諏訪大社といえば、信濃国一宮で名神大社、神位は正一位という全国規模での知名度を持っています。どこででも見かける諏訪神社は日本各地にありますが、まさにその本社が諏訪大社です。国内にある最も古い神社の一つとされているものの、諏訪大社は諏訪湖をはさんで上社と下社に別れ、さらに上社は前宮と本宮、下社は春宮と秋宮と合計4つあることは、案外知らない人も多いかもしれません。
御柱(おんばしら)でも知られる諏訪大社の中で、もっとも古いのが上社の前宮です。骨伝道サングラスGL42とともに、この古から続く神秘の聖域へと向かいました。

祭神は出雲に関係する建御名方ですが、本来は諏訪地方の土着の神々であるとされるミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などだといわれています。
祭神に関しては、日本書紀や古事記の神話時代から伝わるもので、有名な国譲りに原点がありあます。天照大神の孫、瓊瓊杵尊の降臨に先立ち、武甕槌命が、出雲の大国主命に国譲りを迫りました。しかし、大国主の次男である建御名方命が、国譲りに反対し、武甕槌命と相撲をしたが負けてしまい、諏訪まで逃れ、ここで新たな支配をしたというものです。
前宮は中央本線・茅野駅から車で約5分程度の場所に鎮座しています。中央高速の諏訪インターチェンジからも比較的近い距離です。しかし上社でも本宮と異なり、ここは静寂に包まれ、観光客の数も多くないのでしょう、土産物屋の列もなく、聖域にふさわしい雰囲気を保っています。
道路から斜面に沿って境内が広がり、その境内の大半を占める広場を神原と言います。大祝の居館である神殿と 附属する多くのの建物が軒を連ね、上社の祭祀の中心地だったとのことですが、室町時代に神殿が移転されたことで、多くの建物が消滅してしまいました。現在では祭典に必要な建物だけになり、当時の面影はありません。

前宮の御本殿は境内から一度農道のような道に出て、200m程上段の位置にあります。民家が点在しています。実に不思議な気分になります。高台の場所で、きれいな水が豊富に流れる地は、鎮静効果を伴うような感じです。しかも周囲には民家が普通にあるというので、違和感も感じます。
ここが諏訪信仰発祥の地と伝えられ、現在の社殿は昭和7年伊勢の神宮の御用材を以て建られたものだといいます。
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次は本宮へも足を伸ばしたいと思い、参堂を背に歩き出しました。
