鮎と戯れて・・・魚族に感謝

主に東北地方を中心とした短い夏の、あまり多くない鮎つりの記録です。家族にも感謝して。

早過ぎる死

2010-01-18 22:02:12 | 思いつくまま

 今朝の朝日新聞で知りましたが、小林繁元投手が心不全で亡くなったということが社会面とスポーツ面で大きく取り上げられていました。57歳です。

 小林繁投手といえば、何といっても江川卓との電撃交換トレードが思い出されます。1979年1月に巨人から阪神へ移籍しました。もう30年も前のことなのですね。30年かあ〜。そんなに古いことなのか。

 

 なぜこの事件が忘れられないか。ある意味、今となってはこういう事件が起きてくれてよかった(小林投手にはすみませんが)とさえ思います。なぜか?

 この事件によって、巨人が嫌いになったからです。ホトホト愛想が尽きました。自分だけよければいいという考え、何が何でも、どんなことをしても欲しいものは手に入れるという体質と思い上がり(常勝巨人軍)。 すっかり巨人が嫌いになり、そのときからアンチ巨人派になりました。現在に至っています。

 その頃よく言われた言葉、「巨人・大鵬・玉子焼き」。もともと大鵬は好きではなかったですし、玉子焼きも、家が貧しかったのでたまにしか食べられなかったなかで、巨人は大好きでした。野球といえば、セリーグ(パリーグなんてどの球団も嫌いでした)、その中でも巨人、巨人しか眼中になかった。長嶋や王選手に憧れるなんてことは全くありませんでしたが、巨人には勝って欲しかった。王と長嶋のアベックホームランでサヨナラ勝ちしたときなんか、本当に嬉しかったものです。

 

 でも江川の事件があってからはアンチ巨人で、巨人以外ならどこでもいいという状態でしたが、江川のお陰で、当時全く弱かった、セリーグのお荷物球団とさえ言われた「広島東洋カープ」に何かしら引きつけられ、いつしかとっても好きになり、と同時にカープはとっても強くなったりして、ざまあ見ろ、巨人!と快哉を叫びながら試合を楽しんだものでした。お陰で二人の息子も完全なカープファンになってくれました。

 でも、でも広島カープも弱くなるにつれて、プロ野球の興味が薄れてきました。どうでもいいような状況でした。

 

 そんな中、仙台にもプロ野球をつくろうという動きが出てきた頃からプロ野球界のことに興味を持ち始め、当時全国的に急成長してきた情報ソフト産業の「ライブドア」が名乗りを上げ、仙台市民の圧倒的多数もライブドアに球団をつくってもらいたかった(そういう私も当然?ライブドア派でした)のですが、ホリエモンの逮捕劇やライブドアの粉飾決算まがいのことが持ち上がり、対抗馬として出てきたのが、ほかならぬ「楽天」、・・・・・、そして球団創設5年目にしてようやくパリーグ2位というところまで実力をつけ、成長して来たということになります。

 

 今となっては、野球は{パリーグ}、球団は「楽天」、「東北楽天ゴールデンイーグルス」ということになってしまいました。

 そして、今年こそパリーグで優勝し、クライマックスシリーズでも勝ちあがって、パリーグの代表として、日本シリーズを闘ってほしいものです。

 そのときのセリーグのチームは巨人、その巨人をコテンパンにやっつけてくれたら痛快この上ないのに、と思わないこともないのですが、できればセリーグの相手は広島カープで、好勝負を繰り広げ、4勝3敗で楽天の勝ちということになってくれる方がはるかに面白いです。

 アンチ巨人にしてくれた小林投手に改めて感謝するとともに、その早過ぎる死に心より哀悼の意を表します。 合掌

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ライブドア アンチ巨人 クライマックスシリーズ 日本シリーズ ゴールデンイーグルス サヨナラ勝ち アベックホームラン 交換トレード
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