世耕日記

参議院議員 世耕弘成(せこう ひろしげ)の活動を日記形式と雑感、主張を交えお伝えするブログです!

2月22日(水)【郵政改革法:法改正の前にやるべきことがある】

2012年02月22日 | Weblog
最近になって郵政民営化の見直しへ向けた各党間の交渉が活発になっている。1.郵便事業会社と郵便局会社を合併させる。2.日本郵政(持株会社)による郵貯、簡保2社の株式保有を認める。というのが、見直しの焦点となっているようだ。しかし待ってほしい。民営化見直しの前にきちんとやるべきことがあるのではないか?
そもそも民営化前の郵政事業は、郵貯、簡保からのある種の内部相互補助で郵便事業が成り立っている構造であった。そのために郵貯、簡保も肥大化を続け、300兆円もの国民の資金を集めるまでになっていた。しかし民間の宅配便の充実やインターネットの登場により、抜本的改革抜きでは郵便事業の将来展望が全く描けない厳しい状況になってきていた。

郵政民営化の非常に重要な骨格のひとつは、郵便事業の郵貯、簡保への依存関係を断ち切り、郵便事業の抜本的改革を促すことであった。

しかし政権交代後の郵政事業は完全に逆行している。
日本郵政の経営トップには財務省OBが天下り、民間の経営とはほど遠い状態となった。郵政民営化反対の急先鋒であった国民新党の亀井氏や自見氏が相次いで郵政改革担当大臣に就任したこともあり、パート社員を正社員化するなど、乱暴な改革逆行が行われてきた。

国鉄から民営化されたJRや電電公社から民営化されたNTTでは血のにじむような経営改革とリストラが行われてきた。例えばNTTは民営化直後に33万人いた社員は現在グループ会社を入れても20万人程度に激減している。また地方の社員は最大3割の給与カットも行われてきた。
郵便事業が直面している課題はJRやNTTが経験してきたものより遙かに厳しい。なにしろ電子メールが普及したことにより、事業の基盤が根こそぎ崩れようとしているのだ。年賀状の扱い件数は年々減少している。企業のダイレクトメールもメルマガにとって代わられつつある。相当抜本的な経営改革を断行しない限り、郵便事業は近い将来に立ち行かなくなるであろう。現に現在の決算等をみる限り、非常に厳しい経営状況になってきている。郵便事業の経営改革は待ったなしである。

郵政民営化の見直しを主張する人たちは、過疎地のサービス低下や郵便と郵貯、簡保の分離による不便の発生等を見直しが必要な根拠としている。
しかし本当にそうだろうか?事実として郵便ポストの数は減少していないし、過疎地の簡易郵便局も自民党政権時代に休眠中の局を積極的に再開させることで、数が増加に転じている。その上で利用者にとって不便な部分があるのであれば、現行法の下で運用を改めていけば十分である。あれだけ国民的議論を経て決定された郵政民営化法を見直すほどの正当性があるとは思えない。

経営改革やリストラをなおざりにしたまま、改革を逆行させ、郵便事業の金融2社への依存関係を復活させようとする改革見直しの動きは、最終的には郵便事業と金融2事業の共倒れにつながりかねない。その際には税金による救済といった国民負担が発生することになる。

郵政改革の見直しを言う前に、郵便事業の抜本的経営改革を行うべきである。まず第一歩として経営陣を刷新し、民間企業としての経営を行う体制を整えるべきである。
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2月21日(火)【ぶら下がり取材を考える:その3「ぶら下がり取材の問題点」】

2012年02月21日 | Weblog


ここまで2回にわたってぶら下がり取材について、過去の経緯を中心に説明してきた。
はっきり言って私はこのぶら下がり取材というスタイルや一日の2回も国家のトップが記者団の前でコメントを出すという頻度については、問題が多いと考えている。

