猫田ジャレの 『 天然!にゃー語 』

~ 見ネコ聞くネコ言うネコの とびきり天然な日常 ~

御嶽海写真集 第2弾でました!!

2017年04月21日 | 御嶽海、相撲


『御嶽海 2年目の躍進』 (2017年4月17日 信濃毎日新聞社:刊)




入門(2015年2月)からの1年を追った写真集第1弾 『御嶽海 入門1年』 (2016年4月15日 信濃毎日新聞社:刊) に続き

当社カメラマンが密着取材、入門2年目に当たる2016年3月場所~2017年初場所までのすべての取り組みを追って解説を加えた愛蔵版。

また、支度部屋や髪結いの様子など舞台裏の魅力にも迫ったファン必見の一冊。

髷から大銀杏へと変わり、本人もプロらしくなってきたと満足げ。




写真集発売を予告した 3月21日付 「信濃毎日新聞」



新しい写真集を手にし喜ぶ御嶽海関 4月14日付 「信濃毎日新聞」



これまでに

 十両優勝 (2015年名古屋場所)
 敢闘賞 (2016年夏場所)
 技能賞 (2017年初場所)    を獲得。   

 金星2つ (いづれも2017年初場所)   を揚げ   


人気も全国区。         


木曽谷が生んだ新進気鋭の若手であり山国の風雲児、前途期待大の御嶽海の軌跡をこの機会にぜひお買い求めください。


 お求めは 信濃毎日新聞社出版部 026-236-3377

または Amazon にて 絶賛発売中 




着流しに唐傘、関取としての貫録も十分。それでいて若く溌剌としているのがいいです。

その実力だけでなく、可愛らしい風貌、やんちゃ発言も魅力ですね。    
   





 4月14日 には 日本相撲協会春巡業 大相撲松本場所 が 松本市総合体育館で開催され、

満員御礼  地元を中心に約6000人の集まったファンを沸かせました     



4月15日 「市民タイムス」



(同上)

遠藤などの人気力士や地元出身の3力士など総勢260人もの力士が参加、地元相撲クラブや子供たちとの取り組みや稽古、禁じ手を面白おかしく披露する初切 (しょっきり) などのパフォーマンスで笑わせたり、

同世代の好敵手 正代関 に御嶽海が すくい投げ で勝利すると会場は大いに沸きかえった。



(同上)

懸賞金が53本も登ると会場からは歓声が上がるなど、終始熱気と和やかな温かい雰囲気に包まれた。



※『大相撲松本巡業』 は 御嶽海関の入門 を機にその人気にあやかろうと、平成27年(2015年)に8年ぶりに開催、以降毎年開催され、御嶽海入門からは3年連続での開催となる。









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松商・取材関連ニュース その7.(後編)

2017年04月07日 | 松商、中原監督 関連



松商関係者の皆さま、大変長らくお待たせしてしまいまして申し訳ございませんでした。    


 25年後の選手の皆さんに出逢う旅・・・


昨年2016年10月27日に H3 花岡 忠 君 (38人目) の取材をせていただき、

12月29日 (2016年の3学年忘年会のあった日) に 『松商・取材関連ニュースその6.』 をUPしてから、

ほんとに長い時間がたってしまいましたことを深くお詫びいたします。


まず、年が明けてから、2015年の忘年会には来なかったが2016年には参加した方などを中心に新たに取材を増やしました。



 明けた2017年1月14日 H5 上條 雅也 君。

H5のレギュラーメンバーの方で取材辞退された方がいらしたため、忘年会に参加はしていないけれど、どなたか近場でレギュラーだった方を、と紹介していただきました。

上條君は現在伊那市在住で、その日は朝から大雪でしたがうまく会うことができました。

当時のことを懐かしそうに話しながら、野球が自分を救ってくれた、控え選手の人が頑張ってくれたので僕らが試合に打ち込めた、
あの学年、全員で1つのチームだ、と強調していたのが印象的でした。

帰り際のひと言も忘れられません。

上條君、雪の中をわざわざお時間を作っていただきましてどうもありがとうございました。



 1月24日 H4 降旗 哲也 君で2016年参加組。

仕事でたまたま本木に会って、たまには忘年会に来いよ~、というから出たのに、あいつ来ないんですよ・笑。

久しぶりに行ったら、小沢と池本が誰だかわかんなかった。(笑)

など、まじめでとてもおとなしそうな、この人が野球をやるのかしら、と思うほどもの静かな中にもユーモアのにじみ出る降旗君。

とてもいいエピソードも聞けて、お会いできて本当によかったです。ありがとうございました。



 1月30日は、中原英孝監督 に、
この本を電子書籍化しようと思った2015年の12月、誰よりも最初に会っていただいてから1年がたち、
ウェルネス野球部も始動し、それらも含めての 2度目の取材 をさせていただきました。

今回は 『とうげの旗・スポット』 での取材にいつも同行していただいていた、とうげの旗編集長でカメラマンの 松永 ひろし さんに写真を撮っていただきました。

松永さんは3人で歓談したのちあちこち要所の写真を撮り、私より先に退室したのですが帰り際、

「監督、最後に一つだけ聞いていいですか?」 と、監督のベンチでの采配について質問し、その受け答えに感激した模様、

戻ってからのメールで
「中原監督のお人柄には感服いたしました。
たいした人ですね。」

と、一言。
あれだけの短い時間でそれを悟った松永さんにも恐れ入りましたが

私はこの日、ずっと聞けなかったあることをお聞きしたり、これまで自分が思っていた以上に監督の凄いところを感じ入ることができ

本当に本当に感服いたしました。     


中原監督は、これまでもそうでしたが、それ以上に、とてもとても スゴイ人     というのを改めて再認識しました。

それをうまく言葉にできるようにと願います。    




監督さんとのツーショット。   たぶん、本には載らないと思いますので、こちらに。



 2月5日 H4 小沢 智治 君。

彼も2016年の忘年会だけ参加組で、増やした人です。

とても面白くて、ある意味お調子者? の小沢君。

「以前にも一度会ってますよね?」 の問いに 「いや、初めてだと思いますよ~。」 と答えましたが

思い出しました 
1992年、松商学園高を尋ねたときに多分会ってます。

証拠写真となったのは、こちら。





金森写真さんのアルバムからですが、後列左右どちらからも3人目、草田アナの真上が小沢君。

何年か後にこのアルバムを見ていた時に、突然  「うわぁ、たぶんこの人、あの時のアイツだぁ~ 」 と思ったものですが、何分にも忘れていたんです、大昔のことですから。

そして、今回初めて小沢君に会った時にも思いだせなかったのだけど・・・
小沢君に会った後にまたもや偶然このアルバムを見て、これだっ  と思い出しました。
で、次に会った山口君に 「この人は誰ですかね?」 と聞いたらやっぱり小沢君だというので・・・
やっとつながったというわけです。(意味、わかりますかね? 

それにしても・・・25年前に逢った時も調子よかったですが、昨年忘年会に出たのは自分だって久しぶりだったくせに、
「自分が今年幹事なんですよ~、猫田さんも忘年会来ればいいのに。招待しますよ」 ですって。 

ねっ? お調子者でしょ  
それにしても小沢君、そのことは抜きにしても、楽しいお話を色々とありがとうございました。   

種明かしエピソードは、もしもまたお会いできたら、その時にでも。(笑)



 25年後の選手たちに出会う旅、最後の取材となりましたのは 42人目、H4の 山口 伸 君。 2016年参加組です。

彼は、H3のチームに入っていなかったのに、下級生で二人だけ10年前の本に名前入りで写真が載った2人のうちの一人 (もう一人は雨宮君) です。





証拠写真。(書籍より)


自分で会社を興し社長となっている彼は、言葉にも説得力があり、本当に生き生きとして自身に満ち溢れていました。

帰り際、ご馳走になったお礼にと仕事用にと持ち合わせていた 「野沢菜漬け」 をお土産にくれて、
待たせてあった迎えの部下の車に飛び乗り、さっそうと去ってゆきました。


