ひびレビ

特撮・アニメの感想や、日々のことを書いてます。

「血界戦線 グッド・アズ・グッド・マン」を読んで

2017-10-10 07:37:36 | 本・音楽
漫画「血界戦線」のノベライズ第2弾「血界戦線 グッド・アズ・グッド・マン」を読みました。

 「今日から僕は《普通》になろうと思う。君たちと同じところに堕ちてみたい」堕落王フェムトが人々にそう宣言した後、ヘルサレムズ・ロットには偽の堕落王が何十人も出現した。各々堕落王を名乗ってはいるものの、基本的には無害であるためライブラの優先順位は低かった。だが偽の堕落王を利用しようとした組織が現れてから状況は一変し・・・


 「オンリー・ア・ペイパー・ムーン」に続く第2弾は、表紙にも本編にも堕落王フェムトが一杯。ヘルサレムズ・ロットを騒がす怪人として有名すぎる堕落王フェムト。原作漫画だとモルツォグラッツアにおけるレオとの邂逅、そこでの対応が凄く印象に残っているキャラクターであり、結構好きです。
 いつもはた迷惑なことばかり巻き起こす人物ではありますが、その想像を絶する力をむやみやたらに行使することはなく、ただひたすらに自分の仕掛けた「ゲーム」を楽しんでいるような人物でもあるため、明確に「敵」と言っていいのかどうか分かりません。「敵」というよりは「世間をにぎわす怪人」というのがしっくり来る気がします。

 そんな彼が今回は「普通(グッド)」になろうとしていました。普通になるべく自分化した他人を大勢作り出したり、普段はしそうにもないことをしてみたり・・・しかしそうした中で、そもそも「普通」とは何かが問われます。
 普通の暮らしに普通の人生。普通の行い・・・「普通が一番」とはいうものの、じゃあそもそもの「普通」とは何なのか。誰が決めるものなのか。どこに「普通」と「特別」の線引きがああるのか。外界からしてみれば、ヘルサレムズ・ロットは「特別」な世界であっても、異界が混在しているヘルサレムズ・ロットからしてみれば、そんな「特別」すらも「普通」の光景に思えるでしょう。
 「普通」になろうとした堕落王は人類基準の「普通」にはなれず、けれども別の「普通」にはなれた、というか既になっていた・・・そんな感じの物語でした。堕落王の持つ力と人間世界の関係性を表すのに「蟻の巣の玩具」を用いたのはとても分かりやすかったです。


 ライブラの面々は、前作に引き続きレオとザップ、そして前作の本編には関わっていなかったツェッドの3人をメインに進んでいきます。クラウスやK.K.は出番がごく控えめで、けれどもクラウスが色んな意味でライブラの要だと指摘されるシーンは印象に残りました。
 あとはチェイン、スターフェイズも出番がありましたが、こちらも派手な動きはせず、されど相変わらずのスターフェイズが描かれていました。

 そして相変わらずザップがよく活躍するノベライズ。前作ではメインを張っていましたが、今回はフェムトメインでありながらも戦闘においてはツェッド共々大活躍。口の悪さは相変わらずですが、それでも決めるときはビシッと決めて、敵の撃破やレオの救助、そして血法でうっかりレオを巻き込みそうになるなどの活躍を見せてくれました。
 最後のバトルシーンの描写もカッコいいのですが、個人的には魔術師に指を突きつけるシーンがお気に入りです。血法抜きでも練度の高さを実感させてくれる、良いシーンでした。


 どちらかといえば前作の方が好みではありますが、これはこれで良いノベライズだったと思います。


 アニメも第2期が始まりましたし、2話は幻界病棟ライゼズの話なので楽しみ。クラウスさんの密封時の台詞がまたかっこいいんだ・・・!
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