羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

松下の「二股ソケット」とSONYの「認証型コンセント」

2012年02月15日 09時23分30秒 | Weblog
我が家ではなかなかLEDに替えることができない。電球の買い置きも捨てる気にはならないし、立て替えて6年8ヶ月の家には、当時とては新しい電球がまだまだ健在だ。
 何を隠そう。蔵の二階では三カ所電球が取り付けてある。階段下でスイッチを入れると必ずつくのは「二股ソケット」の改良型で「三つ股ソケット」である。これは電球が二つ+コンセントが一つ使えるようになっている。
 先日、NHKで再放送していた『神様の女房』の一部を見ていた。松下電器、現在のパナソニックの創業者・松下幸之助の妻むめを描いたドラマだった。
 企業の基礎を築く重要なエピソードとして、「二股ソケット」を開発する過程と製品に作り上げて販売する様子が描かれていた。
「我が家では今でも使ってますよ!」って、思わず声にしてしまった。
 
「三つ股ソケット」は、扇風機だったり除湿器だったり、その時々に差し替えて使う。
 部屋の隅にコンセントがなかった当時としては、相当に便利で重宝がられたに違いないことが体感できる。
 蔵は大正15年に建てられたものだから、丁度、幸之助が日本のエジソンと言われた同じ時代が残っていて、ドラマの情景がそこにはあった。
 
 そして今朝のこと。
 日経、朝日、両新聞の記事を読みながら、時代とともに住宅のあり方が大きく変化し、もっと変化する感慨を持った。それはSONYが機器ごとに電力管理ができきる新型コンセント「認証型コンセント」を開発したニュースを読んだ時だった。
 何でもプラグとコンセント間の情報をやり取りするタイプと、電力経由でやり取りするタイプの二種類があるそうだ。自社ではつくらず、電力、電機、住宅大手企業と組んで、研究をすすめ製品化していくらしい。

 電力問題がクローズアップされ、エコ住宅に関係する物の開発が、これからの企業にとって生き残り策になる昨今。IT革命があらゆる生活の場面で変化をもたらしていく実例だ。
 その変革の時代に生きているのだなぁ〜。
 
 記念すべき改良型「三つ股ソケット」は、近代化のひとつの革命製品だった。そう思うと辞書同様に捨てられないものがまた一つ増えてしまったわけだ。

 思いますね。
「断捨離」という言葉は、しばらくお預けだ。
「断」ずれば「繋がり」、「捨」てれば新しい価値を「拾い」、「離」してみると客観が照らす世界は「貴重」だ。ひとたび廃棄した物は、二度と還らず。
 ここはよーく考えて、片付けを続行しようと思う。
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『日本国語大辞典』小学館

2012年02月14日 08時58分54秒 | Weblog
 昨日は、3・11の地震の際に本棚の上から落ちた「五人囃子」人形を片付けた。
 昭和25年の初節句に母方の祖父母から送られたお雛様だ。内裏様をはじめ他の人形や雛道具などは、茶箱に納められているらしい。らしいというのは蔵のむき出しの梁に近いところの棚に乗せられていて、長年にわたっておろしたことがないので、確かめていない。
 その茶箱に入りきれない一箱がこれだった。文字が書かれて使用しなくなった和紙を張り合わせてつくった畳紙に包まれ、紙縒りの紐がかけられていた。床の上で包みをほどくと、桐の箱が音も立てずにバラバラに壊れた。高いところから落ちた衝撃でいたんでいたのだろう。まず、人形を一体を取り出した。そろそろと紙をはいで見ると、着物は色あせていなかった。頭も離れることもなくちゃんと着いていた。無事だ。一体ずつ丁寧に紙を取り除いて、並べて見たが、五体満足であった。きっと他の人形もおそらく綺麗な状態に保たれている、と思いたい。
 丁度、空になっていた柔らかで軽いスーツケースが見つかり、取っておいた桐箱二つに、新しい紙で養生した人形を入れた。後々、壊れた箱を修理して、そこに戻そうと思っている。
 再び、蔵の二階にしまうと、落ちついた。
 連日ドラマ「カーネション」が描いている昭和の時代。思えば、25年当時、まだまだ物が充分になかった。ましてや段飾りの雛人形を持っている女の子は、ご近所では少なかった。
 これは迷いもなく、取っておくものだ。

