心と神経の哲学/あるいは/脳と精神の哲学

心の哲学と美学、その他なんでもあり

自分(私)は二人いる

2017-03-21 17:12:43 | 日記

備忘録として書いておきたい。

今日『自分は二人いる』というタイトルの本を書きたいとふと思った。

『私は二人いる』でもよい。

自分の日常的感覚として意識の主体としての自分ないし私は二つあるような気がしてならない。

「二つある」というのは変なので「二人いる」と言い直そう。

ジェームズやミードが主我と客我の関係を論じているのは知る人ぞ知ることである。

もちろん私もその思想に親しみ、強い影響を受けた。

しかし、私が構想する思考案件としての「自分は二人いる」ということは、主我と客我の関係には尽きない。

それよりもっと深い層に関心があるのだ。

それについては後で詳しく論じることにしよう。

また「自分(私)は二人いる」という主タイトルに「そのことに気付いた人だけが人生の勝利者になれる」というサブタイトルを付けたい。

これには通俗化の意図が含まれている。

とにかく私は唯一無二ではなくて、単純に自分の中に二人いるのである。

これは意識と心の神秘を示唆している。

晩年の芥川龍之介がドッペルゲンガーに悩まされたことは有名だが、彼の症状を分析するのも面白い。

しかし、私が構想している自我の哲学は、多重人格の病理とは次元が違う。

むしろアートマン・プラウマンの哲理に似ているであろう。

しかし、それを直接参照することなどない。

とにかく、ここ十数年思索してきた「意識の本質」へと集中したい。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「ごちそうさん」の猫 再登場 | トップ | 天野篤と和田秀樹 »
最近の画像もっと見る

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。