アメリカのオバマ大統領が記者会見するのは1月に1回程度、他は自分である程度コントロールできるインターネットでの情報発信を行っている。イギリスのキャメロン現首相のやり方は分からないが、ブレア元首相の場合は、やはり会見は多くても月1回程度、後は自分が好きな政治番組をセレクトして出演していた。もちろん、アメリカもイギリスも報道官がおり、毎日の情報発信や政府の公式ステートメントは報道官を通じて発表されている。
日本の総理大臣だけが、本人が1日2回記者団の前で質問に答え、そのうち1回はテレビカメラが回っているという状態になっていた。毎日2回も記者団とやり取りしなければならないというのは、内外の諸課題の対応で多忙きわめる総理大臣にとっては事前の準備も含めて大変な負荷である。
また、このぶら下がり取材を行う首相官邸担当記者は入社数年目の若い記者が多い。一国のトップと熟達の政治記者の丁々発止のやり取りというよりは、狙ったコメントを取るための単純なやり取りになる傾向がある。たとえば「今日、株価が下がりましたが、『受け止め』は?」といった質問が繰り返される。『受け止め』などというのは完全にマスコミ業界用語だが、こういうニュース用コメント取りの質問がまかり通ってきた。時には失礼な態度での質問や、同じ質問が反復されたりして、総理がイライラして「さっきも答えたでしょう」などと言おうものなら、その映像がニュースで流れてしまう。
また国益にかかわる深刻な問題点もある。例えば微妙な外交問題などは、国のトップとしてコメントしない方が国益にかなうという場面が多々ある。関係国が外務省の課長クラスや報道官によるコメントで済ましている案件であっても、毎日ぶら下がり取材をやっている限りは、日本だけが総理大臣がコメントしなければならないという事態になってしまう。

安倍内閣が発足する時に、こういった総理に対するぶら下がり取材の問題点を関係者で議論した。いきなりぶら下がり取材を止めるのは反発が想定されたので、当面ぶら下がり取材を1日1回に減らしながら、記者クラブと協議して、早期にぶら下がり取材を止め、総理の情報発信の場は週1回程度の着席スタイルの定例記者会見にし、日々の情報発信は官房長官の記者会見と首相補佐官の会見で実施していこうという方針で臨んだ。

しかし、このことが記者クラブ側の大反発を受け、安倍内閣とメディアの大きな揉め事になっていった。(続く)
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2月14日(火)【衆予算委員会空転:マスコミが報じない空転の理由】

2012年02月14日 | Weblog
G1サミットの興奮醒めやらぬ中の週はじめだが、民主党の驚くべき低レベルの国会運営によって冷や水をかけられた。結果として衆議院の予算委員会は空転している。本当に呆れてしまう。政権与党ならばキチンと対応してもらいたいものだ。
マスコミがきちんと顛末を報道しておらず、自民党が審議拒否をしていると誤解されてはいけないので、経過を報告しておこう。

昨日の衆議院予算委員会で教育問題を中心に質問した自民党の下村博文議員が「昨年8月の三党合意では、子供手当と農業の戸別所得保障、高校無償化について『検証のための三党協議を行い、予算編成プロセスに反映させる』となっている。子供手当については協議が行われ、予算案に反映されているが、高校無償化についてはどうなっているのか?」と質したところ、当時幹事長で合意文書にサインしている岡田副総理は「私はサインしたが、その後のことは実務者に任せているので分からない」、「今は幹事長ではないので答弁できない」など、不誠実な対応に終始したため、委員会は下村議員の質問時間を若干残したまま、午前中の審議を終え、一旦休憩に入った。
休憩中に民主党側が輿石幹事長、城島国対委員長を中心に事実関係の調査と協議を実施。その後城島国対委員長が自民党の岸田国対委員長に回答に訪れた。その回答は驚くべき内容で、「高校無償化について三党協議は一切行われてこなかった。従って予算編成プロセスにも反映されていない。ごめんなさい」ということだった。
こうなると自民党としては「ならば、今から三党協議を行って、結果を予算編成に反映させよ」ということになる。現に自民党と公明党は「三党幹事長間で新たな合意文書が必要。その文書では政府与党からの謝罪と新たな三党協議による高校無償化の検証、検証結果の予算案への反映の確約を盛り込む必要がある」ということで歩調を合わせている。

民主党はいい加減な国会対応を続けた結果、予算審議中に予算の組み換えをしなければならない状況を自ら作ってしまった格好だ。我々は予算の審議で審議拒否や日程闘争を行うつもりは全くない。民主党は自らまいた種をどう始末をつけるのか?

