羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

理屈で生きるか 感覚で生きるか そして落ち着きどころは

2017年06月13日 16時27分50秒 | Weblog
 今朝は、隣家のおじさんの車で、先日入れたばかりのテレビと、動かすたびに壊れていく鏡台を自宅に持ち帰った。
 鏡台は祖父が戦時中にもかかわらず、母のために用意したというもの。あっちこっちがいたんでいるのに、執着していた。
 さすがに鏡の部分がグラグラして、危険であった。

 施設に入ってしばらくすると自由得た母は、夜中に起きだして這ながら自室内を動き回り、あげく引き戸をあけて廊下まで出てくるようになったそうだ。
 車椅子からも自分ひとりでおりて、這うようなったという報告をうけた。
 実は、入院する前、一年以上になるが、「もう二度と転びたくない」と自分から、“這う”という移動手段をとるようになった。

 施設の方々と話をし、先方からも提案をいただいた。

1、骨折や怪我をしない対策をとってみる。

2、昼夜逆転のリズムを正常に戻す。

3、便秘を改善し、食欲を普通に戻す。

 以上の三点にしぼって何が出来るのか、検討してくださった。

 そのためにテレビと鏡台をもどした。
 ベット使用をやめるために床に敷くカーペットを用意した。中野には島忠があるので、すぐにも買いそろえることができた。
 大きさを部屋に合わせるために、ハサミで簡単にきれて、よごれもすぐに落ちるものがあった。ペットを飼う家が増えて、このような製品が売り出されているという。

 あとは睡眠導入剤を使用するか、するとすれば、ふらつくといった副作用を考えて、ベットをやめる選択をした。
 便秘の問題も含めて、どの程度の薬を使うのか、使わないのかを検討することになった。

 事細かに考えに考えを巡らせて実行しても、何が起こるかわからない。
 それが生きているということだ。

 熟睡もどこへやら、昨晩も夜中に目覚めた。
 悪い方にばかりに考えてしまう。
 そこで、暗闇で体操をし、呼吸を整える。
 しばらく過ごして、また、床に入り直す。

 朝、目が覚めると、疲労感は免れない。
 それでも施設の申し入れを受けて、行動に移す。
 そうしたら上手くいく保障はない。
 それでも母のために、何か出来るという自己満足で、今夜はゆっくり眠れるような気がしている。
 手だてをこうじることが出来るということは、死を予告されて過ごす時間の重苦しさとは違っていることを感じている。

 野口三千三先生は厄介な「肝内結石」を罹患した。その時から20年、亡くなるまで病気と末期に関わらせてもらった。
 父は膠原病の全身性エリテマトーデスに罹患し15年、最後の5年間は癌におかされていった。
 先生と同じ順天堂病院で息を引き取った。

 そして、今度は母である。
 平成19年に「腰椎の圧迫骨折」を起こしてから、少しずつ老化がはやまり、とりわけ最近の5年間は超スピードで進行した。
 私の介護力限界の閾値ギリギリで、今回の入所となった。

 通算するとおよそ40年、野口先生、実父、実母、三人の「老・病・死」に立ち会っている。
 母の場合は、いつになるのかは予想もつかないが、これから彼岸へと送り届けることになる。 
 
 一つだけ言えることは、感覚器官が衰えたり、ある感覚器の機能を失っても、残された感覚をフル活用して、“感覚で生きる”ことに精一杯つとめている姿を思い出す。ちょっとしたからだの違和感が、老・病・死にとっては非常に大きな違和感としてあらわれる。
 理屈で説明してもそれは通らない。
 残されている感覚が納得しないと、不快感は限りなく増幅される。
 そのためにそばにいる者は、ときに振り回されてしまうのだが、それもこれも向き合っている人が生きているからである。

 これまで同じケースはひとつもなかった。
「えー、何、それって」
 お世話をする私も、起こることにひとつひとつ立ち向かってほぼ40年が過ぎていった。

 誰しも元気なときは理屈で生きられる。
 しかし、老いて病いを得て、そろそろ死が射程に入ってくると理屈ではなく”感覚で生きる”ことになる。
 それは3人とも共通している。
 衰える感覚を補うように、超感覚が活性化し顕現してくる。
 しかし、その超感覚は言葉にはなりにくい。
 したがって周りのものは予測し、忖度し、推し量って、身の回りの改善をしていくしかない。
 それでも来るものは来るのだ。

 40年を振りかえって、常に逃げなかった自分がいる。
 そして支えてくれる多くの人がいてくれる。
 
 ただ、今回ばかりは本当の母の希望を叶えてあげられない。
 からだの芯がギュッとつかまれて、ものすごく苦しいときがある。

 お母さん、ごめんなさい。
 お互い、今がいちばん辛いときなのだと思う。
 自然に落ち着きどころにおさまるまで、時間をください、もう少しだけ。
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