骨で聴く異世界

耳を使わずに「聴く」世界を旅します。耳をふさいでいても聴こえる世界です。

諏訪大社上社前宮を骨で聴く

2012-02-23 10:53:49 | 骨で聴く巡礼旅

 諏訪大社といえば、信濃国一宮で名神大社、神位は正一位という全国規模での知名度を持っています。どこででも見かける諏訪神社は日本各地にありますが、まさにその本社が諏訪大社です。国内にある最も古い神社の一つとされているものの、諏訪大社は諏訪湖をはさんで上社と下社に別れ、さらに上社は前宮と本宮、下社は春宮と秋宮と合計4つあることは、案外知らない人も多いかもしれません。

 御柱(おんばしら)でも知られる諏訪大社の中で、もっとも古いのが上社の前宮です。骨伝道サングラスGL42とともに、この古から続く神秘の聖域へと向かいました。



 祭神は出雲に関係する建御名方ですが、本来は諏訪地方の土着の神々であるとされるミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などだといわれています。
 祭神に関しては、日本書紀や古事記の神話時代から伝わるもので、有名な国譲りに原点がありあます。天照大神の孫、瓊瓊杵尊の降臨に先立ち、武甕槌命が、出雲の大国主命に国譲りを迫りました。しかし、大国主の次男である建御名方命が、国譲りに反対し、武甕槌命と相撲をしたが負けてしまい、諏訪まで逃れ、ここで新たな支配をしたというものです。

 前宮は中央本線・茅野駅から車で約5分程度の場所に鎮座しています。中央高速の諏訪インターチェンジからも比較的近い距離です。しかし上社でも本宮と異なり、ここは静寂に包まれ、観光客の数も多くないのでしょう、土産物屋の列もなく、聖域にふさわしい雰囲気を保っています。

 道路から斜面に沿って境内が広がり、その境内の大半を占める広場を神原と言います。大祝の居館である神殿と 附属する多くのの建物が軒を連ね、上社の祭祀の中心地だったとのことですが、室町時代に神殿が移転されたことで、多くの建物が消滅してしまいました。現在では祭典に必要な建物だけになり、当時の面影はありません。



 前宮の御本殿は境内から一度農道のような道に出て、200m程上段の位置にあります。民家が点在しています。実に不思議な気分になります。高台の場所で、きれいな水が豊富に流れる地は、鎮静効果を伴うような感じです。しかも周囲には民家が普通にあるというので、違和感も感じます。

 ここが諏訪信仰発祥の地と伝えられ、現在の社殿は昭和7年伊勢の神宮の御用材を以て建られたものだといいます。

 骨伝道サングラスGL42とともに、周囲の「聖」の音を聴き、癒し効果を堪能できます。

          ⇒ 骨伝道専門サイトの骨伝道サングラス

 次は本宮へも足を伸ばしたいと思い、参堂を背に歩き出しました。
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関金温泉を骨で聴く

2012-02-22 10:49:38 | 骨で聴く癒しの世界

 山陰の冬は、暗いイメージがあります。喧騒に包まれ、骨伝道機器が必要なほどの人ごみと、季節感のない都会では、比較すること自体が愚かに感じられます。
 そんな山陰地方の倉吉駅を基点として、歴史に彩られた暖かい温泉へと思いをめぐらせます。BGMは騒音対策ではなく、シータ波を誘導する意味で骨伝道サングラスGL42を使います。

          ⇒ 倉吉駅を骨で聴く
          ⇒ 骨伝道サングラスGL42

 以前に幻の情報誌に掲載された温泉紀行ライターの文章を引用して、山陰の温泉旅情に浸ってみましょう。

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 関金温泉は千三百年の歴史があるが、最初に発見したのは行基である。
 弘法大師ゆかりの温泉というと、弘法大師によってその歴史が始まったところが大部分を占めると思うが、ここは弘法大師により“再興”されたということになっている。
 ただ温泉の歴史そのものは行基から始まっているものの、本当の意味で関金の地から湧いた湯が“関金温泉”になったのは弘法大師からではないか? という憶測も出てくる。その辺の基話(モトバナシ)も聞いてみたいものだと思った。