しかしこういう真実の姿をメディアが報じないことは残念だ。稚拙で不誠実な民主党の国会運営が、全ての元凶で、いかに国民のために審議する時間を浪費しているを明確に国民にとって知らせるべきだ。
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2月12日(日)【第4回G1サミット:頑張る同世代に刺激を受けた週末】

2012年02月14日 | Weblog
 今年もG1サミットの時期がやってきた。G1サミットとは私の同い年の友人であるグロービス代表の堀義人さんの発案で、次世代を担うリーダー層が集い、学び、議論し、日本再生のヴィジョンを描くための場として2009年からスタートしている完全招待制の勉強会で、今年で4回目になる。私はこのサミットの基本方針や招待者を決定する11人のアドバイザリーボードメンバーの一人として、初回の準備段階から参加している。日程は非常に密度高く設定されていて、昼食、夕食、バータイムもすべて議論の場となる。さらに公式日程が終わっても、深夜2時頃までは議論が続くのが常である。毎回非常に濃密な議論が展開され、私はここで同世代のリーダーから刺激を受けて、エネルギーやアイデアを仕入れて1年間頑張っていると言っても過言ではない。毎回いかなる仕事にも優先して、最初から最後まで参加するようにしている。
 俗事を離れて議論に集中するために、東京から遠く離れたリゾート地で開催されてきているが、今年は青森県三沢市の古牧温泉青森屋で開催された。

 10日(金)の早朝に東京を出発、三沢空港に到着。そこからまず六ヶ所村に直行して核燃料再処理工場を見学。私は現在自民党の総合エネルギー政策特命委員会の事務局長を務めているが、百聞は一見にしかずで、参考になる点が多かった。

 六ヶ所村から会場の青森屋へ、車中で昼食弁当を食べながら移動。
 到着直後からセッションがスタート。最初のセッションは全体会で、テーマは「G1サミットのリーダーたちに望むこと」。(財)日本総合研究所会長の野田一夫さんライフネット生命の若き経営者岩瀬大輔さんの対談。年の差50歳近くの二人の認識ギャップは面白かったが、政治に絶望しておられる感じの野田さんの発言は、政治家として針のむしろだった。

 続いて分科会に入った。同時に開催される3つの分科会の中からひとつを選択しなければならない。非常に迷ったが、あえて自分の弱い分野である「女性という社会資本の活用〜ジェンダーギャップからダイバーシティへ」に参加した。パネリストの一人である(株)ノンストレスの坂野尚子さんの「女性の活用には、行政、企業、そして男性の覚悟が必要」との発言が印象に残った。

 さらに次の分科会は「ソーシャルとクラウドの衝撃」を選択。ドリコムブイキューブカヤックアイスタイルという日本を代表するネットベンチャーの社長さんたちのパネルディスカッションだ。ソーシャルネットワークのインパクトについて(株)ドリコム社長の内藤裕紀さんの「第三者が居ることで、購買面でも政治面でも消費者が衝動的に行動するようになるということだ」との指摘と、給料をサイコロで決める?など「面白法人」を目指しているカヤックの柳澤さんの「友人が何をしているのかを見ることは、テレビを観るよりも面白いということに気がついたということ」との指摘が参考になった。

 G1サミットでは夕食もディスカッションの場になる。敷地内の伝統的な南部曲屋に移動して、いろりで焼いた魚などを堪能しながら、議論を続けた。
 さらに本館に戻って二次会。ここでサプライズとしてG1メンバーである経営者がある選挙への出馬を表明。私が即興で応援弁士と本人に成り代った演説を行って、会場を盛り上げた。
 さらに本館内のバーで3次会。深夜2時近くまでそこここで議論が続いた。

 翌朝は6時に起床し、大浴場で入浴。朝食を済ませて、8時半から分科会「成長戦略としての医療改革」に出席。同時に分科会「『ねじれ』国会にどう対応すべきか」があったが、あえて医療の方を選んだ。河北博文河北医療財団理事長、慶応医学外科部教授でもある古川俊治参議院議員ノバルティスファーマ三谷宏幸CEO、(株)ミネケア山本雄士社長ら医療の専門家がパネリスト。「中福祉低負担という国民的幻想を何とかしなくてはならない」などの問題提起が数多く行われた。やはり治療に関するデータをきちんと蓄積、分析し、活用していくことが改革の第一歩だと痛感した。

 続いてワークショップ。議論するだけでなく、具体的に行動につなげていこうという趣旨で昨年からG1サミットに導入された。すでにいくつものプロジェクトが立ち上がり、活動を始めている。今回も私はIT・インターネットのテーブルに着席。慶応の国領教授や、夏野剛さんらとともにブレーンストーミングし、IT企業の合併を進めるためのマッチングプロジェクトや、被災地の高校生にITを使った復興策を考えてもらうこと、ハッカーコンテストの実施、などの行動計画をまとめた。