 さて、それはそれとして、次なる悩みが発生している。
 本の整理をはじめたのだが、小学館『日本国語大辞典』をどうするのか、である。
 野口体操をはじめて、この20巻と諸橋轍次の『大漢和辞典』をまず用意した。記念すべき辞書たちである。
「体操になぜ辞書?」
 そんな疑問符をつけることもなく、野口先生のレッスンを理解する為には必要だ、とばかりに高円寺の古書店・都丸書店で買い求めた。
 因みに、『日本国語大辞典』についてこのような説明がある。コピペをお許しください。
《上田万年・松井簡治による『大日本国語辞典』を引き継ぐ事業という性格をもつ。松井簡治の子松井驥、その子松井栄一三代の蓄積していたカード資料に注目した小学館が、1960年に松井栄一に出版を持ちかける。1964年に、国語学者・金田一京助や、広辞苑の著者・新村出、大漢和辞典で知られる諸橋轍次を始め、佐伯梅友・時枝誠記・西尾実・久松潜一・山岸徳平という日本の国語学界を代表する学者を編集顧問に迎えて編集委員会が発足し、200名以上の執筆者を動員して本格的に編纂作業を開始する[1]。
1972年から1976年の5年間にわたって刊行され、全20巻、45万項目、75万用例という大部の辞典となった。また別冊には主要出典一覧、方言資料などが収められる。活版印刷には図書印刷があたった。》
 ウィキペディアでこの説明を読むと、ますます手放し難くなってしまった。
 古本屋でも引き取ってくれそうにないから、捨てるしか道はないのだが、家の前に積み上げる勇気はほとほと持ち合わせていない。
 そこで、片付けの手がぴたっと止まってしまった。
 まったく置き場がないわけではないが、電子書籍の時代に、どうしうたものかなぁ〜!?
 以前、SPとLPレコードを引き取ってくれる方を、サジさんが紹介してくださったことがあった。遠方からわざわざ取りにきてくれたご友人を前に「やっぱり、手放せません」と平謝りしたことがある。それ以来、もとの棚に収まったまま数十年が過ぎた。これとてカビがついているに違いないよね。ほーッ。
 
 二日目にしてこの有様。結局のところ、思いのほか、断捨離の道は、険しく遠い。
 Oh, My God!
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断捨離

2012年02月12日 16時18分01秒 | Weblog
  本屋で何気なく手にとった本は、捨てるコツが書かれているものだった。
 そうか、まずは服から整理する。それから本に取り掛かるとよいらしい。
 これまでの経験から片付けに適した季節は、寒い冬から早春に限る。動き始めてすぐにも身体はあたたかくなる。しかし、汗まではかかない。少しでもあたたかい季節は、とてもじゃないがやり切れない。
 今年も、本日から手始めに服と洋服箱の整理を始めた。以前に、捨てきれなかったのを選んだ。時間がたつと価値観がかわる。ぼちぼち、始めますかね。
 勢いづくと一気にはかどること間違いない。
 しかし、である。見回すと溜息がでる。親の代のものもかなり残っているからだ。
 毎年、この時期のお仕事として、何年目だろう。はじめた頃に比べたら、ずいぶんと片付いてきた。
 昨年の地震による落下物や落下本はそのままに近い状態だったので、それらも片付けよう、と思う。

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嘘のような話!?「スティーブ・ジョブズ」伝記

2012年02月11日 09時30分54秒 | Weblog
 2月11日付け、日経新聞朝刊に『「キンドル」日本発売 4月から』の記事が載っていた。
 いよいよだ!
 対峙するかのように、同月には講談社などの複数出版社の共同管理会社「出版デジタル機構(仮称)」が設立されれ、アマゾンはコンテンツ確保へ同社と一括交渉をする、とある。
 どこの出版社も戦々恐々として、アマゾン・キンドルの出方を固唾をのんで見守っている、と聞いたことがある。

 そうした話がニュースとなる中で、先日、Facebookで嘘のような話を見つけた。月刊「秘伝」の下村氏がシェアしておられたので、ここでも紹介したい。『講談社「スティーブ・ジョブズ」100万部出て、「まさかの赤字」』。一つの理由があげられていた。それは高額のロイヤリティー、だそうだ。講談社も読者も米国に貢ぎました、文庫と電子書籍で益を出す、と記事は続く。
 信じられない話だ。

 実は、英語で書かれた本ならば欧米だけでなく、アジアでも読者を確保することができる。したがって低価格でも益になる。ところが比較にならないほど読者数が少ない日本語の本が、電子書籍になってどれほど益がでるのか見当がつかないのが現状らしい。
 その上、広大な国土のアメリカとは、流通でも条件が異なる日本では、まだまだ紙の本は健在だ。それでも電子書籍に取って代わられる時代は、目の前まで迫っている。
 
 先の話では、欧米では厚い伝記本が読まれているが、分厚い伝記本というのは伝統的に少ない日本では、米国では一巻で出版されたものを、上下二巻に分けたことにも問題があった由。言わせていただけば、表紙だって“ホワイトスワン”と“ブラックスワン”のようで、私個人としては、今ひとつの感があった。

 それはさておき、いまだに紙の本でないと読んだ気がしない世代が残っていて、そのうちの末席に連なっている自分だが、それは電子書籍に慣れていないだけかもしれない、と腕組みしている。
 ともかくも今後の出版の行方が大いに気にかかる早春である。
 キンドル発売まで、二ヶ月を切ったということか!?
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朝日新聞が変わりはじめた?

