空の現実

ニート革命の息吹

雌伏に甘んじる覚悟なくして何も生まれない。

2017-07-27 11:11:53 | 我が闘争
雌伏の時があるからこそ、雄飛するときがあるとおもう。

補助金とか政府支出を増やせば一時しのぎになるが、麻薬中毒と同じで、

それに頼りだすとその矛盾は結局まともな何の罪もない人に負担が回ってきてしまうだろう。

それが今の日本で言えば、消費税8%とか10%とかぼったくりにつながっているわけですよ。


加計学園の問題も同じで、依怙贔屓がそもそもおかしい。

李下に冠を正さずというが、冠を正してしまった。

何度も言うが、雌伏に甘んじる覚悟なくして何も生まれてこない。

貧乏なら貧乏なときがあってもいいのである。

大事なのは貧乏じゃないこと以外にもいくらでもあるからだ。

特定の何かにカネをじゃぶじゃぶつぎ込んでそれを他人に転嫁するというのはよろしくない。

考えてみると公務員の高給から私学助成金から、カケ問題、森友問題すべて根源は同じであろうに。

本当に必要な事業ならば、国公立大学でやればいいんですよ。

わざわざ私学助成や補助金がかかる私学にそれをやらせようとする。すると利権がうまれる。

また税負担が増える。この繰り返しです。


日銀がカネ作るから問題ない。そんなことを戦前の日本も戦時経済としてやっていたんだろう。

あの時の国債は紙くずみたいになってしまった。倒産した会社の株券みたいなもんだ。

結局ハイパーインフレになったんです。


あの頃は国家の命運をかけてやるべきことだったからしかたないといえばそうだ。

しかし、今カネがかけられているのは国家の命運でもなんでもない。

ただ特定の事業者の利権だ。公務員の利権だ。

そして裏で全部税金の亡者が手をつないでる。

やはり安倍では日本はよくならんと確信するよ。

民主党政権のときのほうがだいぶマシな面はあったとおもう。

こんなに依怙贔屓政治やってただろうか。









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