 昼食は「Beyond Tomorrow」プロジェクトからのプレゼンテーション。このプロジェクトでは被災した高校生の進学支援などを行っている。実際に進学が決まった被災高校3年生3人のスピーチには心を打たれた。

 昼食後は開会式を経て、全体会。テーマは「閉塞感を打破する新たな政治」で、パネリストは石破茂衆議院議員と前原誠司衆議院議員。モデレーターは竹中平蔵氏。続いて全体会「日本経済再生の提言と行動」。パネリストは小松製作所坂根正弘会長武田薬品工業の長谷川閑史社長。モデレーターはボストンコンサルティングの御立尚資代表。豪華メンバーによる内容の濃い議論だった。国際舞台で厳しい競争に直面している坂根会長の農業に対する「一度でも攻めの姿勢を取ったことがあるか?守ってばかりで守り切れた業界はない」との指摘は的確だった。

 さらに分科会が続く。私は「TPP交渉参加〜産業強化と農業改革の二兎を追う」に参加。私の農業政策のブレーンである和郷園の木内博一代表の「『農業』というくくりで議論することは第二次産業を『工業』というくくりで議論しているのと同じ。品目で全然違う」、「TPPで逆に米が輸出できる。海外にマーケットを求めていける」との前向きな発言に勇気をもらった。

 次の分科会は私がモデレーターを務める「iPS細胞が再生医療を実現する日〜チーム・オールジャパン戦略を考える」。私の中学高校時代の友人である京都大学山中伸弥教授は論文執筆のため、急遽大阪からネット中継で出演。もうひとりのパネリストは私の経済政策ブレーンであるコラーキャピタルのパートナー水野弘道さんだ。水野さんはG1サミットをきっかけに、山中教授のサポートを行ってくれており、今春から無給で京都大学iPS研究所の特任教授に就任する。生き馬の目を抜く投資ビジネスの世界で好業績を上げてきた水野さんがようやくビジネス化の端緒が見えてきた日本のiPSの支援に回ってくれていることは心強い。ネット中継も最近は性能が良く、ストレス無く進行できた。山中教授は「世耕が二日酔いなのがよく見て取れる」とジョークを飛ばしていた。山中教授がぶつかっているのは、資金の壁。これから実用化していくにあたっては知財面などで、多くの人材を投入しなければならないが、国の研究費補助では5年の期限付きでしかスタッフを雇用できない。私は会場のビジネスリーダー達に率先して寄付をするように呼びかけた。

 一日中議論しておなかが空いたところで、ディナー「東北の豊穣を楽しむ」。乾杯の後、私とNHKの有働由美子さんとで供されるワインの紹介。G1メンバーである辰巳琢郎さんが被災地東北のワインを中心に15種類用意してくれたが、辰巳さんがドラマ「カーネーション」の撮影が急遽入って大阪へ向かったため、私がピンチヒッターを務めることになった。有働さんの機転の利いたフォローで何とか乗り切ることができた。私がとっさに思いついた「有働さんとマイクを握っていると紅白歌合戦の司会をやっている気分になります。でも今晩は同じ紅白でも赤ワインと白ワインの紹介です」とのコメントは結構うけた。
 ディナーの最後はねぶた祭りの体験。舞台に上がってメンバーが踊りまくった。

 この日の公式プログラムはディナーで終わりではない。9時半からは10のテーマ毎に各部屋に分かれてナイトセッション。私は同志社大学村田晃嗣教授とともに「政界再編はできるか」に関するフリーディスカッションのファシリテーターを務めた。

 さらに旅館内のスナックを舞台に3次会。この日も2時過ぎまで議論が続いた。聞くところによると堀さん達は3時半まで飲んでいたらしい。

 翌朝6時に大浴場に行くと、つい数時間前まで飲んで議論していた人たちが、何もなかったかのような顔をして入浴している。経営者と政治家はタフでなければいけないと痛感した。

 朝食を済ませて、8時から分科会「コンプライアンスと企業成長〜日本からGoogleは生まれるか」に参加。裏の分科会が茂木健一郎さんがスピーカーを務める「知性とは何か」だっただけに、どちらに参加するかぎりぎりまで悩んだ。何かと話題の郷原信郎さん、柴山昌彦衆議院議員、日経新聞の三宅伸吾編集委員と永沢徹弁護士がパネリスト。コンプライアンスで萎縮する日本企業の姿を浮き彫りにした。経営者の保身のためのコンプライアンスから脱却しなくてはならない。