2012年02月09日 10時12分16秒 | Weblog
 2月9日付け朝日新聞・朝刊“社会面”に、「記者、つぶやく つながる」と題してTwitter上で、記者が情報発信をする試みが始まった、という内容の記事が掲載された。
 おしゃべりな記者は敬遠される時代は終わりつつある、というが、この活動がいつまで続くのか楽しみだ。
 佐々木俊尚氏は同記事に「炎上を恐れず、ネットの向こうの人々を信じ、つながることに、新しいジャーナリズムの可能性がある」とコメントを寄せている。
 
 さっそくWeb「つぶやく記者を紹介するアドレス」を検索した。そこで組織単位のものと個人のものを一気に大量フォローした。
 先すると先月下旬からのいつぶやきがドドドドッ流入し、到底読み切れない。
 例えば、「初音ミク」についてつぶやいておられる丹治吉順報道局デジタル編集記者のフォロアー数は今現在11882名だった。書いている間にも増えているかも。

 そういえば大正時代から朝日と日経を、代々、取り続けている我が家だ。私自身は、どちらかといえば朝日に重心をおく傾向があった。ところが、リーマンショック後には、日経新聞を主に読むようになっていた。こちらはWeb版が早々に始まったこともあって読む機会が、ダントツに増えていた。
「朝日は見たくないような広告が多くなったし、何かつまらないよね」と、Twitter上でこそささやかなかったが、同感してくれる友人知人が何人もいたことは事実だった。
「天声人語」だけは健在で、読みながら考えさせていただいていたが……。
 
 で、思い返せば、昨年の秋くらいから、記事内容も少しずつ面白くなってきて、朝日への復活傾向がおこっていたことに、ごく最近になって気づいた。
 ここにきてTwitter上で、記者がつぶやくという。面白いかも!

 アメリカでは新聞社が苦境に立たされて久しい。日本も同様だ。
 そうした状況の中で、YouTubeやその他の自由投稿ばかりが元気では困る。それはそれの存在意味があるけれど、プロフェッショナルとしてのジャーナリズムが元気よく仕事をする社会でなければ、私たちの暮らしの安心とよりよい生活の質を担保することは難しい。
 すぐさま世界を巻き込んでしまう激動の時代に、ここで、踏みとどまって、ジャーナリズムを育てていくことの大切さに気づき、多くの人が本気で関わってほしい、という新聞社からの発信として、この“つぶやき活動”を見守っていきたい。
 とかく失言のなかに本音が潜み、勇み足のなかに微妙なニュアンスが伝わるもの。
 これに限らず、鵜呑みにせずに、咀嚼し、判断し、考える余裕の時間を持つことこそ忘れてはいけない、と自分に言い聞かせた。
 その為にも、最近の課題は「IT/Web休読日」をつくること!(実は難しい)でありまーす。
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好評につき野口体操公式ホームページに掲載

2012年02月06日 19時05分02秒 | Weblog
 2012年1月28日から2月2日まで、このブログに4回ほど書き続けた「静かなるほぐし 中心、重心、鉛直軸、重力軸」を野口体操公式ホームページの「明日へのまなざし」にまとめて掲載しました。
 1月28日、30日、31日、2月2日の順に読んでいただけます。
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気がつけばAppleばかり、思いは複雑だ!

2012年02月05日 19時11分24秒 | Weblog
 日本の電機メーカーが軒並み赤字となった記事を目にする昨今。
 とりわけSONYの現状に対しては、詳しいことはよくわからないものの、驚きと哀感を覚える。
 しかし、家の中にある物の変化からも、そのことははっきりと見て取れる。おそらくそれは我が家だけのことではないだろう。
 20〜30年前を振り返ると、SONY製品が何台も常にあった。
 テレビ然り、オーディオ製品然り、ビデオ関係然り、携帯ラジオ然り、映像も音響もSONYでなければならなかった時代が懐かしい。
「指揮者のカラヤンが、自宅に凄いオーディオ+映像スタジオをつくり、そこはSONY製品で埋め尽くされている」と言う記事を読み写真も見た。
 そんなこともあって、1982年9月〜1995年4月まで大賀典雄氏がトップにあった頃までは、我が家のSONY信仰は健在だったような気がする。しかし、退任と時期を同じくして、潮目が変わったていったことは確かだ。
 入れ替わるようにAppleの時代が始まる。

 とにもかくにも、昨年を境に、たった一台のテレビがパナソニック以外、気がつけばどの部屋にもApple製品がおかれている情況が出現した。自分で撮る写真やビデオは、iPhone4で間に合ってしまう。
 てなわけで「隅から隅までずずいず〜い、とAppleでござる」って向上を述べることができるなんて、思いは複雑だ!