 だらだら登る細い道の両側に民家や、みやげ物屋とも日用雑貨屋とも見つかぬような店が肩を寄せ合いたまに旅館が混じっている。

 やはり観光温泉地というには生活的だ。

 関東周辺で例えると群馬県の湯宿温泉に近い雰囲気。言ってみれば本当の湯治というのは半分生活なわけで、これが本来の湯治場のあるべき姿だと感じる。

 温泉街もかなり奥まったところに共同浴場「関乃湯」がある。
 外観は民家風の建物で玄関の上に「関の湯」の看板がかかっており、
   まさに“湯小屋”という雰囲気。

 明治34年以来の古くからの外湯で、自分もある程度の予備知識は持っていたが予想したとおりではあった。玄関戸はガタピシと開けるようなイメージがあったがサッシに変わっている。中に入るともっと予想と違った。



 木の香りも新しいこじんまりした待合。番台にはニコニコ顔のおばさんが座っている。無人の湯小屋然とした想像が覆されてびっくり。聞くと、今年の九月に改装されたらしく、それ以前は私が予想したような感じがずっと続いていたらしい。おばさんにとっては本当に念願だったようで、実に嬉しそうに話してくれた。

 入浴料200円也を払いソロリと入ると男女別に仕切られた清潔な脱衣場の奥に浴室がある。

 浴室はこじんまりとしていて3〜4人で一杯になる檜作りの湯船がある。

 ここはさすがに自分本来のイメージ。

    洗い場はない。
             無人。

 存分に湯を浴びた後ゆっくり湯船に身体を沈める。

      ジャスト適温。

 46度の源泉は無色透明、無味無臭。温度調整され懇懇と溢れ出している。もったいなきこと限りなし。初入湯の喜びと湯の快適さに浸りしばし瞑想。
 泉質は三朝と同じ単純放射能泉。ラジウム自体には、匂いや色の要素はなく、入った感じは普通の単純泉のようだ。ただラジウムは湧出後ラドンとなって気化するので、浴室を密閉することにより吸入効果が得られるそうだ。特に肝臓病や痛風によいとのこと。

 温泉の恩恵だと思われるが、この三朝、関金周辺は平均寿命が全国でも屈指だという。今もなおこのラジウムの恵みは、内外の湯治者を支えているようだ。

 湯上りに番台のおばさんから話が聞けた。

 ここは当初湯治目的で三朝に行っていた人が

「三朝の湯は熱すぎる」

 とのことで移ってくるケースが結構多いらしい。
なるほど三朝はたしか源泉五十六度くらいで自分も相当熱かったと記憶する。三朝の湯も効能は確かなはずだが、これはまた別問題であろう。

 ただ、せっかく移ってくる人がいてもその中心たる「関の湯」があまりにもボロでは‥‥、という苛立ちとも悔しさとも言える思いがあったようだ。
 自分などはいたずらに改装や建替えで変っていくより、古くともそのまま歴史を証明していて欲しいとついつい思ってしまったりするが、実際に湯を守る当事者にとってはもっと現実的に立派であって欲しいと願うものなのだろう。
 実際肝心の湯がしっかりしているのであれば、これは当たり前のことだなと改めて思う。おばさんの笑顔に同調し自分も多いに喜び、楽しい時間を過ごすことができた。

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 幻の情報誌掲載当時の原文を引用しました。これは2006年にこの「骨で聞く異世界」ブログが開始されるよりも前のものです。
 懐かしく、そして新鮮でもあります。


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東伏見稲荷神社の「お塚」を骨で聴く

2012-02-20 15:44:51 | 骨で聴く巡礼旅

 記事投稿がなかなか出来なかったので、再び東伏見稲荷へと骨伝導とともに参拝に行き、新たな出発をすることにしました。

          ⇒ 東伏見稲荷を骨で聴く

 今回は、本殿裏手の聖域へと足を延ばしました。荘厳な雰囲気が周囲に充満しています。朱塗りの鮮やかな本殿とは異なる独特の雰囲気です。

 説明板が右手にありますが、まず目立つの鳥居の数です。この本殿裏手の一帯には、「お塚」の小さなお社がたくさんあり、それぞれに奉納された鳥居がたくさん並んでいます。それぞれ御神徳の異なる社で、まるでミニ八十八ヵ所のようでもあります。