 次の分科会は「ユーロは破綻するか?〜ユーロ危機が世界経済に与える影響とは」。JPモルガンのジェスパー・コール氏、日本総研の翁百合氏、コラーキャピタルの水野氏からそれぞれ分析を聞いた。

 最後の分科会は「被災地に立ち上がる民間の力」。吉里吉里国代表の芳賀さんメッセージが心に響いた。

 ランチタイムは三沢市生まれの格闘家・小比類巻太信さんの杉板割、バット4本折り実演を観ながら。迫力だった。さらに続いて柴田三兄妹の津軽三味線。素晴らし演奏だった。感動した。

 午後は全体会。まずは「日本変革の新たな力〜G1サミットのリーダーたちに望むこと」。鈴木英敬三重県知事、グリー田中良和社長、アルピニストの野口健さんの30代メンバーによるパネルディスカッション。

 さらに最後の全体会は渡部昇一上智大名誉教授と堀義人さんの対談。

 そしてクロージングセッション。私もアドバイザリーボードメンバーとして登壇。「今回は80歳台の講師先生から30歳台のパネリスト、20歳台、高校生の参加者など、年代に大きな開きがあった。また大学出て、会社に入ってという典型的経歴以外の人も増えてきている。過去の成功体験にとらわれないということは、こういう年代や経歴の壁を乗り越えたダイバーシティが重要と言うことではないか」とコメントさせてもらった。

 終了後、ローカル線、青い森鉄道で三沢から八戸へ移動。新幹線で東京へ向かった。

 読んでいただければ分かるように、非常に濃密な2泊3日であった。ここでの議論と体験の成果を政治の世界でしっかり行動につなげていきたい。

 

 
  
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2月9日(木)【法令解釈担当大臣?:問題点を指摘したらあっさり政府は撤回】

2012年02月09日 | Weblog
 皆さんも何度も予算委員会の中継でご覧になっていると思うが、枝野経済産業大臣が経済産業政策と関係のない分野にまで手を挙げて答弁を行ってきている。
 枝野大臣の答弁は田中防衛大臣のような法律知識のない大臣にとって格好の助け船となっており、野党議員がきちんと所管大臣を指名して質問しているのに、枝野大臣が割り込んで答弁して弁護士らしい法律解釈を振り回し、その後所管大臣が立って「枝野大臣の答弁のとおりです」などと逃げることがまかり通ってきた。しかも枝野大臣は長い答弁が得意で、野党議員の質疑時間を奪ってしまっている。

 一昨日、内閣官房と法制局の担当者を国会対策委員会に呼んで、枝野大臣が関係のない分野の法律解釈まで答弁している法的根拠を問いただした。内閣官房の回答は「閣議で、『法令解釈担当については枝野大臣にお願いする』旨の総理発言があったから」とのことだった。
 私の方からは「そもそもすべての法律には主務大臣が指定されている。われわれ国会議員の国会における質疑は、この主務大臣が所管法律に関してどういう見解、解釈を持っているのかを問いただしているのだ。内閣の中で法令解釈を誰が担当しようと構わないが、国会答弁としての法令解釈は各法律の主務大臣が行うべきであり、『法令解釈担当』大臣の答弁など認められない」と指摘した。
 さらに、「百歩譲って、法令解釈担当として枝野大臣を答弁を認めるとすると、今後予算委員会だけでなく、すべての委員会で法令解釈が必要な場合は、枝野大臣の出席と答弁を要求することになる。それでいいのか?」と付け加えた。民主党の国会対策委員長にも自民党の脇国対委員長から同様の通告を行った。

 昨日になって民主党の羽田国対委員長から脇委員長宛に「今後枝野大臣は法令解釈担当としての答弁を行わせない」との回答があり、あっさりとこちらの言い分どおり決着が着いた。
 民主党政権は法的根拠のない組織やポストを乱立させてきた。法令解釈担当大臣なるものもその一種だが、こういう問題点はきちんと正して行かなくてはならない。
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2月7日(火)【予算委員会:水準の高かった自民党議員の質疑】

2012年02月07日 | Weblog
昨日から参議院予算委員会で第4次補正予算のTV入り審議が始まった。
自民党は脇雅史国対委員長、林芳正議員、磯崎陽輔議員が質問に立った。