 来し方を振り返れば、電化製品を求める時に「ナショナルでもいいじゃない」という言葉を吐くようになった頃から、日ごとSONY製品は少なくなっていった。
 
 このようなことを改めてブログに書いてみると、生活の変化が身の回りにおかれる物によっても語れることがわかって興味深いのだが、SONYの凋落は、日本人として、或る意味哀しい。
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立春の日の「週刊ニュース深読み」NHK 

2012年02月04日 09時31分06秒 | Weblog
 今、この番組を見終わって、PCの前に座った。なかなか、面白かった!
「今なぜ世界で人気? 由紀さおり&初音ミク」の深読み。
 まず、「初音ミク」という名前は、北海道のベンチャーがつくった音楽ソフトの名称だと知った。
 それを使って作曲した人が、ニコニコ動画に投稿したのが始まり。さらにYouTubeに乗せられて、およそ1万人の人たちが関わって作り上げられた“日本のバーチャル歌姫”だそうだ。
 今や、インターネット上で、皆がいっしょに作り上げていく、ひらかられた時代に突入したことに出演者の面々も驚きを隠せなかった。
 私自身もこの名前や歌はこれまでに耳にしたことがあった。が、実体はなんだかよく解っていなかった。
 今では、生オーケストラをバックにして、握手会は開けないバーチャル歌姫のコンサートに、大勢の人が集まっている映像が流された。時代だね〜!
 当然、これから商業ベースにのったとき、誰が儲かるのか?著作権はどうなるのか?などと野暮な質問をしたくなるのは高齢者らしい。
 そんなことはおかまいなしに、YouTubeにのって、歌姫は世界に躍り出ていっているらしい。そこで思い出したことがある。インターネット上でゲーム感覚で参加した皆の力が結集されて、HIV(エイズ)タンパク構造を解明した話題だ。参加したのは多くは素人さんたち。専門家だけでは気が遠くなるほどの時間がかかる解明を、参加者が次々に増えることで、一気に解明が進んだ。
 初音ミクさんも由紀さおりさんも、ともにインターネットが大きく関わって世界進出につながっていった。
 番組の専門家席におられる方々は、次のようにまとめられた。
「オタク文化、ソフトパワーこそ、日本がこれから生きる道」とネ。

 話は前後するが、由紀さおりさんの歌声の分析結果が興味深かった。
 レディー・ガガの歌声との比較だ。英語の歌では、子音が鋭く発音されることもあって、15000㎐(この数字は怪しい記憶です)を超える高音域が頻発する。それに対して日本語で歌う由紀さおりさんの音域は、15000㎐(この数字は怪しい記憶です)を超えることが少ない。むしろその内側の音域で発声されている。もともと日本語は、一音一音に母音がのってくる特徴があって、子音の鋭さが少ない。そこで由紀さおりさんの音声分析の結果を他の音と比較する。すると一番近いのは、日本の寺にある梵鐘のそれと重なることが実証された。
 つまり、彼女の歌声に癒されるのは、音域がもつ特徴もあるという。この歌声の癒し感が、一部の欧米人に好まれたのではないか、という話だった。コラボしたオーケストラもよかったし、なによりプロデューサーの手腕があってのことだけれど。
 しかし、この検証は非常に面白かった。突発性難聴を煩って、高音域が完治しなかった右耳には、高音域のみの管楽器や雅楽で演奏される楽器の音域が耳に刺さってくる。余談だが、「龍馬伝」に惹かれた一つの理由は、毎週日曜日に福山雅治の声が聞けることが大きく関わっていた、と膝を打った。声と音楽が或る種の快感を齎してくれていたからに違いないと。声の音域や声質(音質)は、快・不快を決める大きな要素であると昔から感じていたのだ。
 
 今朝のこと、髪を洗いドライヤーで乾かし終えて、耳に聞こえ目に入ったつけっぱなしのテレビ番組を見続けてしまった。どこが深読みかは解らないが、ちょっとしたヒントをもらった爽快感が残った次第。ついつい書かずにはいられなかった。
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平清盛、“汚い”が問題でいない、のだ!

2012年02月03日 12時50分59秒 | Weblog
 書かずにおこうと思ったが、やっぱり書いておきたい。
 2月3日付け、朝日新聞朝刊に「映像機器」の性能の良さが、よくも悪くも今回のドラマ撮影には、問題を提起している、という内容の記事があった。
 柘植さんの味方をするわけではないが、“汚さ”というのは、決してマイナスではない。
 何がおもしろくないと思わせるのか、と私の思いを書くならば、当時の武士が虐げられていることばかりを羅列して描くからだ、と感じている。
 まず、朝廷側の白川法皇や鳥羽上皇、そして藤原摂関家の藤原忠実といった王家や上級貴族階級に対して、新興貴族として成り上がっていく平家の内側を描かないから面白くない、と思えるのだ。
 武士としてはじめて内昇殿を許される平忠盛が、ただ単に武将として武力に長けているだけでは、そうはならない。
 清盛から見て祖父、父である二代が、経済力を蓄えるには経営者としての才覚があってのこと。それに加えて政治家としてのセンスも持ち合わせ、朝廷に対して政治力を行使できる才能があった、という点をもっと表に出して描いてくれれば、本質的な”平安末期の汚さ”が見栄えの問題だけでなく、見る者を惹き付けてくれる筈なのだ。それなくして三代目としての平清盛の存在がある理由がない。