控え選手の多くの方々がそうですが、

山口君、あのときの悔しさをバネにして這いあがって行った、典型的な魅力あふれる人でした。



 最後に、3月27日、金森写真館の 金森達夫さん に会っていただきました。





1991年、センバツ準優勝に始まる一年間の松商学園野球部の活躍をまとめた写真集 『夢をありがとう - 青春の軌跡 -』。(写真:金森達夫氏)

青春の 「軌跡」 のアルバムなのですが

前出の小沢君の写真もですが、
本が出る少し前、何度か通っていた松本市内のあるお店にいたスタッフさんが、どうもアルプススタンドに写っている女子生徒とよく似ているなあと思い・・・

もしや、と思ってわざわざアルバムを持って行って聞いてみると、まさしくその人であったりと、

私にとって色んな 「奇跡」 をも運んできてくれました。


そして、アルバム裏表紙となったこの写真





センバツ決勝戦に惜しくも敗れ、準優勝となり、ガックリと肩を落として行進するナインの姿に心を打たれ

元になったカラー写真を探してもらって本の表紙に使わせていただいたのがこちらです。





なので、金森さんとは本当にご縁が深いのです。

お会いするのも10年ぶり。

10年前の二度を合わせて、今回でたぶん3回くらいしかお会いしていないのですが、その熱血感に溢れて男気のあるところ、大変魅力的な方で、

今回も第三部の表紙に使わせていただくこと、
また、この写真集を含めて金森さん撮影の下の2学年の 「卒業記念アルバム」 より何枚か使わせていただくことを快く承諾してくださいました。

本当にありがとうございました。      




写真館が学校近くに建っていることもあり、何十年と生徒たちを見てきているけれど、

あの時のチームのことは今でも覚えている、礼儀から生活態度から野球に対する姿勢など、全てを含めて最高のチームでしたね、
中原監督がすごいということですよねと、

忘年会の写真をお見せしたらぜひ下さいと、昨年、一昨年と2枚とも持っていかれ、
「うわぁ~○○くん、変わっちゃったなぁー」 などと嬉しそうに眺めていらっしゃいましたが、下の学年の人たちのことも本当によく覚えていました。

松本市内なので、たまにメンバーにも会うことがあるようで、 「またみんなに会いたいなぁ」 とおっしゃっていらしたのも印象的でした。


電子書籍化するとお伝えしてからご挨拶が大変遅れてしまいましたが、金森さん、やっと今回お会いできてよかったです。





2016年の忘年会写真です。(2015年のものが表紙になり、こちらは本文中に使わせていただきます)




忘年会に差し入れた (H3幹事の青木君宅に送り、会場まで持って行ってもらったもの) お酒を、
会場ホテル勤務の雨宮君が気を使ってこんなに立派にして提供くださいました。・・・恐縮です。        


これで、当初の予定と若干変わりはしましたが、ほぼ全員の方々の取材が完了しました。

お忙しい中わざわざお時間を作っていただきまして、

また、25年も前のことを一生懸命思い出して、
中にはあまり思い出したくないこともあったかもしれないのに、みなさん色んなことをたくさん語ってくださって

本当にありがとうございました。   


あとはこれを 

どのように料理し、味をつけ、

素材が最も輝く形 で 読者の皆様に提供する こと。   

それこそが私の使命です。         


諸事情色々あったにせよ、発行がここまでズレ込んでしまったことを深くお詫びしますとともに    

夏の選手権(甲子園)大会開催予定 の 8月6日 前 までには、必ず発行  いたします。


どうか温かい目でもう少し待ってやってくださること、

そして、選手の皆さんは、スナップ写真提供や校正にご協力をよろしくお願いいたします。     

   

ネコ、がんばる      





 おまけ・・・



取材ノートは8冊になりました。




『甲子園 素戔嗚神社』 で買った 「トラのおみくじ」 も

なんと   大吉  

こりゃ、縁起がいいなぁ~~~       




おみくじは店の引きだしにそっとしまい、トラさんはPC前に飾りました。

お札は、自宅書斎に飾るつもりです。      











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『平林義男 絵画展 / 日記』 開催のお知らせ

2017年04月05日 | 平林義男アートの世界



高校時代の美術科恩師 平林義男先生 から個展のご案内が届きました。




 今回は

 2017.4.21~5.7  Gallery 忘我亭 信州茅野市 にて開催されます。


 上記他、以下の会場でも開催が決定しました 
 6.1~30   モンシェリ  (信州上諏訪)
 10.10~15  タンバリンギャラリー  (東京)


還暦を過ぎてなお衰えることのない創作意欲と、還暦を過ぎて東京進出を試みた (今回で3度目) 氏の、意欲溢れる静かな闘志を

繊細で暖かい魂の叫びと調和を、ぜひとも会場で体感してみてください  


日程、場所の合う所で、ぜひ一度のぞかれてみてはいかがでしょうか。     



 【 過去個展作品より 】

 

  

  



  




※ すべての展示作品の写真撮影、ブログへの掲載はご本人の承諾を得ております。





 平林 義男 (ひらばやし よしお)

1951年長野県諏訪市生まれ。美術専門学校を経て多摩美術大学油絵科卒。
卒業と同時に帰郷、美術教員の傍らで絵を描き続け、地元を中心に個展、グループ展などに作品を発表し続けてきた。
永年勤務した諏訪二葉高校を退職後の現在、個展やインターネットなどを通して多彩な作品世界を展開中。長野県茅野市在住。

受賞歴:上野の森美術館大賞展入選、同・自然を描く展・自由課題部門、フジテレビ賞、佳作賞、優秀賞、日本放送賞。FUKUIサムホール美術展、準大賞、優秀賞、FBC賞他。

作品収蔵:福井会館








 《 参考ブログ記事 》

当ブログ 『平林義男アートの世界カテゴリー』 をご参照ください。

◆最新記事 『平林義男作品展』 がウェブサイト上でご覧いただけます!!  2015年10月14日


その他

◆今頃、過去のニュース(^^;)ゞ・その③ 「積年の夢、ついに我が手中へ」 2014年08月14日

◆平林義男 作品展 『題名のない日記』10月9日~14日 於:茅野市民館市民ギャラリー 2013年10月12日

◆7th 平林義男 個展 in ナーサリーライム ( 下諏訪町 10/29 ) 2011年11月01日

◆「多面体展」2010年11月09日

◆『伴さんの額』~平林義男・小品展~ 2010年09月18日


など。














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大変遅くなっちゃいまシタが・・・御嶽海3月場所、9勝6敗で勝ち越し!!\(^o^)/

2017年03月31日 | 御嶽海、相撲


「市民タイムス」 3月27日付より


ツイッターの方でつぶやいていたので、つぃブログUPを忘れちゃってたのですが・・・     


大変遅くなりましたが、大相撲3月場所、K出身の力士 御嶽海は、二度目の三役 (東小結) に返り咲いた今場所、

9勝6敗勝ち越し を決めましたぁ~       


                         


しかしながら、今場所は下位力士には負けなしだったものの、横綱、大関には一度も勝てなかったこともあり、ちょっと残念でした。

これについて NHK長野の 『イブニング信州』 にて御嶽海関本人が


立ち合いからして封じ込められ、自分の考えている相撲が取れなかった。

相手も (自分を) 研究してるんじゃないですかね? 


と、落ち着いた表情まで見せる余裕が。    


場所前の、かき回したい、自分が嵐の目になる、

稀勢の里戦を前にした 「みんなが新横綱に土がつくところが見てみたいと思っているだろうから、自分がそれをやりたい」 (惨敗) などの

『やんちゃ発言』 にややハラハラするおばちゃん σ(^^; でしたが・・・ 


御嶽海は周知のとおりハーフさん。

お母様はフィリピンの人で、私の知る限りでは、暖かいお国柄を反映してか、その国の人は皆明るいです。

なので、その血を受け継いでいるのかなぁ~、

おくゆかしい? ニッポンの美学、控えめにするとか、 「横綱に胸を借りる」 などということは絶対言わないのがおもしろい。


ともすれば生意気と取られなければいいがと、やっぱり老婆心をのぞかせる “自称古い人間のおばちゃま” ですが      


今のところ実質が伴っているのと、 「やんちゃ発言」 を可愛いと取る人もいるので (まだ24歳だしね) 救いですかしらん?    