 聖域は静寂に包まれ、喧騒で威力を発揮する骨伝導も、ここでは癒し効果に貢献してくれます。

          ⇒ 騒音対策だけでない骨伝導製品

 歴史に彩られているわけではない神社ですが、癒し効果抜群の聖域は、また新たな発見にも繋がります。骨で聴く旅もまだまだ続けようと心に誓うことでができました。
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葛西臨海公園を骨で聴く

2012-01-16 14:03:14 | 骨で聴く癒しの世界

 葛西臨海公園の開園面積は約81万平方メートルと、広大な面積を誇っています。
 都立公園としては、野山北・六道山公園(132万平方メートル)、水元公園(92万平方メートル)、小金井公園(79万平方メートル)と並ぶ最大規模です。と、いってもなかなかイメージしにくいかもしれませんが、例えば上野恩賜公園が53万平方メートル、新宿御苑が58万平方メートルですから、これらを凌駕する規模であることは容易に想像できることでしょう。

 ただ葛西臨海公園の場合、他の巨大な公園と異なり、東京湾沿岸の汚染や埋め立てで破壊された自然環境を再生しようとして整備されたという独自の歴史があります。そのため、自然環境としては、東京23区でも見ることが少なくなった動植物が、園内の森や池に生息しているのが特徴です。
 また、園内には都内を代表する水族館や大観覧車もあり、行楽地としての賑わいもある公園です。

 2つの人工干潟とその水域も含まれ、初夏には潮干狩り、夏季には水遊びの家族連れ、元日の明け方は初日の出の参拝客でも賑わうことで知られています。

 喧騒の中、骨伝導機器とともに散策すれば、子どもたちの明るい声が周囲の環境と呼応して癒し効果を倍増させます。そんな贅沢な休日には抜群の場所といえます。
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川崎大師を骨で聴く

2012-01-05 10:37:49 | 骨で聴く巡礼旅

 神奈川県川崎市にある真言宗智山派の大本山・平間寺。
 しかし世間一般では通称の方が知られています。川崎大師です。山号は金剛山。院号は金乗院。高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつに数えられています。



 開山が尊賢、開基が平間兼乗で、現在の貫首は第45世・中興第2世藤田隆乗。
 初詣に訪れる数が全国で第3位、もちろん神奈川県では第1位を記録するほどの寺院です。実際、参拝客のために大師電気鉄道が開業したほどで、現在の京浜急行電鉄の基となったという驚くべき事実があります。


 
 それだけ人々を集めるだけのパワーのある場所で、弘法大師空海を祖とする真言宗系の寺院としては、巨大な存在といえます。
 しかし一般に川崎大師詣でが普及したのはそれほど古くはなく、1813年(文化10年)、徳川幕府第11代将軍、家斉が厄除に訪れた事から厄除け大師として広まったことが現在に繋がっています。

 寺院としての歴史は、崇徳天皇の御代に遡ります。
 以下、歴史を「川崎大師」の公式サイトから一部引用させていただきましょう。

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 平間兼乗という武士が、無実の罪により生国尾張を追われ、諸国を流浪したあげく、 ようやくこの川崎の地に住みつき、漁猟をなりわいとして、貧しい暮らしを立てていました。兼乗は深く仏法に帰依し、とくに弘法大師を崇信していましたが、 わが身の不運な回り合せをかえりみ、また当時42歳の厄年に当たりましたので、 日夜厄除けの祈願をつづけていました。
 ある夜、ひとりの高僧が、兼乗の夢まくらに立ち、「我むかし唐に在りしころ、わが像を刻み、 海上に放ちしことあり。已来未(いらいいま)だ有縁の人を得ず。いま、汝速かに網し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」と告げられました。