脇委員長は、国家戦略室や行政刷新会議等々民主党政権下で法的根拠のない組織が乱立し、混乱していることと、憲法17条が規定する内閣の法令遵守義務に反するのではないか?との論点を突いた。林議員は米側から一方的に発表されたグアム移転が普天間の固定に繋がるのではないか?米側と2+2をはじめとする交渉、打ち合わせがあったのか?と追及した。磯崎議員は社会保障改革について、政府与党が具体案を出さないことを追及。閣僚が苦し紛れに「自民党の対案を出せ」と答弁したのに対し、「マクロ経済スライド方式等、前政権時代に行った社会保障改革が我々の対案だ。民主党こそ与野党協議を求めるのならば、まず対案を出せ」と鋭く切り返した。3人ともきちんと明確な論点を持ったいい質問であった。

地元で有権者と対話していると「揚げ足取りはよくない」、「大臣を虐めているように見える」という話を伺うが、それは自民党をよく思わない一部マスコミや評論家が作っているイメージにしか過ぎない。勿論間抜けな大臣や問題発言があれば厳しく指弾はするが、それは長い質疑時間のごく一部にでしかない。今は衆参の公式ホームページから質疑の動画アーカイブスが観られるようになっているので、一度自民党の質疑を最初からみてみて欲しい。それぞれの議員がよく勉強して、自民党政権時代の反省も踏まえながら、新しい政策提案も含めて、格調高い質疑をしていることをご理解頂けると思う。
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1月21日(土)【ぶら下がり取材を考える:その2「ぶら下がり取材の歴史」】

2012年01月22日 | Weblog
 前回から少々間が空いてしまったが、菅首相に続いて、野田首相も拒否し続けている「ぶら下がり取材」について書く。

 今回は、ぶら下がり取材の歴史について説明したい。なぜ私がぶら下がり取材の歴史を知っているかというと、安倍内閣の広報担当首相補佐官を務めていて、小泉内閣で1日2回が慣例になっていたぶら下がり取材を1回にする提案をしたところ、メディア側(記者クラブ)からの猛反発に合い、大論争となった(その時の経緯は別途詳しく書く)。その際に過去の歴史を少々リサーチしたのだ。

 元々、小泉内閣以前は総理大臣に対する取材は記者団が一日中総理大臣に張り付く形で行われていた。新人といってもいいくらいの若手記者達が総理執務室の扉一枚隔てた廊下にたむろしていて、総理が国会に出席する等で移動する際には大挙して付いていっていた。そして国会の廊下などでの移動中に「総理!○○に関するお考えはどうですか?」と問いかけるというのが総理大臣に対する取材スタイルだったのだ。歩く総理大臣にぶら下がるような形で取材がおこなわれるので、「ぶら下がり取材」という名称が付いたようだ。
 
 昔の総理大臣は、記者団がいくら問いかけても返事をすることはほとんど無かったらしい。時々「うん、そうだな」という程度の答えがあるかどうかだったようだ。総理大臣のコメントを取ってくるのは、総理直通の電話番号を知っている、実力派政治記者の仕事であったのだ。しかし、いつの頃からか総理大臣が時々立ち止まってコメントを発するようになった。外交や政局等で重要な局面で、国会正面の赤絨毯が敷かれた階段の途中で総理が立ち止まり、回りを記者団が取り囲み、総理の肩越しにマイクが突きつけられ、、、といった光景をご記憶の方も多いのではないか。

 森内閣の時に、総理と記者団の関係がぎくしゃくし、総理が記者の無礼な質問を叱りつける場面が報道されたり、無言で立ち去る総理をカメラが執拗に追いかけたり、といったことが繰り返された。
 前内閣時のトラブルに考えるところがあったのだろうか、小泉元総理は記者団が四六時中つきまとう取材形式を嫌い、「午前と午後1回ずつ、1日2回立ち止まってきちんと記者団の質問に答えるから、記者団がずっと付いてくるのは止めてくれ」という提案が行われた。記者クラブ側も、歩きながらの断片的なコメント拾いよりも、一問一答形式で取材できることにメリットを感じたのであろう、小泉元首相側からの提案を受け入れて、午前は夕刊用にカメラ取材なしのペン取材のみで、そして午後は夜の報道番組用にカメラ入りで、ということになった。
 しかし記者クラブ側はあくまでも「ぶら下がり取材」であるというスタンスは崩さず、「官邸の廊下を歩いていた首相がたまたま立ち止まって取材に応じた」というフィクションの上でこのスタイルは成り立っていた。あくまでも首相側の会見ではなく、記者クラブ側の取材であるということである。だから総理用のマイクや演壇は置かれることはなかった。
 小泉内閣末期にはこの1日2回のルールが崩され、午後の1回のみとなった。