ただ、本人はいたって冷静なのが凄いところで、

その 「相撲に対するカン」 は天性のものらしいです。 (解説者の弁)


あと、上位陣も御嶽海の存在を恐れて研究し始めているなど、取り組みの解説などを聞いていても、全国的に見ても注目されてきた御嶽海関。


来場所での 関脇 昇格の可能性は低いようですが・・・

位よりも、着実に力をつけ、一歩一歩焦らず進んでいってほしいです。   


二週間、5時ころになるとテレビをつけ、家族で応援している相撲シーズンが終わるとなんだかさみしいですが・・・   


来場所は、上位陣へ白星を挙げ、二けた勝ち越し  をめざして


ガンバレ    御嶽海関       




 “御嶽海写真集” 第2弾 が出ます  



『御嶽海 2年目の躍進』 (信濃毎日新聞社編集局)4月15日発売予定 

  Amazon にて、絶賛予約中     

よろしくです~  


 写真集第1弾も 好評発売中 で~す 









 【 追記 】 

今場所は何と言っても、新横綱となった稀勢の里が無敗を続け、もしや全勝優勝?    
と期待した千秋楽3日前の 横綱日馬富士戦 で惜しくも土がついてしまっただけでなく、会場を震撼とさせた肩の負傷、   
出場も危ぶまれるところを押し切って翌日土俵に上がったものの 横綱鶴竜 に惨敗。   

千秋楽は1敗同士の 大関照ノ富士 を見事やぶって、優勝決定戦にもつれ込み、そして勝利、優勝するという
(稀勢の里は二場所連続優勝の上、新横綱での優勝は貴ノ花以来22年ぶり)


ほんとーに   カンドー的 でした          うる。          


あの、どんな時にも冷静かつ無表情を貫く稀勢の里が、優勝の儀で 「君が代」 を歌いながら堪えきれずに涙を浮かべていたのも印象的でしたね。


これぞ 相撲道を極めた王者の風格。 あるべき力士の姿。

ニッポンの美学の極み     


にわか、ファンになっちゃったかもです。         


稀勢の里、最初は 「巡業に行くのも力士の使命」 と来月の巡業に意欲を見せていたようですが (カックいー けど心配) 
その後全治1か月と診断され、巡業は休んで治療に専念するそうです・・・。   ヨカッタ。  


しっかり治して、また5月場所では元気な姿を見せてほしいですね。   

稀勢の里関、これからも応援してますので、ぜひ、頑張ってほしいです       



  

写真右:賜杯を受け取る際、肩が痛いのか思わず顔をしかめる稀勢の里



※ 以上、ネットニュースより写真に撮らせていただきました。   








 





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聖地、甲子園へ・・・松商・取材関連ニュースその7(前編)

2017年03月25日 | 松商、中原監督 関連
関西ツアー3日目の午前中、京都に立ち寄る前にまず向かったのは、前日行かれなかったここです。






25年前の1992年、始めて観戦に行った夏の甲子園

松商 対 近大付属

本にもなったH3のチームではなく、その翌年のH4チームの試合で、でした。


昨年一年間松商チームを応援してきたけれど、テレビ観戦のみで甲子園に行く機会は逃してしまったので

ぜひ一度、甲子園での試合というものを体感してみたかったから。


知り合いもなく、当時住んでいた東京から一人新幹線に乗り、初めての関西(西宮)に到着。

球場で人づてに、どうにか松商側の応援スタンドを探し当て、当時は知る選手もなく、ひっそりと一人で応援。(笑)


甲子園球場は噂通りにとても暑くて、試合は残念ながら負けてしまったけれど、

始めて見た甲子園は、大観衆と、球児たちの若さとエネルギー、それらを包み込むものすごい熱気にあふれ感動的でした。   


そのとき、試合や球場周辺の写真を確かにとったはずなのに、何故かどこを探してもなかったので・・・   

今回はその、写真を撮り直す意味合いも含めて訪れたのですが・・・


   

ガーン    

今は冬。

この壁を覆い尽くしているはずの名物 “甲子園のツタ” は、まだ “ツルだけ” でした。

オー、マイガッ       

ツタって落葉樹だったのね・・・    


せっかくなので、 「甲子園歴史資料館」 目指して歩いていきます。




かなり歩いて、やっとたどりついたかな、と思ったら・・・




ガーン・・・Part2    





『月曜は休館日』ですと。

ちょうどセンバツを控えてか球場整備にあちこち業者の人が入っていたので、その辺にいたオジサンに聞いてみると

「プロ野球自体が月曜日は休みですからね。」 とまた2オドロキの答えが。      


そーだった、そーだった。      

うかつだった。
ホテルでぐだぐだしてないで、やはり頑張って昨日来るべきだったのだ。    


それでちょっと気を取り直して、長い間疑問? だったあることを聞いてみる。

「甲子園駅の構内に神社があると聞いてきたんですけれど・・・。」

「駅の構内にはそんなのはないような気がするけど・・・球場内だったらナントカ神社ってのがありますよ。」

「球場内にあるなら、私の聞き間違いかもしれないので、たぶんそれのような気がします。   


オジサンに神社の場所を聞き、ふと見ると反対側にはこんなものが。




それは、歴代甲子園大会 (夏の選手権大会と春のセンバツ大会) の優勝校を記した碑だった。




あれはもしや・・・



ありました 

選手権大会第14回大会優勝

昭和3年 松本商(松商学園高の前身)(長野)

きゃーーーーー           


そして・・・



あまり見たくはなかったけど          



平成3年 春のセンバツ第63回大会 優勝 広陵(広島)


せっかく決勝まで上り詰め、ここに名前が刻まれなかったことが、何とも残念である。    


あのとき決勝戦で敗れたことが、その後の色んな人たちの人生を変えた。
( といっても、もう一度ここに戻ってきたのだから、どちらかというといい方に、だとは思うが )


もしも優勝していたら・・・


私はこの話を書くことはなかったかもしれない。


それがよかったのかどうかはわからないが

人生狂った? よなぁーと苦笑いをする。    





来た道を戻ると、すぐそれが目に飛び込んできた。

あれに違いない。

今にも駆け出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと歩いていく。






甲子園 素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)。     ( ※スサノオ神社というのは全国あちこちにあるらしいです。 )

厳密にいうと球場内ではなく、隣接する場所に建っている。




ドキドキしながら鳥居をくぐる。





水場のすぐ近くには 「夢」 と書かれた野球ボールがバッドで囲われた台の上に載せられている石碑が。




境内の感じ。




神社の方に、まずいわれをお聞きしてみると(ご本人撮影許可済み)、ご神体は 「古事記」 に出てくるスサノオノミコト。

ヤマタノオロチを退治し、その尾から出てきた草那芸之大刀(くさなぎのたち)を姉である天照御大神(アマテラスオオミカミ)に献上し、それが古代天皇の権威たる三種の神器の一つとなるなど

力強くて英雄としての誉れ高いことから

甲子園球場を本拠地とする阪神タイガースファンや、甲子園に憧れる高校球児たちに支持され、祈願される神社としても有名だそうだ。


26年前の1991年、春のセンバツ野球大会に悲願の出場を決め、ここ甲子園の地にやってきた信州松商学園高校。

初戦、鈴木一朗(現メジャーリーガーのイチロー)擁する愛工大名電(愛知)を破り、

二回戦を奈良の天理と戦うことになった4月1日の朝、松商OBの宮坂真一氏がホテルの中原監督が泊まっている部屋を尋ねると、
中原が 『甲子園駅構内にあるナントカいう神社』 のお札を床の間に挙げ、一心不乱に拝んでいる。

「今日、エイプリルフールに起こった出来事は嘘かもしれないが、明日の朝、“松商、天理を破る” と新聞に出るニュースは本物だよ。」

中原は天理に勝つ気でいるのだ・・・

神がかっていた。

恐ろしくなった宮坂は、そっと部屋を出た。


と私は、10年前に発行された自著書 『松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~』 の中で書いた。


その神社が本当にあるのかずっと知りたかったのだが、若干聞き間違えていたようである。

( 早く訂正しなくちゃ。  知ってた人、間違ってるっておせーてよ、もぉ~~~  )