 おそらく大河ドラマに求めるものは、偉人、英雄、時代を変革した者の一代記を羅列的に見せてもらうことではなくなっている。そこに至る裏側の汚れも含めて、時代の変革がどのようになされていったのかを見たい。 
 平家三代が武闘派としての存在だけで、朝廷も藤原摂関家もしのげるわけがない。物流・流通革命と貨幣経済の元締めを一旦は手元に引き寄せることに成功しなければ、平家の栄華は齎されなかっただろう。

 ドラマの展開が虐げられる武士階級だけの話では面白くない。清盛の父・平忠盛を主役しても面白い人物であり、時代に違いないのだから。
 前回の「江」が、茶々と家康を中心に描かれていたら(実際には二人が主役だった)もっと面白かったように、今、生きる時代に少なくとも私がドラマに求めることは、変革の結果ではなく変革に至るまでの過程の凄さを見せてほしい。
 途上であっても平家が経済力を如何につけ政治力をどのように磨き、それを孫として清盛に、息子としての清盛にどのように伝えていったのか。そして這い上がろうとする人間の業の内面の哀しさを見せてほしいのだ。
“汚い”ことは、問題ではない。もっともっと汚くあれ、と世間に逆らっても言いたいところだ。
 これからに期待したいが……。
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動きとイメージ……中心、重心、鉛直軸、重力軸、あぁ〜!!!!

2012年02月02日 09時34分53秒 | Weblog
 野口体操に出会って、はじめの15年は「静かなるほぐし」に、多くの時間をあてたように記憶している。
 そのうちの10年目くらいになって、ようやく逆立ちの稽古を本格的にはじめた。
 その頃から自宅でも立って行う動きなども、ひとりの稽古に組み入れた。このような亀の歩みに、野口の我慢が切れなかったことが不思議なくらいだ。相当にイライラが募ったのではないか思う。
 ゆっくりの理由は、からだの内側からほぐれた実感が持てなければ、レッスンの場ではともかく、一人では不安があったからだ。そうした僅かに発する危険信号をキャッチする能力だけは、しっかり持ち合わせていたようだ。よくも悪くも、裏表の関係にあるのだが。

 さて、20年目にして『野口体操 感覚こそ力』を上梓させてもらった。自分自身のなかで野口体操をどの程度理解しているかを外側に出してみたかった。存命中の先生に原稿をすべて読んでいただき、赤を入れてもらえたことは、今となっては幸運としか言いようがない。
 そのなかでも「野口体操 動きの理論」の章は、野口から話を詳しく聞くことができた。
 からだを柔らかくすることにつれて滑らかな動きを導くために大切なことは「梃子の原理」をイメージとして描くことができるか、が問題だということを教えられた。
 立って行う動き、静かなるほぐしの動き、共通に「梃子を短くするイメージ」を持つようにと強調された。初めは意味が分からなかった。しかし、どうやら、そのことが動きにとってほぐし行為にとって問題だ、ということだけは理解できた。
 
 このブログを書きながら、『野口体操 感覚こそ力』春秋社 174㌻〜を読みなおした。
《『動き』を中心にして、からだの構造を、いちばん単純にいうと、それは『梃子』の原理で成り立っているんです。例えば、脚を例にとります。骨格筋というのは、一つの骨から始まって関節を通り越し、他の骨についています。そして、一つの関節の動きに関係して、反対の働きをする二つの筋肉(拮抗筋)によって、単位の関係が成り立っています。片方の筋肉が収縮して、脚は伸ばされたり、他の片方の筋肉が収縮して曲げられたりします。滑らかな動きを求める場合、実際にある骨の長さでは、長過ぎる場合が多いんです。そこで、僕がいつも言っている、ほぐすことによって『柔らかなからだの動き』の意味が出てきます。骨が相当に長い梃子、だとすると、固いまま動くとたいへん重いんです。つまり、動くエネルギーがたくさんいるわけです。梃子は、重さの大きさと距離との積でエネルギーが示されます。したがって動く場合の梃子は、短い方がいい。できるだけからだの中をほぐすということは、からだのなかを『短い梃子』に変えることなんです。その時のからだのすべての関節の複雑微妙な関係のあり方でそれぞれが可能なのです。》
 ここを読むと野口体操が「イメージ体操」と言われる所以が納得できる。

 こうして「静かなるほぐし」で、ほぐしそのものに動きがともない、次に他の姿勢に変えるときなど、液体的なイメージと同時に、この「短い梃子」のイメージを同時に持っていないと、重さを活かす動きは生まれないということを実感するまでには、余分な力がぬけることが条件になる。

 液体的なからだ、そのからだの内側に存在する内骨格としての「骨」、それらの微妙な関係の取り方こそが、「ある激しさをもつ動き」「立位のほぐし」、「素早い動き」「滑らかな動き」、そして「静かなるほぐし」、すべてを通して貫かれていることだ、と教えられた。
 
 ここにきて問題にしている、液体的なイメージのなかに「鉛直軸」を求めることと、その時々に変形する「骨格の形」をつくる骨をつなげる関節、そうしたなかに「中心点」を求めることと、時々刻々動きにつれて変形するからだの縦軸のなかに「重心」を求めることと、それらが複雑に絡んだからだの内側に感覚を集中させることが、稽古のひとつの目的でもある。だから時間が必要なのだ。それは焦らずゆったりと流れる時間のなかで求められてほしいのだ。

