空の現実

禍福は糾える縄の如し

加計学園は、偏差値格差社会を縮小する意味をもつ

2017-09-18 08:41:31 | 我が闘争
加計学園の作っている大学は偏差値が高くなくても入りやすい。


加計学園が、獣医学部をつくれば、偏差値55ぐらいになるとする。

大阪府立大学の獣医学部はたしか偏差値62と思う。

国公立は偏差値が高くなって定員も少ないから、
加計学園が
偏差値低くても入れる獣医学部を作れば、

偏差値低い人でも獣医になれるわけで、一つの規制緩和になるだろう。


そういう意味でまったく意味がないわけではない。


ぶっちゃけていうと、獣医は、偏差値低くてもなれてもいいのじゃないかと。

偏差値が低い医学部出身でも名医になったりする人もいる。

歯医者と同じで技術の世界なんじゃなかろうか。


下手にプライドばかり高くて俺は偏差値の高い獣医学部の出身だといって
傲慢になって人を見下すような態度を平気でとる人間を

俺は大阪府立大学で実際に見てきた。

そんな人間になるぐらいなら、加計学園獣医学部のへんなエリート意識のない
人間になるほうがましじゃなかろうか。

偏差値が低い大学出身でも、ちゃんと教員が育てる大学の出身者は、

大企業に就職できてたりするものだ。金沢工業大学などがいい例だろう。

国公立ということに胡坐をかいてまともな教育をしていない何ら社会に貢献する人間を出さない
大学だって腐るほどあるのではなかろうか。

大学に入ってから真剣に勉強する人間と、自堕落になる人間とではそののちの人生に

天と地の差が出てもおかしくない。

すべてを優性思想に似たような偏差値や競争の優勝劣敗で考えると墓穴をほることになる。


高い偏差値の大学出身者でも何の役にも立てない人が腐るほどいるのが現実の社会。

問題は教育の中身にある。中身が充実していれば、なんであってもいい。




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