沢山のお守りや絵馬などが売られていたが、ここは監督と同じお札を買わなくては。    

と思い、



いや、監督のはもっと高いのだったかもしれませんが・・・

お札とご朱印を。




神社のいわれを書いた紙と、甲子園のツタで作ったというお守り(中身は秘密です)

それから、おみくじを一つ買いました。 (のちに載せます)




ご神前に、やっとここまで辿りつけたお礼と、それから本の執筆成就と売れますように祈願。    



せっかくだから絵馬も書こうかなと思い、左にある 「野球塚」 に



ボール型の絵馬を買い求め、本に関するお願い事を書き、吊るしてきました。   



『松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~』 第三部を、無事書き上げることができますように・・・。

本ができるだけたくさん売れますように・・・。       



月曜日でお休みだったせいか、球場は静かで、それもまた、私にとっては感慨にふけるのに絶好の時間でした。

( 単なるマヌケ    )
 

今日この時に、ここに来れてよかった。



身の引き締まる思いで、沢山の想いを胸に秘めながら薄曇りの球場を後にしました。





 松商関連ニュースその7(後編)へ続きます・・・。      





 『松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~』(Amazon Kindle版)  は、こちらで買えます。     

( 2006年、郷土出版社刊 の書籍は好評につき完売。絶版となりました。  )


1991年、悲願の春のセンバツに乗り込んだ “松商ナイン”。
無名のダークホースが次々と強豪校をなぎ倒し、優勝まであとひとつ。

エース上田佳範を擁し、甲子園に旋風を巻き起こした「山国の風雲児たち」。
彼らの手から、なぜ、優勝は零れ落ちたのか・・・。

その年長野県じゅうを熱狂の渦に巻き込んだチームの強さと魅力を、補欠を含む全選手に徹底取材。

さらにその15年後を生きる彼らの姿を描いた第二部も必見。
「それぞれが主人公である」球児たちの光と影を追った、著者初めての渾身のドキュメンタリー。

書籍発売から10年、あの感動がついに電子書籍化されました!!

夏の甲子園で球史に残る延長16回を四日市工業と戦った劇的な幕切れの瞬間、
“あの”イチローやゴジラ松井とも戦った名場面など、秘蔵写真も満載。


野球ファンはもちろん、そうでない方にもお楽しみいただける 「人生ドラマ」 です。


まだお読みでない方は、ぜひお買い求めいただきますよう、よろしくお願いいたします。


 書籍の評価はこちら。
猫田ジャレHP 『なんとなく、イナカタル』 より、 書籍ページ


 第三部とは、 「電子書籍化」 に当たり、書籍化よりさらにその10年後を生きる選手たちの姿を

H3のみならず、続けて3年間甲子園に出場し、今でも毎年監督中原の元に集う下の2学年のチームを含めて、
丸一年をかけて総勢40人以上に取材を行った 著者渾身のドキュメンタリー第二弾 

ただ今執筆中       

乞う  ご期待ください      











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弥勒菩薩様に逢いに・・・

2017年03月23日 | お出かけ、レジャー、イベント等
 クラコンの興奮さめやらぬ、明けて3月13日、

と、ある所へまず参りまして (次の項目で書きます)


その後は京都へ。



あいにくの曇り空でしたが


京都駅前からバスに乗り、こちらへ行きました。



 太秦(うずまさ) 広隆寺。


広隆寺には、大好きな 弥勒菩薩(半跏思惟像)様 がいらっしゃるのです。



実は幼稚園の頃、
我が家に 『広隆寺の弥勒菩薩・仏頭』(石膏でできた美術の先生の制作物であったらしいが謎) が来て (※注)、私の部屋の隣にずっと飾ってあり、日夜拝んで大きくなったことから
(ちなみに偶然ではあるが幼稚園は仏教系、中学の時にはお寺主催の2泊三日の禅道会に毎年参加、中高の修学旅行で奈良、京都を尋ねて寺や仏像に夢中になったので、大学は万葉集ゼミ、その後も全くの偶然だが4年間お寺に勤務するなど、なぜか不思議と仏教とのえにしがある)

『広隆寺の弥勒菩薩』 というのは長い間の憧れ (中学の修学旅行で訪れたのは、弥勒菩薩でも中宮寺だったのでなおのこと) だったので・・・(二つ上の姉にとってもそうであったようだ)


2010年、平常遷都1300年の時、友人と奈良・京都の旅をした際、初めて長年の憧れ 『広隆寺の弥勒菩薩様』 にお会いできた時は本当に嬉しく、たいそう感激したものです。

この次お会いできるのはいつだろう・・・   

そんなことを思いながら小雨けぶる晩秋の広隆寺をあとにしたものであるが、 


特急と新幹線でkから2時間もあれば行かれるのに、京都及び奈良は自分にとって特別なので、

ふらりと立ち寄る場所ではなく、何か特別なときに、特別な思いで出かける場所であり・・・

行く機会を逃していた。


今回、人生2度目の大阪へ行くこととなり、めったに行かない関西方面に行くのだから、せっかくだからついでにどこか立ち寄ろう

まずは、2日目の昼間に、あそこだな。


3日目の帰る日には・・・

途中下車ができるなら、京都で降りよう。

自分、色々で疲れていたので癒されたい、

お寺や仏像を見てのんびりしたいな。


時間なさそうだから京都駅近くのお寺にしよう、と思って探したのだが、イマイチピンとこない。


そうだ  

ちょっと遠いけど弥勒菩薩様に逢いに行こう・・・     きらん


何かを成し遂げたとか、何か自分にとって特別なときにでなければ逢いに行ってはいけないような気がしていたけれど、

今、一番お逢いしたい仏様に、逢いたければ逢ってもいいではないか・・・


弥勒菩薩様に逢いたい     

逢って静かに向き合い、清らかな気持ちになりたい。救われたい。


という感じでした。








仁王様のいらっしゃる桜門をくぐり


講堂や太子殿を抜けて



梅の花? がほころび、

久しぶりに感じる境内の、穏やかな時間の流れに身をまかせると開放的な気分に。



弥勒菩薩様のいらっしゃる 「霊宝殿」 前は、心なしか神聖な静寂が漂います。




いよいよ、この階段を上った向こうに・・・


薄暗い殿の中には他の何体もの仏像が祭られており、弥勒菩薩様の反対側には大きな薬師如来像が三体。

はやる気持ちを抑えてそちら側から見ているうちに、もうじきお逢いできるのだと思うと感極まって涙がじわり。


そのせいか、実際お会いした時には、ゼッタイ泣いちゃうと思っていたのに涙は出ず、

ウルウルする瞳とこころで、じっと弥勒菩薩様と対話をさせていただきました。



慈愛に満ちたそのお姿を見ていると、不思議と清らかで素直な気持ちになれるのです。



何事にも代えがたい、弥勒菩薩様だけが持つ厳かで柔らかな空気。



最後にもう一度振り返って、次にお逢いできるのはいつだろうと思いながら霊宝殿を後にしました。






2010年に尋ねたときにいただいた 「ご朱印」 と、買い求めた2種類の絵葉書の中から、お気に入りの一枚を額に入れ、書斎に飾ってあります。





ちょうどパソコンのあるところの正面の本棚には、弥勒菩薩様のお顔写真、奈良・興福寺の阿修羅像お写真とミニ阿修羅像(立体)ほか、

自由の女神、鎌倉の大仏などの実像、アルフィー関連などこの数倍以上のスペースにゴチャゴチャと(笑)、尊敬するもの、好きなものが飾ってあります。


いつかここに、弥勒菩薩様の実像を飾るのが夢です。    

( どうせならちゃんとしたものがほしいので、ネットでも探しているのですが中々ないのと、あってもとても高価なので、時期をうかがっているところです。 )   


今回は、額に入れて飾ってしまったため、 「ご朱印帳」 に貼るためのご朱印をいただいて帰りました。

( 行くことがわかっていたのに、なぜに忘れるご朱印帳。直接書いてもらった方が重みが違うのに残念です。
あと、前回初めてお尋ねした時に、外の売店ではなく、弥勒菩薩様の御前に並べられて売られていたお守りを買って帰り大切にしていたのですが・・・
それを持ってきて、新しいものに買い替えてもよかったかもしれない、と後になって思いました。
残念ですが、今持っているお守りを大切にもう少しいていただくことにします。  )






