空の現実

禍福は糾える縄の如し

外化

2017-08-09 11:03:58 | ニヒリズム
役立たずだとか人に批判的になる人は自分が役立たずだと思っている。


自堕落だとか人に批判的になる人は、自分が自堕落でどうしようもないと思っている。



定年退職をして暇で暇でどうしようもない。


そうすると、金だけもらえて何の役にも立ってないと錯覚していってしまう。


金を使うことで役に立っているのに、自分でそう思い込む。


無職というのも一つの「無」という職である。


社会の歯車にしかなれないと自信喪失する人がいる。


社会の歯車にもなれないと自信喪失する人がいる。


どっちも錯覚してるだけのことではないか。


社会の歯車だとかなんだとかどうでもいいのである。


自信が喪失しない状態であれば別になんでもいいのである。


無職でも自信が喪失していない人がいるとすれば、その人はすごい才能がある。有能極まりない逸材であろう。


なぜならば人生というのは、誰にも認められないことであっても自分が価値があると思える自分ができうることをしていき、

そこに有限な人生の意味を見出すことがテーマだからだ。

一言でいえば、自己満足で何ら構わない。社会の歯車だとか、社会だとか気にしているようでは、

自己満足などないだろう。本人が社会に迎合してるだけだからだ。

苦しいときに何の助けにもならない今の日本社会や、世間などというのは、なんら迎合するに値しない。

切って捨てさればいい。

そう確信することだ。
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