〈朝鮮紀行《食》 28〉高麗人参
生薬の王様たる威厳
開城といえばなんといっても「高麗人参」が有名である。太古から萬病薬として人々の健康を保ち、特にここ400年の歴史においては高麗人参をもって「高麗」という名を世界に広めたとして知られている。
高麗人参の薬効は多岐にわたり、今でも研究がすすめられ人工栽培にも成功した例が多く発表されている。その加工品なるもの数知れない。
ここ数年日本では朝鮮からの物資輸入がぜいたく品とみなされ、貴重で高級な開城産高麗人参がほとんど見られなくなった。かろうじて一部地域で人工栽培された人参と「中国産の高麗人参」が高値で売られている。この貴重な高麗人参の薬効を知っている人たちは朝鮮産となるとのどから手が出るほどほしいはずである。最近その効能、栽培、歴史等をわかりやすく解説した「高麗人参の世界」(洪南基著)に出合い、霊薬、仙薬とする所以を知り、朝鮮伝統の薬材を持つ民族の誇りを強く感じた。
収穫した生の人参は生参(あるいは土参、水参)と呼ぶ。重さの約70%が水分であるため腐ったり虫に食われたりするのを避けるため加工が工夫された。長期間の保存性を保つため様々な工夫がされた結果、生参をそのまま乾燥させたものを白参と呼び、蒸してから乾燥させた人参を紅参と呼ぶようになった。漢方医学では生まれてから宿り死ぬとき失われる「気」の流れがとても大事で、その気の滞りを正す浦薬として人参が特に優れているといわれている。
朝鮮在住の姉は、数年前まで家族の誰かが朝鮮を訪れ日本へ帰る際、必ずアボジの贈物にと紅参を用意した。がんの治療と予防にこれがアボジにできる唯一の親孝行だと言いながら、短い手紙も添えて持たせてくれた。アボジが亡くなった今では残った紅参を代わりに私の子どもの病気治療や家族の健康にということで飲んでいる。
さて開城を訪ね子男山ホテルでの夕食時のこと。暫し席を外していた運転手が得意げに笑みを浮かべ私の横に座った。彼の手にはナプキンに包まれた採りたての生参が握られていた。その愛おしさにたまらず撫でてしまった。運転手は生参の根についている少量の土を取り除き、高級で新鮮なものは生で食べてこそ意味があるといい根を少しちぎって私に勧める。私も加工品である紅参の粉末をいただくことはあるが、人の姿をした原型を見たのは本当に久しぶりであった。
さっそく口に含み噛んでみると想像してた以上に苦い。もちろん甘いと思ってはいなかったがここまで苦味が強いのかと、まさしく生薬の王様たる威力を感じた。人参を目の前にして躊躇する間もなく勧めるまま数本根をちぎって食べた。
しかしこれほど高級なものを独り占めするのもなんなのでガイドと運転手とで分けましょうというと、彼らはお土産にどうぞと私に勧める。心揺らいだがふと日本の税関にこの超高級ブランド品「開城高麗人参」が捕られてしまうことを考えたら、いや運転手に渡すのが1番。いささか残念そうな運転手の顔がとても印象深かった。
(金貞淑、朝鮮大学校短期学部生活科学科教員)