帰りは京都市内を行きかう路面電車など電車を乗り継いで行ったのですが・・・




「太秦広隆寺駅」



駅のホームのすぐ向こうにお店や民家が建っている不思議な光景がありました。






駅のベンチに座っていた、イケメンの外国人と一緒の、昨日大学を卒業したばかりという可愛らしいお嬢さんに、京都に行きたいのだけれど、この電車の、こっち方面であってますか? と尋ねたところ、

「私たちもちょうど京都に行くんです。」 と、とても愛そうよく答えてくれたので・・・


お若い方に余り話しかけてもウザイおばさんと思われてもやだなぁと思い、距離を置きつつも、2回乗り換えがあって近くにいたため、時々また聞いたりしながら、結局京都まで、つかず離れず? ご一緒していただいちゃいました。

お嬢さんがお一人だったらずっとお話ししていたかもですが、私は英語がわからないし、彼は日本語がわからないようだったので、
私と彼女が話していると彼に悪いと思ったのもあり・・・。    


そういいながらも、聞くところによると、

お嬢さんは大阪生まれの大阪育ち、私が長野県から来たと告げると、長野にスキーによく行きますよ、とか、

日本に来て一年ほどの彼とはSNSを通じて知り合い、大学もそのような勉強をしていたので、卒業後は本当は旅行関係の仕事につきたかったのだが、
母が心配したので郵便局に就職する、3か月は研修がありその後どこに配属されるか、たぶん家から通える範囲だと思うがまだわからない、とのこと。

でも、本当はまだ旅行関係の仕事に未練があるのだとも。

私のような通りすがりのオバサンがあまり差し出がましいことを言うのも何なので、なんてお応えしたかはっきりとは思いだせないのだけど・・・

まずは今の仕事を頑張ってみて、でも夢を捨てずに頑張ってね、とかなんとか言ってお別れしたように思います。    


外国人の彼氏がいるくらいなので英語も堪能だし、明るく愛想もよく、好奇心旺盛で親切な人だったので、ツアコンとか通訳とか向いていそうかな、と思いました。

ほんとに、今どき珍しいくらい感じの良い子だったので、もっとお話ししていたいくらいでした。    


太秦へは 「映画村」 を見に行ってきて、今日はこれから京都で 「水族館」 に行くのだと言ってましたが・・・

若いっていいな       





夕方4時過ぎに、京都駅構内でやっとお昼。

柴漬けやちりめんじゃこ、大葉や削り節などの乗った和風の梅肉パスタでしたが・・・

思ったよりバターがきつくて(それもバターではなくマーガリンのような味)余りさっぱりしてなくて、ちょっとたんまりしたのと

なんと、大根おろしを載せてあった大葉が、おろしを外してみたら黒かった(腐っていたのだと思う)    

ので、残そうかと思ったけど、大葉は大好きなので、腐ってるものをお客に出すはずはないから、もしかしたら私が知らないだけでこれは食べれるのかしら (特に京都では) と思って食べてみたけど  

やっぱり苦かったです。(ちなみに家では絶対に食べません 


ものすごく損した気分になったのと、     
やっぱり 
「これってもしかして腐ってませんか? 私は家では黒くなった大葉は絶対食べませんけど、こちら(京都またはこの店)では食べても大丈夫なものなんでしょうか? それともこれは飾りで食べないものなんでしょうか? 私大葉大好きなので、食べたいし悪いけど替えてもらえませんか?」 と言って替えてもらうべきだったと、後で凄く後悔しました。

おまけに、
おろしを外せばわかるものなのに、腐ったものを出したということはわからない客だと甘く見られたのかしら?

それとも、あら、あの客腐った大葉食べたのね、よく食べられたわね、とあきれられてないかしら、と余計なことまで想像して、すごく悔しかったです。


最後にきてとても残念な思いをしましたが・・・   




京都、めったに行かないのと、せっかく行ったのだからと、
そして二泊もしたので悪いからと 「京土産」 もたくさん買って帰り、楽しい旅行でした。

( でも両親には、どこかへ行くと必ずデパ地下グルメのお惣菜や駅弁などを買って帰るため、夕飯になるので期待していたみたいで、お菓子よりそっちのほうがよかったかも、と、後で後悔しました。
ちなみに「赤福」は伊勢名物ですが親の大好物で京都にもあったので。 )



帰りは新幹線でたった30分で名古屋につき、ちょうど運よく5分の接続で特急しなのが来たため7時半頃にはもう店について? しまいました。

Kからたったの2時間。

京都って近いわぁ~。(とーきょよりも・・・  


ただし、早くついてしまったので(笑)、 疲れていたけど閉店まで店にいて少し仕事をしなくちゃならなかったので、
ちょっと損した気に。


( そして、エスカレーターで歩く人を通してあげるために止まって乗っている人が右側に立っていたり-信州や東京は左側に寄って立つので-、なんとなく馴染めない関西方面に、ちょっぴり東京が恋しくなった私です。 )



でも、とっても楽しい タカミークラコン & 関西の旅でしたよ~     


またいつか、必ず行きたいです。 





※ 注



幼稚園の頃に家に来た 『広隆寺・弥勒菩薩仏頭』。

なんでも美術の先生 (家は中学と高校の近所なのでどちらのかは不明) が広隆寺に行き、弥勒菩薩像に直接石膏をかけて固めて取ったものだからホンモノだ、と言ったそうですが・・・

子供心にそれはすごい  と思ったけど、
よく考えたら国宝の仏像に指一本触れられないものを石膏をかけるなんてできるわけはないので、たぶんその先生のデマ? と思われますが・・・

かなり良くできていると思います。

そしてこの仏頭は、二階にある私の部屋の隣の柱に飾られていたので、じっと見ていると厳かな気持ちになったり、何かあると拝んだりお祈りをして育ちました。

そしていつか、本物の弥勒菩薩様に逢ってみたいものだ、とずっと思っていました。

今でもそれは同じところに飾られています。


家は商売をしていて色んな人が出入りしていたのと、父が絵や飾るものが好きで、おまけに人が良く騙されるのか? あまり価値もわからず妙なものを買い込んでは二階の座敷の床の間を中心に別の部屋や中には押入れ行きのものなど、たくさん飾られていました。   

( 美術工芸品などの高価なものではなく、住んでるとこが山なのでタヌキやリス、鳥の剥製、木の切り株を磨いたもの、熊やカモシカの毛皮の敷物、知人が趣味で描いた油絵、どう見てもまがい品のような妙なもの、などです。 )    












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『INNOVATION CLASSICS 2017』 in 大阪 《 簡単なご報告のみです 》

2017年03月21日 | THE ALFEE & Takamiy



また2、大変長らくご無沙汰しちゃいまして、ネコタ近況 (お出かけ報告) 第一弾です。



 まず、3月11、12日に

西本智美 × 高見沢俊彦 『INNOVATION CLASSICS 2017』 in 大阪フェスティバルホール (2Days) 

に行ってきました。


  

大阪のフェスティバルホールは “東のサントリーホールに匹敵” するほどの音響と伝統、風格を感じさせる “西のクラシックの殿堂” だということで・・・
  
    

改築後も以前の赤絨毯は残され、エントランスや通路などの床はテラコッタのタイル張り、

おごそかでクラシカルなムードがただよっておりました。    

( 今、写真でよく見ると、柱や壁までテラコッタかも~。すごっっ。でもヒールの音が響いてちょぃ歩きづらい場所もありましたが・笑 )



音の違いは・・・

残念ながら素人の私にはあまりわからず 

( なんてったって、二日目に音響トラブルがあったとのことですが、私には全く感じられなかったくらいの 『耳オンチ』 ですからぁ~  )

  ・・・     


ただただ

タカミーの奏でるギターの、

昨年初の試みであった 『INNOVATION CLASSICS (2016)』 よりも、

また、今年の “東京2Days”(私は楽のみ参加) も素晴らしかったですが

それ以上に 進化、深化 した、

大海原に漂う、美しくて心地よい音の波と、


昨年の初クラシックコンサートでの、控えめな紺のスーツから一変  

純白のまばゆいスーツに身を包んだ、まさに 神化した タカミーのお姿に目がくらんで(笑)      