 兼乗は海に出て、光り輝いている場所に網を投じますと一躰の木像が引き揚げられました。
 それは、大師の尊いお像でした。 兼乗は随喜してこのお像を浄め、ささやかな草庵をむすんで、朝夕香花を捧げ、供養を怠りませんでした。
 その頃、高野山の尊賢上人が諸国遊化の途上たまたま兼乗のもとに立ち寄られ、尊いお像と、これにまつわる霊験奇瑞に感泣し、兼乗と力をあわせ、ここに、大治3年(1128)一寺を建立しました。そして、兼乗の姓・平間をもって平間寺(へいけんじ)と号し、御本尊を厄除弘法大師と称し奉りました。これが、今日の大本山川崎大師平間寺のおこりであります。
 法灯をかかげて、悠久ここに880余年、御本尊のご誓願宣揚と正法興隆を目指す根本道場として、川崎大師平間寺は、今、十方信徒の心からなる 帰依をあつめています。



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 骨伝導は喧騒に強い威力を発揮します。
 参拝客の多い川崎大師の境内でも大いなるパワーを体感できます。巨大なパワーを生む大師の法力と最先端の骨伝導が見事に癒合できる場所です。ぜひ一度参拝してみてください。周囲の「気」から異なることを感じるかもしれません。
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氷川丸を骨で聴く

2012-01-04 11:20:01 | 骨で聴く癒しの世界

 氷川丸は日本郵船が1930年に竣工させた日本の12,000t級貨客船です。
 太平洋戦争でも沈没を免れた数少ない大型貨客船で、戦後も1960年まで北太平洋航路で運航を続け、現在では横浜の山下公園に係留され、博物館船として公開されています。船名はさいたま市の「氷川神社」にちなんだもので、新年には相応しい「骨で聴く」世界です。

 博物館船だけあって。船内には、「客船エリア」だけでなく、乗務員たちの仕事場を紹介する「乗務員エリア」、そして、氷川丸の歴史を伝える展示エリアがあります。山下公園の散策とともに訪れたい場所です。

 港の風と歴史に彩られた客船を骨伝導とともに体感することで、今年も新たな一歩を踏み出した気分になります。

 
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こしみず池を骨で聴く

2011-11-01 11:34:42 | 骨で聴く体験記

 横須賀市のこしみず池を眺めながら骨伝導ヘッドセットで周囲の音を聴きました。自然の中の雰囲気とクルマが疾走する音が混ざり、骨から脳へと伝わる感覚を味わいました。米軍で採用された特許技術の骨伝導製品だけあって、この感覚は新鮮です。

          ⇒ 米軍採用の骨伝導製品

 この「こしみず池」ですが、おそらく知る人は少ないでしょう。有名な観光地でもなければ、目立つ存在でもありません。



 横浜横須賀道路の下り線・横須賀パーキングエリアの横にひっそりとあります。パーキングエリアの端から少し歩くと、眼下に見える小さな池です。すぐ近くを高速で走るクルマたちがありますが、雰囲気的にはひっそりとした感じです。

 特に何があるわけでもありませんが、こんな場所で何となく骨伝導を体験してみるのも悪くないのがよく分かります。
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京王よみうりランド駅を骨で聴く

2011-10-28 11:24:37 | 骨で聴く鉄道駅

 京王電鉄相模原線の駅としては、1日平均乗降人員が11,259人で、相模原線内では一番少ない駅が京王よみうりランド駅です。所在地は東京都稲城市矢野口になります。

 よみうりランドの聖地公園(⇒ よみうりランド聖地公園を骨で聴く)とともに骨伝導ヘッドセットを装着して訪れました。



 北側と南側で「顔」の異なる駅といえるでしょう。
 北側は住宅地だけでなく、住宅地・梨畑などが広がり、多摩川に沿った平地です。アメリア稲城ショッピングセンターなどの商業施設もあります。また、JR東日本の南武線矢野口駅まで、徒歩で約15分程で行くことも可能です。
 一方南側は、小さなロータリーがあり、マンションや一般住宅もありますが、その先は厳しい丘陵地帯が迫っています。いわゆる里山で、広大な雑木林がひろがっています。ありがた山・弁天洞窟などもこの丘陵にあります。
 よみうりランドへは斜面からゴンドラ「スカイシャトル」が運行していて、快適な移動ができるようになっています。

 小田急線には「読売ランド前駅」がありますが、この京王よみうりランド駅からのアクセスのほうが断然便利といえます。ただ、読売ランド前駅が、1日平均乗降人員は33,871人と、約3倍の規模を誇っています。