 さらに176㌻には次のような記述がある。
《『中心というのは、動きの支えになる点のことを指します。それに対して『重心』というのは、ものの形の違い・ものの内部の比重の違いから、必ずしも見かけの中心とは限らないことがある、ということです。動きにとって難しいのは、動きの支点になる中心と、バランスになる重心の関係なんです。つまり『梃子』と『振り子』は、動きにとっては兄弟のような関係にあるということなんです。》
 梃子に対して「振り子」という概念も加わっている。さらに動きを複雑にするのは、人間のからだが単振り子ではなく、関節がいくつもつながった多重振り子である、という点に集約される。

 液体的な筋肉と骨の関係、少ないエネルギーで支えられる骨格。構造を生ものの動きとして支え成り立たせる「中心」「重心」・「重力軸」「鉛直軸」、それらを実感として捉える稽古は、稽古のなかの稽古と言えるに違いない。もし、野口体操が難しいと言われならば、ここにこそ問題が潜んでいる、と言えそうだ。
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静かなるほぐし、その後のその後

2012年01月31日 08時39分40秒 | Weblog
 これらのほぐしの姿勢は、座った姿勢か寝転んだ姿勢が多い。
 床に接しているからだの部分が広いということでもある。
 この場合、立った姿勢よりも鉛直方向への“直線的意識”は生まれてこない傾向にある。
 からだの力を抜いて、液体的に流れていくイメージでほぐすのだけれど、それでも鉛直方向感は持ち続けたい。 崩れる方向は接しているからだの真下であり、中心点のような「場」を探っていくことになる。案外それが難しい。正座している、結跏趺坐の姿勢をとっている時の脊柱は、直立姿勢であるために、鉛直方向感は掴みやすいかもしれないが、その場合でも余分な力みがあると鉛直軸を通すのは難しそうだ。
 多様なからだの動きをする場合には、脊柱はまっすぐ伸びている(S字曲線)わけではない。動きにつれて湾曲し、動きの方向に微妙なたわみが生まれる。
 そのなかで鉛直軸をその都度感じとる感覚を大切にすることを忘れやすい傾向にある。そうした感覚を掴むだけでもかなりの時間がかかってしまう。厳しい現実だが、実際に筋肉が緩まなければ、その実感はついてこないからだ。
 表に現れる形のことではない。からだの内側の小さな微妙なほぐれ感を捉えることからはじめる。

 足で立った場合も、正座や結跏趺坐の場合も、野口体操の静かなるほぐしの場合も、鍵となるのは「柔らかな鉛直軸」を通す感覚を養い磨くことだと思う。人間のからだは鉄の棒のつながりではない。鍵がかかって動かない関節では困る。全体として緩やかな変化に対応する関係を保つには、余分な力が抜けることが第一条件である。
 丸ごと全体のからだの動きの質感の中身に、液体的というイメージが定着してくれたら相当にほぐれていると言いえるのだろう。
 このテーマは言葉にのせて書くのは難しい〜。
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静かなるほぐし、その後

2012年01月30日 18時37分45秒 | Weblog
 土曜日のクラスで、はじめて丁寧に「静かなるほぐし」を、時間をかけて行った。
 日曜日は、同じテーマを撰ぶことに躊躇いがあったが、テーマは同じでも色合いを変えて提示してみた。
 両日ともに、感じたことは「静かなるほぐし」は、贅沢なテーマだということが改めて解った。
 自分自身のからだに向かい合う、その方法を前のブログに書いたことを活かしながら・味わいながら行うというのは、日常的にはかなり難しい。しかし、こうした向かい合い方をすることで、開ける世界は貴重な経験である。

 いちばん近いことを挙げると「只管打坐」、世俗にあってもひたすら坐禅に打ち込む時間をもつことに近いかもしれない。つまり、野口体操で選び出した一連の「座位によるほぐし」に徹すること。
 ただしこの行為は、老師を撰ぶように、指導者を撰ばなければならない。教える者にはそれ相当の覚悟が求められる。

 土曜日のブログに書いたことを長期にわたって継続することは、もっと難しい。
 自分と世界の対話、自分と社会の距離感。「只管」という行為は、或る意味で人生を、或る事柄に投げ出すことでもある。お任せする行為であるから安易には入っていけない。
 しかし、自分のからだを「静かなるほぐし」に委ねることは、自分自身によく気づくことである。
 そして対峙した世界や社会に対する理解が深まるところまで到達しなければ、一生を棒に振りかねない。
 よい意味での「ちょうど良い折り合いのつけかた」を身をもって探り、身をもって経験することでもある。折り合いを「距離感」と言い換えることも出来る。「距離を測る」「間合いをはかる」、その感覚を磨くことであると言える。これが、実に、難しい。

 ほぼ15年、徹底して「静かなるほぐし」を行っていたという自負をもっていた。いや、本当にそうかな?自問している。
 ここに身を置くことは、はじめのうちこそ苦痛を伴った。
「こんなことをしていたら、社会人として生きられない」
「自分の人生はいったいどうなるのだろう」
 そうした問を繰り返したこともあった。
 しかし、そこにはまってくると、居心地のよさが感じられるようになる。
 もっと先がありそうだ。もっと豊かな身体を生きられそうだ、と思えてくる。
 同時に自分自身のなかで「ひとり完結」していく穴に嵌まってしまう危険もはらんでいた。事実、穴に嵌まったのかもしれない。そこから這い上がれたのは、野口の死後だった、と今は思う。
 つまり、野口体操の面白さは、ある種の危険をともなう身体との対話でもあった。

 しかし、外の世界ばかりに気をとられ、常に他との競争に身をさらし、他人の下す評価を気にして、本当に生きたい自分を押し殺して生きざるを得ないなかで、時として自分のからだと静かに対話する時間をもつ、たとえば坐禅に只管な自分を得る、そうしたことの意味を実感できたことは確かだった。
 
 そんな中で「野口体操の身体思想を社会化することができないだろうか」という思いをしっかりと自分が受け止めるには、十数年が時が必要だったし、行動を起こすにも時間が必要だった。むしろそうした行動をとることで、どこが間違っているのか、どこが危険なのか、どこに確かなことが潜んでいるのか、を考えるきっかけをもらえた。

 忙しい日常、変化に追いつくだけの日常、変化に追われるように何かにしがみつく日常がある。そこからちょっとだけはずれて、本来の自然さに身を浸し満たす時間を得るということは最高の贅沢であると、今回、土曜日と日曜日のレッスンを終えて、確信した。
 他者とのかかわり、家族との絆を断ち切ることではない。外側に開かれたコミュニケーションを否定することではない。むしろ絆を結ぶために、本来のコミュニケーションをとるために、欠くことができない前提条件であると思う。
 野口の言葉を借りるなら『多様な価値観の究極である“個の自由”を求める営みが体操である』。
 自立した個人があってはじめて他者との本当のコミュニケーションが成り立つのではないか。
「静かなるほぐし」は、私にとっての「只管打坐」であったが、他の誰かにとってもそうあってほしいと願っている。それを伝える教室がある、ということの幸せ。
 そうはいっても、自分自身、まだまだだなぁ〜、という深い感慨!に浸ってます。
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「静かなるほぐし」それを世間ではストレッチという。しかし、野口体操では……

2012年01月28日 11時44分58秒 | Weblog
 本日、朝日カルチャーセンター土曜日クラスのレッスンは、野口体操に出会って、まず最初の15年間は徹底して行った「私の内なる静かなるほぐし」のありようをお伝えする。そう思いたったのは、今週の水曜日1月25日NHK「ためしてガッテン」を見たことだった。
 終始、方法に徹してみたい。いちばん大切なことは「とらわれない自分」であること。
 板書の一部をここに記しておきたい。


※NHK「ためしてガッテン」を見た。「前屈運動」が固い人は、血管も固い。概して脳梗塞や心筋梗塞になりやすい傾向にある。言ってみれば、「硬いということは、血管内側の壁をつくっているコラーゲンが、糖化して黒く硬くなった状態」にある。それを元に戻すには「ストレッチ」が有効である、と結論づけていた。
 まったく間違っているわけではないが、まったく正しいわけではない。
 ただし、からだが柔らかいということは、生ものとして快適に生きる一つの条件である。
 私が野口体操に出会って、少なくとも15年間はやり続けた「静的なほぐし」を、時間をたっぷりかけて贅沢な条件でお伝えする。

*イメージとしてからだを裸にし、なにがあっても受け入れる覚悟をする。
*その一方で、頭に浮かんでくることを流し、取り合わないこと。
*ここ(教室)では、周りでどのような動きがあっても、集中を途切れさせないようにする心がけをもつこと。
*具体的には、音を聞き流す。他者の動きに対していちいち反応を返さないで、とらわれないように心がける。
*体の重さを分けて解いて、浸たす、溶かす、満たす。
*呼吸(息を吐いている)しているだけの自分を味わう。
*内側から伸ばす、ほぐす意識をもち、或る程度ほぐれを実感できるようになったら、筋繊維一本ずつ分けてほぐして、丁寧に伸ばすイメージをもつこと。
*一回目は「揺れ」を活かしながら、二回目は「揺れ」を止めて行います。
*呼吸は、吐く息だけを意識します。
*反動を付けないように。じわじわと伸ばします。どこが伸ばされているかを体の内側で探りながら行います。
*途中でトイレに行きたくなったら、行ってください。用を足したあとの快感を、じっくり味わうように。
*目は閉じても閉じなくてもいい。そのときのからだに任せること。
*最後に「座禅」をして、「ヨガの逆立ち」で、一つのまとまりを持たせる。
*野口先生の言葉『痛いという一言に逃げ込まないで、痛みの質感を味わう』
*違いのわかるからだ(私)になろう。
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Morocco Style

2012年01月27日 08時47分30秒 | Weblog
 2月末には87歳になる母から、以前のような毒舌が消えて久しい。
 言葉数も少なくなってきた。その様子を見ていると、寂寥感と孤独感が、いつの間にか彼女の日常を覆っていく面積が広くなっているようである。
 日暮れ時から夜がいけない。つかの間、亡くなった人が生き返るのである。短い時間だけれどそれって凄く辛いと思うね。

 そんな母だが、夜の静寂のなかでトイレに立っていく気配が感じられる。気配なんてもんじゃない。パタパタというスリッパの音で、目が覚めるのである。
「靴下をはいているんだから、夜中はスリッパを履かないで」
 言わずにおこうと思ってはいたものの、或る日の朝、とうとう言ってしまった。
 当然のこと、機嫌は悪い。
 しかし、いつの間にかその言葉を受け入れてくれていた。
 さて、私としては、なんとか音のしないスリッパを探そうと、昨年末からイメージをつくっていた。
 裏はフエルトで柔らかく、足の大きさからいって小振りのもので、柄はタータンチェックみたいなスリッパだ、と。

 実はそうした条件に合う物はなかなか見つからなかった。
 で、昨日、新宿伊勢丹6階で開催されているのチョコレートフェアに向かうのに、エスカレーターを使ったときのこと。5階の踊り場で、ふと横を見ると「ルームスリッパ」の冬物一掃セールをしている。迷いなく途中下車した。残り物とはいえ、さまざまな種類が売り出しされている。一つずつ手に取ってみる。しかし思い描いている条件にピタッとくるものには出会わなかった。
「パタパタ音が出ないのはありません?」
「それならこちらです」
 豊富な色揃え。赤・黒・濃緑・薄緑・焦げ茶・ピンク・黄・濃い紫・薄い紫・オレンジ、一足一足が見事に鮮やか色で染め上げられた皮にビーズとスパンコールで放射状に花らしきものが刺繍されているものをすすめられた。
「授業参観に持っていく方も、80歳90歳の方にも好評なんですよ」
「エエエッ」
 ちょっと身を引いた。そこは気を取り直して、手にもって見る。重さがない。
 決めた。
 色を撰ぶ。これが迷うのだ。あれこれ手に取って、結局は、歳をとると目が悪くなって見えにくいだろうから、明るく上品な薄紫を撰んだ。

 さて、帰宅しておそるおそる母に手渡した。
 足を通してご機嫌なのだ。
「ほら、見て、綺麗に光るわよ!」
 大成功だった。なんてたって「Morocco Stale」なんだから。つまり、ベリーダンスのあのイメージだ。
 暗い夜に灯りをうけて七色に輝くスパンコールにビーズたち。スリッパ前面いっぱいに刺繍されている輝きが放つ明るさ。いささか、家の中では、そこだけが浮き上がっている。
 でも、足には輝きがあって、今朝もご機嫌の母の表情にほっとした。
「女って、やっぱり光り物が好きなんだ!」
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今年もやってくるバレンタイン

2012年01月26日 19時03分22秒 | Weblog
 一昨年、伯父からもらったモンブランの万年筆に、ほぼ一年たってからネームを入れてもらった。
 洒落た書体の“MH"のイニシャルである。これはサービス。とても気に入った。
 数日前に、仕上がった連絡をもらったので、本日、新宿伊勢丹に立ち寄った。
 ついでに本館6階で昨日から開催されている「SALON DU CHOCOLAT」を覗いてみた。
 フランス、イギリス、ベルギー、スペイン、日本、等々、数えきれない店がところ狭しと並んでいる。
 始まったばかりなのでそれほどの混雑ではないだろう、という予測は見事に裏切られた。
「立ち止まらないでください」といいたいくらいの人出だ。女性が90%のなかに男性も交じっている。
 店側の人と言えば、外国人のチョコレート職人も来日しているようだ。立派な風貌の男性が椅子に腰掛けていたり、若いフランス人らしき店員も売り場に立って品物を販売している。
 試食できるコーナーには長蛇の列が出来ていた。
 すでに売り切れのチョコレートも続出している。
 その場で創っているものもある。

 味もさることながら、どれも見た目にも楽しいことが人気を支えているのだろう。まずは自分のためにちょっと高価なチョコレートを買い求める女性たちの目は、輝いている。
 試食もかねてバレンタインには、あの人、この人、そして本命の彼へのプレゼントを考えているのだろう。
 ささやかな贅沢を楽しむ人々。表情はとても柔らかい。にこやかで華やかな催しものであった。

 期間は1月30日までだそうだが、今年はどうしようかな?
 なかには女装の男性も真剣に品定めしている。
 そんなこんなで熱気に押され気味の私は、とりあえず見るだけで会場を後にした。
外気に触れて我にかえった。そこで、立ち止まって「明治の板チョコもプレーンで美味しい」と思わずつぶやいた、ワタシなのよ!
 ほーッ。
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