『大阪朝日新聞 2/21夕刊』 掲載分より、新聞記事を写真に撮らせていただきました。      

( 写真は2月に開催された東京公演時のものですが衣装は同じです。
写真ですと、新聞なので抑えた色遣いに見えますが、ホンモノはもっと、まさに真っ白で、しかもラメ入り?
煌びやかで照明を受けてチカチカ(笑)輝いていました。
登場した瞬間、東京でも大阪でも、ため息とも歓声ともつかぬようなどよめきの拍手が沸き起こりましたもん。      )
  


いっそう心地よく陶酔しましたことです。     きらん  


                               





会場を出ると、イルミネーションが光り、まだ春浅き川風が、感動で火照った頬に、ひんやりと心地よかったです。





今回も入場者全員に、上演プログラムとオペラグラス (大阪はゴールドロゴ)、

そしてホワイトデースペシャルとして大阪公演のみの特典 From 高見沢俊彦 “ホワイトデー・キャンディ” の 豪華  お土産つき。


これが大きなお目当ての一つだっただけに・・・
 




わおっ         


( 大粒とはいえ、たった一つ、ほんとにオマケのようについてきた “from 西本智美・バレンタインチョコ in 東京” に比べて・・・
こ、こんなに大きくて沢山入っていて、豪華だとは・・・ ご、ご予算大丈夫かしら? 老婆心。 )



演奏内容に関しまして、詳しく感想を書きたいところですが・・・

書くならちゃんと調べて徹底的に書きたいため、ちょっと今、その時間がありませんので   

期待して待っていてくださった方には誠に申し訳ないのですが、

松商執筆終わってから


必ず書きたい   と思いますので


どうぞ温かい目で気長に待ってやってくださいまし。    


いつか必ず書きたい アルフィー、タカミー関連記事、何年かたまっているのですが・・・    

必ず書き上げる所存にて   

固く、かたくお誓い申し候・・・    


女と猫に二言はないっ         
( ん ありそーなシチュエーションだにゃぁ・・・  )




※ 引き続き、「お出かけ報告第2弾」 をただ今執筆中・・・しばしのお待ちを     





 当ブログ 「イノベ・クラコンレポ」 に関しましては、 こちらもご参照 ください。


『INNOVATION CLASSICS 2017』 in 東京 に関しましては、こちらでも少し書いております。

 『INNOVATION CLASSICS 2017』 in 東京 を見に行った、簡単なご報告です。



 また、昨年、
タカミーが 初めて “純粋な” クラシック・フルオーケストラ・コンサート に挑んだ

『INNOVATION CLASSICS 2016』 に関ましては

 当ブログの、 こちらをご参照いただけますと 幸いです。      

 『西本智実×高見沢俊彦 伝統と革新の華麗なる夢の競演! 来春2/20、21 於オーチャードホール』 
 2015年12月16日  |  THE ALFEE & Takamiy カテゴリー
 ( 公演前年に発表されたコンサートのお知らせです )

※ ここから下3つは、昨年の 『INNOVATION CLASSICS』 を、実際に聞きに行った公演報告レポートとなります。

 『Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! その1』 
 2016年03月03日  |  THE ALFEE & Takamiy カテゴリー


 『Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! その2』 
 2016年03月13日  |  THE ALFEE & Takamiy カテゴリー


 『Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! ファイナル

 2016年03月20日  |  THE ALFEE & Takamiy カテゴリー


 『Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! 補足』
 2016年03月20日  |  THE ALFEE & Takamiy カテゴリー
 ( こちらは、補足資料編です )


 当時、このコンサートに本当にリキを入れて準備をして聞きに行き、     
松商の第三部へ向けての取材開始を遅らせてまで (というか、まだこの時点ではどんなアプローチで臨むか決めあぐねていたというのもあるが)、
心血を注いで書き上げた渾身のレポートだということがお分かりいただけるかと思います。  


※ まだお読みでない方は、ちょーにゃがいですが、  ぜひ覗いてみてくださいね。    


 







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いろいろ雑感・・・

2017年03月10日 | その他 色々
 

今年の 『とうげの旗文学賞』 受賞作は 北原幸男先生。

 

あさだ りん さんの初出版された本と 『信州児童文学会60周年記念誌』。

おめでとうございました。





 3月5日(日)に信州児童文学会の総会と懇親会が長野であり行ってきました。

私は昼過ぎからの懇親会 (お二方のお祝いも兼ねて) のみの参加。

1年ぶりの方、何年振りかの方など、懐かしい方々と再会して喜ぶ。


とても楽しかったのですが、今後の自分の文学の方向性とか色々考えてしまいまして・・・    


写真もブログ用に色々撮ったのですが、先日から途中まで書きつつ考えがまとまらなかったので、ご報告だけにとどまらせていただきます。

楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。   



 店もアイスの冷凍庫修理や物干し台(窓の外につけるベランダの奥行きを狭くしたようなもの)のため大工が入るなど落ち着かず、

また物干し台に介護保険が適用になると聞いていたのに、改築にはおりるが増築にはおりないとのことで適用にならなかったので、
ただでさえ頑固で施主の言うことを聞かない困った大工 (父は気に入っていっているようだが私はちょっと苦手だなぁ~) の、凝った作りの物干し台がものすごく高かたので

もともと物干し台作りに賛成ではなかった母が色んなことに腹を立てて怒っちゃって・・・   

( 私も、勝手にやられて面白くないかもしれないけど、物干しやガス台は危ないから言うのであって、
これもひとえに母に安全で便利に使ってほしい、結果良くなったと喜んでほしい一心なのに、
と、つぃ昨年の家じゅうの片づけのことも引き合いに出してしまい、ケンカになってしまい・・・ )

まぁ、色々ありちょっとおちかれ。        



 さて、明日からちょっと大阪に行ってきます。   

高見沢俊彦 × 西本智実 「INNOVATION CLASSICS 2017」 in 大阪フェスティバルホール  

を、2公演とも聴きに行っちゃぃます。   

あの感動よ再び・・・    

そして

イノベーションクラシック、大阪初上陸 

しかもフェスティバルホールというので、コンサート自体がとっても楽しみなんですが     


大阪に行くのは人生2度目。(お初は2010年、タカミーの初ソロコンで初ライブハウス体験 

ほんとは 「真田丸跡地」 など見に行ってみたかったのですが、下調べする余裕がなかったので・・・


色々考えて、
東京より近いみたいなのに慣れてないため、めったに行かない関西方面に行くので、せっかくなので足を延ばして、

あるところとあるところに寄ってきます。


自分を見つめ直すのにふさわしい場所です。   



そして、 
リフレッシュ 自分に          入れてきますんで


ご報告、楽しみに待っていてくださいね。   


では、いってきまぁ~す      









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THE ALFEE と かまやつひろしさん (GSなど)

2017年03月03日 | THE ALFEE & Takamiy
 ツイッターでも書きましたが、

アルフィーが下積み時代に、ツアーに連れて行っていただいたり、そこで前座をやらせていただいたり、大変お世話になったという、
ミュージシャンの ムッシュかまやつ (本名:釜萢 弘(かまやつ ひろし) さん が3月1日、78歳でお亡くなりになりました。




日本のGSはここからスタートしたと言われる 『フリフリ』(1965年5月10日、作詞作曲:かまやつひろし)。
( 嬉しいことに当時のままのドーナツ盤を、近年 「新品」 でゲットできました  )


事実上のスパイダース・デビューシングルで、しかも当の作詞作曲者なのに、遅刻したからとジャケ写にかまやつさんが写ってないなんて・・・

のどかな時代だったんですねぇ。     




この曲をタカミーがメタルにアレンジして、まず2015年のソロで発表演奏したんですが、

それを ザ・カンレキーズ(アルフィー) 用に再びアレンジし直して、昨年末発売になった 「カンレキーズのアルバム」 に収めました。


メタルバージョンをラジオで聞いたかまやつさんは 「ほんとに?」 「これは、ロックだね~」 ととてもうれしそうでしたが、
聞き直したところ、 下に挙げる 『ロックばん』 ではありませんでしたので、きっと 『終わらない夢』 の方だと思います。




