それは、日本中、どこにでもある街であり、故郷の街ではないのです。
勿論、以前住んでいた住居と同じにしろとは言いません。
しかし、街づくりには、住民の意向が大きく加味されていなければなりません。
その街の、歴史も、文化も、何も知らない人が、勝手に作る街では、
住民たちの心は、災害で止まってしまうのです。

助けてもらっていて不満を言うべきではない、と言う方も居ます。

しかし、そこに住む人たちは、過去と未来を繋ぐ街が欲しいのです。
住民の心が通う街の復興を望んでいるのです。
かつて、ナチスヒットラーによって完全に破壊された東ヨーロッパの
多くの都市が、戦後復活される時、住民たちの願いを受け入れた
時の政府は、戦争前と同じ作りの街を完全復活させました。

まるで、蘇ったかのような美しい町並みは、今も世界中からの

観光客を呼び寄せ、地元民の誇りと成っています。
日本も、同じく、日本中の多くの都市が爆撃で焼き尽くされました。
しかし、焼け野原に立ったのは、かつての街ではなく、機能的で
しばらくの間住むことが出来る簡易住宅ばかりでした。

その後、高度成長期ともなると、次々に建て替えられ、

町の風景はその都度大きく変化して行きました。
しかしながら、中には、歴史的な見地から、かつての街並みが
再建された地域もありましたが、殆どの地域は、その地に住む人達が
自分達の都合で勝手気ままに作る街が出来上がりました。

つまり、消費経済を基準とした、壊されるのを前提に作られた街が

日本中に広がって行ったのです。
古くなったものは、建て替えたり作り変える事が世の中の基準となり
建物だけでなく、自然界も人間の都合で作りかえられて行ったのです。

常に新陳代謝の高い社会は、経済社会としては大きく進歩を遂げる為

日本は、世界的な経済大国になったのです。
消費する事を美徳と考え、街も自然もどんどん変化して行ったのです。
しかしながら、その結果生まれたのは、日本中の自然破壊であり、
経済社会がもたらした様々な汚染でした。

人も自然も傷ついて、ただ、沢山の便利で豊かな物に囲まれた日本人は

果たして、幸せになったと言えるのでしょうか。
災害が起これば、経済力を持って復興を早めようとも、人々の心は
一向に復興しないのは何故でしょう。

東日本大震災に於いて、街は近代的になり、津波に強い堤防が作られ

新たなる施設が創られて、本当に、被災者たちは喜んでいるのでしょうか。
いや、彼らに問えば、必ず、笑顔で、素晴らしい街になった、と言います。
しかし、その一方、諦めの言葉で、もう故郷は無くなった、と言う方も
多く居るのが現状です。

私の故郷も、半世紀ほど前、超大型台風で住民の3人に一人が

亡くなりました。
復興計画は、無数にあった美しい運河をすべて埋め立て、
巨大な堤防を巡らし、土地を数メートルかさ上げしました。
一年後には、地元住民でも、何処の街に住んでいるのか解らない程の
変貌ぶりです。

あれから半世紀以上経ちました。

町には、いつもどんよりと濁った下水の流れる小さな川がわずかに残り、
過疎の町に、中央の大手資本が作ったマンションと、20年前に作られた
高速道路が田畑を貫きます。
台風で残った城下町の面影はなく、街の半分は、外部から入って来た
新興住宅地の人間です。

家から少し歩くと、周囲をぐるっと取り囲む巨大な堤防が、まるで

刑務所の壁の様な威圧感です。
私達の歴史ある街は、台風で破壊されましたが、復興するどころか
死んでしまいました。

近年、様々な災害が起こり、多くの街が被害を受け、復興計画の元

新たなる街に変わっています。
しかしながら、どの地も、殆ど同じ作りであり、政府と企業が
勝手に創り上げた、消費経済国家の象徴の様な町ばかりです。
本当に心の籠った復興計画が日本で行われない限り、
多くの被災地で、人々は、住むところだけでなく、故郷をも
失っていると言えるのです。


 

 

ジャンル:
災害
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 人々の心を救えない災害対策 | トップ | 大6回目の生物大絶滅の主犯... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL