ハッカー伝言板改めえむびーまんの日記帳(山本隆雄ブログ)

日本コンピュータクラブ連盟・日本霊能者連盟・日本占い師連盟各理事長・メイドリラク萌とカードカルト経営者 山本隆雄の日記帳

今朝変な夢を見たので春日大社の多賀神社へ

2008-03-16 22:13:30 | その他
今朝、変な夢を見ました。
もう寿命なのでおよばれする内容だったので、夢の中で、「お断りします。」ときっぱりと言ったのを覚えています。
今死んだら、お金をひとりで握っているので会社とかややこしいことになる。というと
財産が多くあるように思われるので良いのでは、、。っていう内容でした。
昨日は、カードカルトの神戸三宮東店・神戸三宮西店・JR芦屋駅前店・三国ヶ丘店・
大阪日本橋店・南海難波駅前店をまわり、近鉄奈良駅前店だけまわれなかったので、
本日は、三国ヶ丘店を除くカードカルト全店をまわることにしました。
近鉄奈良駅前店に行ったら、近くを散歩するのを日課にしていますが、本日は、春日大社に行くことにしました。鹿に賞味期限を1年くらいすぎた最中や饅頭を与えました。鹿はよってきて、わしにもくれと私の体をつついてくるものすらいました。最中や饅頭をやり終えてまわりをみるとなんと30匹の鹿に取り囲まれていたのに気づきました。
午後5時をまわっていたので春日大社に行くと、本殿の門は閉じられ、その隙間から、拝みました。回廊沿いは歩けたので歩いていると、多賀神社の前にぶつかりました。
延命長寿の旗が何本もたなびいていました。もともとは近江多賀神社ということで、
延命長寿に効くということで、
いわれを見ると
「1146年(久安2年)鎮座の春日大社末社「多賀神社」があります。鎌倉時代に、東大寺中興の祖俊乗坊重源が80歳の時、「東大寺」再建の成功を伊勢神宮に参拝して、17日間祈ると、天照大神が示現して、祈願するなら天照大神の父神を祀る近江の「多賀社」へ参拝せよ。と云われたので、重源が早速「多賀社」へ赴き、額づいて祈願すると、神殿より一片の木の葉が舞い降り、虫食いで「莚」の字を表していました。「莚」は「廿延」と書き、今の80歳より更に20歳も寿命が延びるご神託で、彼は100歳まで生きて、再建の大事業も成功しました。」これだと思いました。
私も、100歳余りまで生きて、カードカルトはじめさまざまな事業をさせてください。
と祈っておきました。
春日大社には、何回も来ていますが、本殿の回廊沿いにある多賀神社が延命長寿の神社だとは、この時まで気づきませんでした。
本日、多賀神社をおまいりしたのは、今朝三宮のマンションで見た夢のおかげだと思いました。
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奈良東大寺2月堂のお水取りに行きました。

2008-03-07 23:29:19 | その他
カードカルト近鉄奈良駅前店に売上金を回収に行ったついでに、近くにある東大寺2月堂のお水取りを見に行きました。昨年は、土曜日に行ったので、近くによりつけず、遠くから眺めめました。今年は、平日だから空いていると思って行っても、身動きの取れない超満員。特設コーナーには、入れませんでした。
今から20年ほど、奈良のシャープに勤めているころ、会社帰りに、立ち寄ったものですが、当時は、12日のクライマックス以外の日では、おたいまつの直前でも特設コーナーに入りました。上から降り注ぐ、松の火の粉で、火の粉を振り払うのを忘れると服に小さな穴があいたりするので、回りの観客とで、背中についた火の粉を取り払うなどしたものです。ホームページを見ていたら、春日野観光というところのページで、社長さんが小学生のころ、お水取りに行くと観客は、その一家4人だけとかあり、昔は、12日のクライマックスを除けば、大勢の人が来ていたものでもなかったようです。
かなり離れたところから見ていたので、終了と同時に、2月堂へ行く階段のところに行き、線香のように火がついたままの松をひろいました。触っても熱いとは思われませんでした。
おたいまつの燃えカスの松を持っていると無病息災・災難よけになると言われています。
シャープ時代に行ったとき、回りの観客から、その人の知り合いでおたいまつの燃えカスを家に飾っていた人がいて、近所が大火事になったとき、その家1軒だけが焼けなかった
と言っていたのを覚えています。
2月堂に上がり、おみくじを引くと大吉と出ました。
そして、下るとき、1匹の鹿がついてきました。鹿にお名前はと聞きましたが、無視されました。下に落ちていたお菓子のビニール袋を食べようとしたので、そんなもの食べたらアカンというと、鹿は、吐き出しました。それで、近くにあった閉まりかけの土産モン屋に入り、鹿せんべいを買い、その鹿に与えました。
もちろん、鹿が、お辞儀してから1枚づつ与えました。
鹿せんべいすべてがなくなり、鹿にもうおしまいといい、鹿せんべいをくくっていた紙を
差し出すと、鹿はそれをぺろりと食べました。もう、食べ物はないと鹿にジェスチャーで示すと、鹿は、私について来るのをやめ、別の観光客のそばに行き、食べ物をおねだりしていました。
鹿ってそういう生き物なのだとつくづく感じました。


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