この日の放送は録音してあったので聞きなおしてみましたが、


自分はいつまでもアマチュアであり続けたい、向こうに迎合してはダメ、そういうのは自分の中から消し去りたい、


今度のバンドね (2013年結成の、31歳のKenKen、17歳の山岸竜之介と3人でのユニット 「LIFE IS GROOVE」 のこと) 自分はこういうのが一番やりたかったんだってわかったの。 

と楽しそうだったのが、なんだか哀しかったです。


ムッシュはとてもお元気で、タカミーも楽しそうに笑い、お二人とも生き生きと、実に楽しそうに喋っていました。

( 実は放送の少し前に、かまやつさんの 「喜寿をお祝いするコンサート」 が、日時や場所も決まりチケットも発売開始していたのにもかかわらず、ご本人の体調不良により中止になったと告知されてびっくりしていたのですが、ラジオ収録はその前だったのか、告知後にこの日の放送が行われたのです。 )


大ヒットした 『我が良き友よ』 (1975年2月5日) は、かまやつさんではなく、実は吉田拓郎 (当時はよしだたくろう) さんの作詞作曲で、
しかも、この曲に歌われたバンカラ学生は、拓郎さんの大学時代の同級生がモデルだったらしいのが大人になってわかり、びっくりしたものですが

子供だった私は、かまやつさんが自分で作った、自分のことを歌った歌だと信じ込んでいました。(子供は作詞作曲者なんてあんまり気をつけて見ていないものです・笑)


『我が良き友よ』 は大ヒットして、彼の代表曲のように言われているけれど、
かまやつさんご本人としてはもしかしたら、 「あっち側の作品」 だったのかもしれません。


長く下積み時代を過ごし、 “ヒット=売れること” を一番の目標に頑張ってきたタカミー (私もですぅ~) は、
これらの発言には 「えー!?」 と驚きの (脱力笑い) 悲鳴を連発していましたが・・・

始めから売れていた かまやつさん ならではの発言ともいえるのかもしれませんね。


私は本当につい最近、タカミーを通してその活動内容や存在、音楽史的大きさを知った訳ですが・・・、


タカミーが尊敬してやまない偉大なる先輩のご逝去、

謹んで心からご冥福をお祈りいたします。


「フリフリ・メタルバージョン」
「フリフリ・カンレキーズバージョン」 


ぜひ、歌い継いでほしいです。    



 『フリフリ』 については、こちらもください。

 Takamiyソロ 『復活バケーション!』  ~ いょいょ本編 ~ その2 とにかく楽しいポンポン!&EDM!! 2015年10月09日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー

後半、 タカミーの原点 『GS-グループサウンズ-』 に出てきます。




 おまけ



こちらも、タカミーの影響で買いました。  

今回CDを探してみたけれど、ザッとみたところでは見つからなかった (必ずどこかにあるはずなのだが、整理が悪いため探し物がすぐに見つからないタチσ(^^;) ので、
ウォークマンに入れた物の写真で失礼します。

他に、タイガースやブルーインパルスのCD (ザ・リードとの抱き合わせ) を買ったり、またはGSグループの中から一曲だけのDLなどをしたり、タカミーのGSマイブーム到来の影響を少しだけ受けました。

( タカミーが好きだと言ったり、ラジオなどで口ずさんだ曲などが、どんなのか知りたくてDLしてみたものもありますが、
主には、『2015年 Takamiy ソロ』 で演奏された通りのセトリでウォークマンの 「お気に入り」 を作りたかったので、GS曲のメタルアレンジはまだCDなどになっていないため、GSの原曲でそろえたのです。 )





 アルフィーマンガ 『ドリーム・ジェネレーション・全9巻』
(吉岡つとむ著:1988年少年画報社-現在は絶版。
2004年に幻冬舎より、復刻版としてコミック5巻+メンバーと著者の座談会や撮りおろしフォト、漫画の番外編などを加えた別巻1冊付の 『ドリームジェネレーション 〜ジ・アルフィー物語〜 Complete Box』 も発売された。もちろん入手。) には、

かまやつさんのバックバンド時代のエピソードも。

(  “ドリジェネ” については 「ドリーム・ジェネレーション」 2009年10月26日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー もご参照ください。 )






京都 「まくら投げ事件」 や   




沖縄 「いっぱい食わされちゃった事件」        などのことが面白おかしく書かれています。    


売れてはなかったけれど、そして、お金もあんまりなかったけれど、
大好きな音楽が大好きな仲間たちとやれて、まだ学生時代の延長のような気分で (ん?いまでもか・笑) 先輩たちに可愛がられ、イジられ、
みんなで旅に出て、仕事が終わるとホテルで毎晩のように一杯 (いっぱい=沢山?) 飲んで・・・             

アルフィーが、若く楽しかった時代・・・   


このころのことを読みだしたら、もー止まらないほど (なので普段は「禁断の書」にしている) ある意味、一番いい時代だったのかもしれません。 
(端から見て、個人的に・笑)



改めまして、今一度アルフィーの良き “アニキ的存在” だった かまやつひろしさん のご冥福を心よりお祈りいたします。


























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ネコタ近況など (Twitter関連も多少含みます) ・・・

2017年03月02日 | 猫・犬


仲がいい時はハートマークなのに・・・



さて、 『松商関連取材報告・その7』 へ行く前に、少しばかり近況なぞを。



 店 (実家) が今、色々大変? です・・・    

 アイスのストッカー (冷凍庫) が故障しました。      
原因を特定するのに、ここを直してみた  ダメ  では、こっちかも  ダメ  ではここ? と、もう何度も修理に来たんですがちっとも治りません。   

もう、いい加減イライラ・・・どうしましょう。      
(やっとわかった場所の修理代、どえりぁ高いんですけど    )  


 店のシャッターは10年以上前に 「電動」 にしましたが、隣の倉庫のシャッターは 「手動」 でした。

何十年とたち錆びて重くなり、年も取ってきたから、上げるのに大変難儀になってきたので、ついにそちらも電動に。

お金はかかってしまったけれど、リモコンでウィ~ンて    

便利さ、快適さには代えられません         (こちらはいい方の出来事 


 裏の廊下の外に、物干しスペースを作ることになり、母の介護保険適用になるというので、
その申請のため保健センターの人が来たり、お大工さんが来たり・・・    明日、申請に行きます。

でも、せっかくチビをつなぐことをきっかけに直した店の裏庭の石油タンクをまた移動することになり・・・   

エーン、その時にわかっていればなぁ~。   

でも、結果場所を移したらそっちの方が快適になりました。    またいつか完全完成したら写真載せるかもです。

明日あたりから、お大工さ (○○さ=○○さんを意味する松本地方の方言) が入るので、また、落ち着かないよぉ~。     


 そうそう、確定申告も締切もうじきですが、商工会の方にお任せしてるので、そちらへは母と私とで書いた必要書類をおあづけしましたが

色々不備な点も発覚したりして・・・果たして、大丈夫かな。       
   


色々修理とかそういうのは、一度に来るものなのです。

一昨年から昨年にかけては、居住20数年たった自宅の電化製品が、ほんとに次々と、よくもまぁこんなにと思うほど色々故障しまくりでしたからねぇ。   


お金がかかるし(まあ、店の経費のと親の家のとで私が直接払うわけではありませんが)、

色々と落ち着かないよぉ~。・・・とほ。   



 父が腰痛対策に、ベッドのマットが柔らかすぎると言って、畳やさんに特注の本畳を作ってもらって置き替えました。

で、使わなくなったベッドマットを私がもらうことに。





いつぞやの、ミッキーのフリルカバーをつけて、

「お姫様ベッド」 に      
( 上に布団を敷くタイプではなく、ベッドマットの “本物の” ベッドに寝れるのは生れてはじめて  ウレシイ )

父が柔らかすぎると言って変えたマットなので、実際寝てみるまではちょっと不安でしたが・・・、
自分にはマットは硬めの気がして、朝起きたときの全身筋肉痛は和らぐわ、ベッドのスプリングを使って反動で起きやすいわ、で快適でした    

いいもらい物をしました。     

( 以前にも書きましたが、枕は飾りとベッドボード代わり、クッション用に置いてあるだけで、
首にしわを作りたくないため、普段でもたまの出先ホテルとかでも自分では絶対に使用しません。 ) 








 諸事情で行かれなかったため、約一か月ぶりのバレエレッスン。
自分がいつも一番乗りなので・・・こっそりお稽古場を撮ってみました。 (本邦初公開 

できなかったり、昔よりも体が異様に硬くなってしまったりで、ナキー  いつも落ち込みますが、   

レッスンでは日ごろのしがらみとか自分を忘れて・・・
美しくゆったりとしたピアノ曲に乗って、優雅で晴れ晴れとした気分に。    




ストレッチはなるべく毎日、お風呂上がりに素足で (足裏、足首、甲のストレッチもするため) してますが、
たまに疲れるとご飯を食べてから寝る前になったり・・・そんな時は面倒なので靴下を履いたまま。

これは何年か前のクリスマスグッズ、アルフィーテディー・ソックスです。 寒い日に二重履きして重宝します。    

このようにアンドゥオールしてないのですが、特に左がカマ足になりがち。      

これを開く訓練もしているため、余計に筋肉痛が増すのです。

他に、日常生活の工夫としては、
洗い物や、レジ待ちなどの時はなるべく足を一番にする、料理の炒めものの時にルルヴェで立つ、など。 

 アンドゥオールや脚を鍛えるというバレエの訓練だけでなく、体を引き上げるため、お腹、ウエスト、お尻、太腿にも利くため、ダイエット効果もあるのでは? と期待しているのだが、
疲れていると忘れたりやる気が失せるため、あまり期待できないかも。    


 こちらもご参照ください。  
 「大人女子のカラダ改造計画・その1・・・なぜか再びバレエ(^^;)」 014年03月21日 | バレエ、ダンス(公演、レッスン他) カテゴリー
 「大人女子のカラダ改造計画・・・バレエの補足」 2014年03月23日 | バレエ、ダンス(公演、レッスン他) カテゴリー

  
 自分、お料理やパン、お菓子などが好き (食べるのも作るのも) なので、そういうのが得意な方のツイッター (カフェやレストランやってらっしゃる方もいます) もよくチェックし、
手づくりではなくても、皆さん、お店で食べた物とかをツイッターによく上げてくださっているので、そういうのを見るのは楽しく、

また、食べ物ネタはウケると知ったため

自分でもお料理の写真をUPしようと思い撮ってはみるものの、
自分、人と生活サイクルが違うため、UPをためらっていると載せそびれます。   

皆さんの様に上手でも豪華でもないし。    
( 皆さんねぇ、得意でUPするだけあってプロ顔負けですよ   )


しかも、なにかに集中していると、つぶやくことすら忘れ・・・    


140文字に文章を収め言いたいことを上手に伝えようとするのは、常日頃から文章が、長い、脱線する、などの悪癖があるため、
そんな自分にとっては、とてもいい勉強になるのですが、果たして、自分にツイッターの形態って向いているのか? と思う時もある。


そんなに大げさに考えずとも、もっと気軽に呟くものとそうでないものを分ければいいのかなぁ・笑。

目標? は、一日一ツイートだったのだけどなぁ~。   




マーボナス(ピーマンなくて水菜の茎の部分を代用)、水菜の葉の方と厚揚げの卵とじ。



アボカドとエビのサラダ



ホタテとチンゲンサイ炒め



フツーのきんぴら



これなんてスゴイよ、究極のちょー手抜き料理

油揚げを焼いて刻みねぎをのせただけのもの (お醤油をかけていただきます) と、タタキきゅうりのたれと胡麻で和えただけのきゅうり。

料理と言えるのか。     
 





 以前ツイッターでもつぶやいたが、昨年12月にとても寒い夜があり、チビを玄関につないで寝かせるようになったことから、

たぶんソラシロが焼きもちを焼いてるんだと思うけど、チビとはまだ警戒しあっているためケンカはしないのだが、

ソラとシロが、たぶんおとーさんやおかーさんを取り合って、可愛がってもらいたいばかりに二人でケンカしあい、

ソラの方が体が小さいため、よくシロがソラチの座ってる場所を追い出したりケンカを吹っ掛けたりして
結局二匹がケンカすると負けるのはソラチの方なので・・・

いじけたソラチが腹いせ (抵抗) のためか、もしくはマーキングなのか・・・

ペットシート以外のところ (カーペットやソファーに敷くバスタオル、クッションや夫の布団にまで ) にもおしっこしちゃって・・・




ご覧のように、リビングのソファー、ペットシート敷きまくってるんですが (ソファーのヘリも爪とぎでボロボロ 
写真はシロチ。

敷いてないところでやってくれちゃうのが困りもの。           


ソラチは何年か前に尿道結石になり、九死に一生を経て奇跡的に回復、退院後に何故かネコ砂のトイレではおしっこをしなくなり、ネコなのに室内犬用のペットシートにおしっこをするようになってしまったのですが・・・

シロの方はペットシートではしないため、お互い毎日ちゃんとおしっこが出ているかの確認になるため、それもいっかぁー、と思っていましたが

( 二人ともうんちはネコ砂トイレでしてくれるので助かります。
あと、ソラチは一生、病院指定の 「尿道結石を防ぐエサ」 しか食べられなくなりましたが、それさえ食べていれば尿道結石にはならないので安心、
ついでに肥満と消化不良を改善するため、シロチまでもが指定のエサしか食べられなくなって、すごい高いネコになっちゃいましたが・・・

ま、それだけ与えてればいいし、病院と契約しているペットフードのサイトで注文すれば翌朝には自宅に届けてくれるので、買いに行く手間もなく、らくちん。
TVで見るような 「おやつ」 をあげる楽しみがなくて残念ではありますが・・・  )
 

ところが  最近では、ナゼカ  たまにシロチもペットシートでしてるのを見たことがあり・・・    

ペットシートも端っこの方にちょろっとしてあったり、端っこにした場合つなぎ目の2枚になっちゃったり、

とにかく    ペットシートはとどんどん消費するし、ゴミはどんどんたまるし・・・


これまでも、それぞれ病気持ちなので、指定の餌以外のもの、お互いのエサを食べてはいけないため、
餌を出せばリビングにずっといて見張っていて、餌を離れたら即座にハチを下げて冷蔵庫にしまう、などの苦労があったのだが

最近では、この汚れたペットシートの回収、おしっこがはみ出ていた場合は、仕方ないから泣く泣く雑巾で何度か拭いた後に除菌ペーパーで拭く、などの手間が増え、

   

ソラシロかーさん、 もぉ、ぐったり・・・     


雑巾で拭けばすむソファーの上ならまだしも、お布団やカーペット、クッションなどにされたひにゃぁ、洗濯も大変だし・・・     


ここ数日間は洗濯機が回りっぱなし、干す所がないほどの洗濯もの、おしっこの臭いがいつまでも鼻についているようで・・・


もー、 おしっこノイローゼ になりそう    


以前はリビングのソファーに、冬は大好きなムートンを敷きっぱなしにし、クッションにお気に入りのカバーをかけて色々置いてくつろぎのスペースにしていたのに、二度とそんなことはできなくなりましたし、

洗面所の流しにウンチをするようになっちゃったため、流し (洗面台の洗面ボウルのこと) の中にまでネコ砂トイレを入れているので、使うたびにどかすのがメンドーで、私はもう、その洗面台を使わなくなり台所の流しで歯磨きや洗顔をしてるのだ。
せっかくシャンプーもできる大きめのボウルのついた、三面鏡のお気に入りの洗面台なのに・・・     

このように、ソラシロのせいで、色々と残念なおうちになっている。エーン。
( その辺が白い抜け毛だらけで黒っぽい服が大変なことになったり、知らずに靴下とかついてるとチクチクするし、爪とぎで柱もボロボロだし。 )





ソラチはシロにいじめられないよう、シロが寝静まっていたり、いない時に甘えてきます。

  

あとは、シロチには絶対に登れない冷蔵庫の上に置いたBOXの上に登り、くぐもった声でおねだりするので、何と私は脚立に上って撫でてやっているのだ、届かないから。  






キッチンカウンターの上で、撫ででくださいポーズをして、もだえ悦ぶ(笑)


こんなに苦労させられているのに・・・

かわいいから許す。


すべて、許す。


親ばか。        








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