 里山と住宅街、さらに遊園地園の表玄関という様々な顔を持つ駅で、骨伝導ヘッドセットは何を聴いたのか? 特許技術に裏付けられた製品が、その答えを持っています。

          ⇒ 特許技術製品の骨伝導機器

 多面性の駅と最新技術の骨伝導の組み合わせで、秋の一日を堪能できました。
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大宮八幡宮を骨で聴く

2011-10-24 17:13:13 | 骨で聴く巡礼旅

 知る人ぞ知る「東京のへそ」「子育・厄除八幡さま」として1000年の歴史を誇る大宮八幡宮は、杉並区の方南と通りが井の頭通りにぶつかる手前にあります。

 歴史をさかのぼると、第70代の後冷泉天皇の天喜年中(1053〜57)に至ります。この時代、奥州の乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義公の軍がこの地にさしかかりました。すると、大空には白雲が八条にたなびいて、あたかも源氏の白旗がひるがえるような光景となったといいます。

 これは八幡大神の御守護のしるしである!

 源頼義公は喜ばれ、乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓いました。その結果、見事に奥州を平定して凱旋した際に、誓いの通り康平6年(1063)、京都の石清水八幡宮より御分霊をいただいて、ここに神社を建てました。これが大宮八幡宮の創建の縁起です。

 源頼義公の子である八幡太郎義家公も後三年の役のあと、父にならい当宮の社殿を修築し、境内に千本の若松の苗を植えたと伝えられています。

 この地は、旧境内地から弥生時代の祭祀遺跡が発掘されたくらい、太古からの聖域として現代まで続いている場所です。



 応神天皇を主祭神とする大宮八幡宮は、まさに聖域の空気を保ち、源氏の勝利に導くだけのエネルギーに待ちあふれています。いつものように骨伝導とともに参拝し、このパワーを手に入れました。今回は骨伝導の定番である「きくちゃん」を装着し、首からぶら下げるスタイルをとりました。

          ⇒ 骨伝導定番「きくちゃん」

 東京の意外なパワースポットだと思いますので、骨伝導とともにぜひ参拝してみてください。お勧めです。

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恵比寿駅を骨で聴く

2011-10-14 12:16:16 | 骨で聴く鉄道駅

 ビール工場の名称から地名になり、駅名になった恵比寿駅は、サッポロビール恵比寿工場が千葉県船橋市に移転したことで、跡地再開発として恵比寿ガーデンプレイスという複合施設の最寄り駅という位置づけになりました。

 骨伝導ヘッドセットとともに今回は恵比寿駅を訪れました。

 JR東日本のデータによると、1日平均乗車人員は130,245人で、第21位にランクする駅です。東京メトロ日比谷線の平均乗降人員も98,876人で、都会らしい規模を誇っています。
 ただし客観的に見て、山手線の駅であり、埼京線・湘南新宿ラインが停車する駅という観点から見ると、他の駅が池袋駅・新宿駅・渋谷駅・大崎駅ですから、規模としてはその中で最小といえるでしょう。
 ただ隣の渋谷駅と異なり、山手線ホームと埼京線・湘南新宿ラインホームが隣に並んでいる関係で、両ホーム間での乗り換えは便利といえます。この乗り換えの利便性は、渋谷駅だけでなく新宿駅も避けて恵比寿駅で乗り換える人もいるようです。

 またこの駅の特徴は、ご当地発車メロディとして全ホームで「ヱビスビール」のCM曲・映画『第三の男』のテーマ曲が採用されていることです。1番線のホーム側壁にはヱビスビールの看板をあしらった照明まで設置されています。

 こんな恵比寿駅で発車メロディと雑踏の奏でる音を骨伝導で聴きます。騒音対策としての骨伝導も有効ですが、耳ではなく骨から「聴く」ことで、恵比寿駅の風情も少し変わったような印象を抱きます。

          ⇒ 手軽な骨伝導製品

 また恵比寿駅周辺には隠れた名店も多数あり、ビールを飲みに行くだけでなく街そのものを楽しむこともできます。その玄関口の恵比寿駅は、この規模が一番あっているのかもしれません。

 
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