今回の野田内閣の人選について、いろいろな評論家が言う。
今回の人事は、論功行賞だとか、派閥均衡内閣だとか。
だから、どうなんだ? と、いつも疑問に思う。
そこで、論功行賞人事について少し考えてみたい。
菅内閣の辞職宣言後、民主党総裁選に7人が立候補した。
しかし、推薦人20人が必要なため、実際上は旗揚げしただけで、いざ正式立候補に至ると2人が辞退した。
また、海江田が小沢・鳩山の支援を得たあたりから、反小沢の体制が出来始めた。
誰が勝つかはわからないが、議席の半分以上の投票が得られなければ、上位二社が決選投票に入る。
そこで、みんな決選投票に向けて動き始める。
一般の我々には何の得にもならないが、政治で飯を食う人間には、大変な仕事である。
何とか、自分が支持する人に総裁になってもらいたいと考えるのは当たり前。
その支持者が総裁になったら、何かご褒美にありつけるだろうと思うのは当たり前。
これが選挙なのだ。
それを否定したら政治はできない。
この論功行賞を動機不順と考える方が不思議。
また、派閥均衡も政治家としては何の不思議ではない。
ところがこの論功行賞ということは、サラリーマンにはあまりないことだ。
せいぜい、日曜日にゴルフに行って、「ナイスショット」とベンチャラを言うか、
敵方の情報を盗んでくるか、カラオケに行って、「うまいっすネ」というか。
そんなこと程度である。
明確な論功行賞はないのである。
ところが、アメリカは違う。
明確に尊敬できるボスを探し、ボスのために働く。
ボスが失脚すれば自分も会社を辞めなければならない。
ボスが昇進すると、自分も昇進するという非常に分かり易い世界である。
日本のサラリーマンは旗色を鮮明にしない。
だから、政治の世界で論功行賞という言葉にいやらしさを感じる。
私は戦いだから、論功行賞ははっきりすべきだと思う。
どうも、我々日本人の心はフラフラとふらついているようだ。