 安倍内閣になって小泉内閣末期は1回だったのだから、そのまま継続しようとして記者クラブと揉め、最終的には首相側が譲歩して1日2回のぶら下がり取材ということになった。(詳細は別途書く)
 それ以降、菅内閣の3月11日までは、1日2回のぶら下がり取材が続けられてきた。そして東日本大震災の対応に集中することを口実に菅首相は結局3月11日以降退陣までぶら下がり取材に応じることはなかった。野田総理も「定期的に記者会見を行う」と宣言して、ぶら下がり取材は拒否している。

 これが今日までの首相に対するぶら下がり取材の歴史である。次回は安倍内閣の時のぶら下がり取材を巡る記者クラブと官邸の軋轢について詳述したい。
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1月10日(火)【ぶら下がり取材を考える:その1「トップの情報発信の重要性」】

2012年01月10日 | Weblog
 歴代総理大臣は「ぶら下がり取材」という形で記者団にコメントを発し、国民への説明責任を果たしてきた。しかし東日本大震災発災日の3月11日以降、定例的な総理大臣のぶら下がり取材は行われないままになっている。9月28日には私が参議院予算委員会で「ぶら下がり取材をどうするのか?」と野田総理に直接質したところ、総理は「ぶら下がり取材はやめて、定期的に記者会見を行いたい」と答弁したが、その後記者会見が定例化した痕跡もない。

 私は安倍内閣の時に、広報担当首相補佐官としてこのぶら下がり取材問題に携わった経験がある。安倍内閣発足時にはこのぶら下がり取材を1日2回から1回に減らしたいと記者クラブに申し入れたが、猛反発をくらい、当時の民主党を含めた野党からも激しく攻撃されることとなった。

 このぶら下がり取材の問題は一国のトップの情報発信のあり方という点で非常に重要な問題である。首相の発言は世界を駆け巡り、市場をはじめさまざまな影響を与えることになる。そして日本のぶら下がり取材という携帯は、世界各国のトップの情報発信形態と比べてかなり異様な状況になっている。きちんとした整理を行って、日本の安倍内閣当時の経験から私なりに考え方を持っているので、数回に分けてご紹介したい。
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1月5日(木)【和歌山放送の国会議員座談会に出席:ネットで聴取可能】

2012年01月06日 | Weblog
 昨日(4日)、和歌山県内唯一のAMラジオ放送局である和歌山放送の「2012和歌山県出身国会議員座談会」に出席した。出演者は和歌山出身の衆参国会議員9名と、仁坂知事。来年度予算案の評価、消費税、TPPなどが主なテーマで、与野党議員が異なる見解をぶつけ合う場面もあった。
 「個別に反論していると明日の朝までかかる」(パート2の20分50秒あたり)という逃げ答弁や、「(自民党議員)とは普段話していると同じ意見になる」(パート2の21分00秒)との抱きつき答弁、「マニフェスト期間はあと1年あるので、なお16兆円の無駄遣いを見つけ出すという前提で議論をしている」(パート2の23分30秒あたり)など、総じて与党民主党議員は苦しい弁明、言い訳に追われる場面が目立った。特に「私たちは党を代表してきているわけではないので」(パート3の1分20秒あたり)との民主党議員の逃げの発言には、開いた口が塞がらなかった。公党所属の議員たる者、つねに党を代表する心構えで発言しなければならないのは言うまでもないことである。
 放送の内容はネットで聴けるようになっている
ので、ぜひ一度聴いてみて欲しい。私の発言は、「今年の抱負」がパート1の18分5秒から、「予算案に関する評価」がパート2の24分24秒から、「消費税の賛否」がパート3の16分56秒あたり、「TPP」についてはパート4の12分11秒から、「政権奪還への決意」がパート5の4分15秒から、それぞれ取り上げられているので、ぜひ聴いて頂きたい。

 せっかくの与野党議員が揃っての討論の場なので、私は変に気を遣うことなく、率直な発言を心がけたつもりだ。政権与党を厳しく批判すべきは批判したし、消費税やTPP問題については、中途半端な言い方はせず、賛否をきちんと述べさせてもらった。
 番組の進行はすべてのテーマについて、司会者が衆議院1区の議員から指名して2区、3区、比例、参議院選挙区、比例という順番で発言していったが、少々平板であった。各議員が丁々発止自由に発言する形の方がもっと白熱した議論になったのではないか。

