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NEC退団の高橋みゆき、エイベックスと契約
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バレーボールのプレミアリーグ女子のNECを退団した2004年アテネ、08年北京五輪代表の高橋みゆき(30)が1日、エイベックスと芸能活動などに関する専属契約を締結した。
高橋は同日、自身の公式ブログを立ち上げ「NECレッドロケッツを昨日正式に退団しました。今日からは、エイベックスさんにお世話になることになりました」と報告。今後の活動について「新しい高橋みゆきとして皆さんにお会いできるように、今まで出来なかった事に色々チャレンジして行きたいと思います」と抱負を述べた。
また、バレー選手を引退するかどうかは「自分では引退と言う言葉は使いたくないので心と身体を休めるための「休憩」だと思ってます」と言葉をにごした。
高橋は山形商高から97年、NECに加入。1メートル70とアタッカーとしては小柄だが、巧打が持ち味で日本代表の中心選手として活躍し、05〜07年の2シーズンはイタリアでプレーした。
(サンケイスポーツより引用)
高橋 みゆき(たかはし みゆき、1978年12月25日 - )は、日本のバレーボール選手。山形県山形市出身。ニックネームはシン。[1]2009年までプレミアリーグ・NECレッドロケッツに所属していた。 血液型O型。
来歴
小学校1年生のときに父親が指導するスポーツ少年団に入りバレーボールを始める。
1997年、NECレッドロケッツに入団。1999年、第6回Vリーグで新人賞を獲得と共に、チームのリーグ(全勝)優勝に貢献した。2002年度から2004年度まで主将を務めた。
2000年、全日本代表に初選出。2002年の世界選手権では全日本代表の主将を務めた。柳本晶一監督が就任以降、ライトにコンバートされ、2003年のバレーボールワールドカップでは、123得点を挙げ、スパイク決定率4位の活躍。2004年、アテネオリンピック出場も果たした。
2005年バレーボール・ワールドグランプリでは、ポジションを本来のレフトに戻ると共に、副主将を任命され、ムードメーカーとしてチームを牽引し、得点王を獲得した。
2005年8月から2シーズン、チームからの海外派遣という形で、セリエA1のヴィチェンツァでプレーした。2005年10月9日、キエリ戦でデビューを果たし、ヴィチェンツァは3-2で勝利したが、高橋は出場時間が短く、得点をあげるには至らなかった。当初、1年限りの派遣予定だったが、高橋本人の希望で期間延長された。
2007年9月、NECレッドロケッツへ復帰。2008年8月、北京オリンピックに出場。
2009年6月、NECレッドロケッツを退団。
人物・エピソード
キャッチコピー
世界が恐れるニッポンの元気印。
高橋家は、自動車整備工場を営む父、母、兄、弟2人の6人家族。
末の弟・高橋和人も豊田合成トレフェルサの選手である。
以前はチーム練習において手を抜くことから“手抜きのシン”と陰口を叩かれ、当時の監督であった葛和伸元から「お前はうまいだけのキャプテンじゃ。そんな選手はいらん」と叱られたことがある。勿論今はそのような面影はない。
2002年の世界選手権で主将として臨みながら過去最低順位に終わっている。このことから後に柳本晶一が全日本女子監督に就任した際、日本バレーボール協会から「代表に選ぶな」と言われたほど、協会内での評価は低迷していた。しかし柳本は敢えて高橋を招集している。
ポジションは2003年にライトを任されるまでは、レフト一筋であった。その為柳本からは正ポジションを獲得する為に敢えて吉原知子と同ポジションで競わされた経験を持つ。
柳本は全日本監督就任当初、キーマンの吉原、竹下佳江が勝負に突き進む性格の為、逆に明るい性格でチームの潤滑油になりうる存在として高橋を選んだ。しかしアテネオリンピックでは高橋の不調が成績低迷の一因となり、チームを纏めることが出来なかった。五輪以降はヨーロッパチームへの移籍などを通じて明るいキャラクターだけではなく、時には厳しい姿勢でチームを牽引するようになっている。
2003年バレーボールワールドカップの対ポーランド戦で、高橋は日本の勝利に涙ぐむフジテレビの森昭一郎アナを、機転を利かせたマイクパフォーマンスでフォローし、周囲を驚かせた。
2005年バレーボール・ワールドグランプリでは、TV中継ゲストの浜田雅功を、大友愛と共にコートへ引っ張り出して胴上げをし、浜田を赤面させる行動を起こした。
2006年バレーボール世界選手権では、観戦に訪れていた北島三郎に向かって、「さぶちゃ〜ん」と叫ぶというマイクパフォーマンスも見せた。
元チームメイトで、同じ歳の仁木希とは一番仲が良い選手である。
柳本監督から怒鳴られたのは、レポートの提出遅れでの一度だけ。
アメリカプロバスケットボールNBAのアレン・アイバーソンを神のように尊敬している。
その理由は『決して大男とは言えない体格でコートを縦横無尽に駆け回る姿に憧れる』からとのことである。
プレースタイル
マークをかいくぐっての速い攻撃、相手のブロックアウトを狙うスパイク、センターと絡んだ時間差攻撃を得意としている。アタッカーとしては小柄であるが、抜群のテクニックでプレミアリーグ、セリエA1、全日本代表で、中心選手として活躍している。
球歴・受賞歴
所属チーム履歴
山形東小→山形第四中→山形市立山形商業高校→NECレッドロケッツ(1997-2005年)→ヴィチェンツァ(2005-2007年 海外派遣)→NECレッドロケッツ(2007-2009年)
全日本代表 - 2000-2008年
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 2004年、2008年
世界選手権 - 2002年、2006年
ワールドカップ - 2003年、2007年
受賞歴
2000年 第6回Vリーグ 新人賞
2001年 ワールドグランドチャンピオンズカップ ベストサーバー賞
2001年 第50回 黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会 ベスト6
2002年 第8回Vリーグ 敢闘賞、ベスト6
2003年 第9回Vリーグ 最高殊勲選手賞、レシーブ賞、サーブ賞、ベスト6
2003年 第12回アジア選手権 ベストスパイカー賞
2004年 第10回Vリーグ サーブ賞
2005年 ワールドグランプリ 得点王
2007年 第14回アジア選手権 最高殊勲選手
高橋みゆき「情熱大陸」1/3
高橋みゆき「情熱大陸」2/3
高橋みゆき「情熱大陸」3/3
大好きな選手だっただけに、淋しい。でも。バラエティー番組でも活躍しそう。







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