空の現実

禍福は糾える縄の如し

清く正しくはいつも最善とは限らない

2017-09-18 08:20:18 | 我が闘争
 正しく清くありたいものだが、いつもいつもそう雁字搦めになっていると

肝心なところで墓穴をほることがある。


DDTを禁止することは環境にやさしいとして、DDTを禁止したために衛生状態が極度に悪い
国では何百万人も死ぬことがあるらしい。


水道水の塩素が問題じゃないかと睨みつけたところで、塩素を使わなければ

伝染病が蔓延することだってあるかもしれない。



同様に、経済政策にしても日銀ジャブジャブシャブ漬け経済や公共事業が

全部悪とは言い切れない。


放射能汚染を引き起こした原発でさえもそういう面があるのではなかろうか。


経済学でもパレート最適は無理でもパレートインプルーブメント(次善)を選ぶべき場合があるという。


社会保障のために必要になる国債だぶだぶの予算編成にしても、それがなければ飢えて死ぬ人が出てくるとしたら、

甘受すべきものと考えられる。


あんな奴らは死ねばいいんだと予算カットして追い込んだところで、

今度はそういう人たちが泥棒になったりしてまた問題になるのかもしれない。


清く正しくよりも現実のほうが大事なのだ。
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