 今朝の新聞各紙は和歌山県版で昨日の座談会の模様を報道している。毎日新聞を除く各社とも本文でそれぞれの議員の発言ポイントをそれなりに公平に抽出して取り上げている。ただ毎日新聞だけは参議院議員の発言は全く取り上げておらず、写真も衆議院議員のみ写していて参議院議員はカット。今回の座談会での参議院議員の発言には「報道する価値なし」との判断だろうか?
 毎日新聞が筆頭株主であり、OB社員の受け入れ先にもなっている和歌山放送は、ピーク時には年間20億円超の売り上げがあったが、いまや7億円ちょっとに激減。今なお売り上げは毎年下がり続け、何年も赤字経営が続いている。われわれ国会議員にとっては年始挨拶回りのピークであるこの時期に座談会のために3時間近くも拘束されることは大変な負担であった。それでも苦境にある県内唯一のAM放送局を少しでも盛り上げようとの思いで、協力、出演したのだが、、、
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1月5日(木)【新年のご挨拶】

2012年01月06日 | Weblog
 新しい年がスタートいたしました。皆様方には、すがすがしい新年を迎えられていることと拝察いたしますが、昨年わが国とそしてわが故郷をおそった甚大な災害とその被災者のことを考えると、軽々にお祝いの言葉を申し上げるわけにもいきません。
 昨年は東日本大震災と台風12号によってわが国と和歌山県は深刻な被害を受けることになりました。今年はわが国とわが和歌山県がこの被害から立ち直り、しっかりと復興の歩みを進めていく一年にしなくてはなりません。

 大震災については、国会議員として何度も現地に足を運び、状況を把握し、その対策立案に参画してまいりました。民主党政府の遅遅とした取り組みが復興の阻害要因になっていることを痛感しましたが、批判をしていても復興は進まないので、自民党して独自の支援活動を進め、政府提出の復興関連予算・法案の早期成立に協力し、原発被災者の早期救済や二重ローン対策、瓦礫処理等で政府の対策に欠けている部分について、自民党としての議員立法を進めるなどして参りました。

 和歌山県をおそった台風12号についても、早期に現場入りして被害状況をつぶさに把握し、早期の激甚災害指定や交通網の早期復旧に努力して参りました。9月28日には予算委員会で台風対策を中心に質問に立ち、菅内閣から野田内閣への引き継ぎのまずさが政府の対応の遅れにつながったことを明らかにするとともに、近く発生が予想される東南海・南海地震対策としての道路網の整備、特に高速道路の整備について政府として積極的に取り組むむねの答弁を引き出しました。
 今後とも日本と和歌山の復興に全力投球していく覚悟です。

 災害以外にも日本には課題が山積しています。欧州金融危機、円高、TPP、普天間基地移転、消費税、社会保障改革などなど、高度な政治的リーダーシップがなければ解決できないテーマばかりですが、民主党内すらまとめられず、あやふやな方針表明しかできず、一川大臣、山岡大臣等不適格閣僚を多数抱える野田内閣にはこれらの難題を乗り切るのは到底無理です。今や17兆円もの無駄を見つけ出して子ども手当等をばらまくとした、総選挙の民主党政権のマニフェストが実現不可能なことも明白になっています。正当性を失った野田民主党政権を一日も早く退陣に追い込み、日本の政治をまともに機能させるべく、ねじれ国会の主戦場である参議院自民党の国会対策委員長代理として頑張っていかねばなりません。

 昨年は私個人にとっても大きな変化の年でありました。9月の父の逝去に伴い、近畿大学の理事長に就任いたしました。政治家と大学経営者の二足のわらじを履くことになったのです。一層多忙な生活となりますが、政治と大学経営には相乗効果があると考えています。特に政治にとって最大かつ根幹的な課題は教育改革です。近畿大学の経営を通して得た教育現場の情報を政治活動にしっかりと活かしていきたいと思います。また学生5万人、教職員5000人の巨大組織のトップとしての経験は必ず政治のトップを目指す上でも役立ってくると確信しています。

 最後になりましたが、平成24年が皆様にとって、健やかで幸多き年となりますよう心からお祈り申し上げ、新年の挨拶といたします。
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