※2009.9/6 産経新聞より抜粋※
俳優:故渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」のロケが行われた
オーストリア・ウィーンで今月末、ドナウ川のほとりに
「寅さん公園」がお目見えする。
作品公開20周年を記念し寅さんの故郷、東京都葛飾区と姉妹都市提携を結ぶ
ウィーンのフロリズドルフ区が整備を進めている。
同区は約3千平方メートル緑地を「寅さん公園」と名付け
28日の命名式には寅さんのレリーフ付き案内板を設置。
公園内には日本庭園も整備する。
区内では映画ポスターや葛飾区の風景の写真展示も予定している。
ロケは1980年代半ばに親日家で知られたウィーン市長(故人)が
飛行機内で『男はつらいよ』を偶然目にして熱心なファンとなり誘致。
シリーズ初の本格的海外ロケが実現し
「男はつらいよ・寅次郎心の旅路」('89年公開)が完成した。
'87年に葛飾区とフロリズドルフ区が姉妹都市となったのも、この市長の仲介。
ドナウ川のほとりの同区はウィーン北東部に位置し、
葛飾区も東京都内で同じく北東部に位置。
荒川や江戸川が流れるなど地理的にも似ていることが縁だった。
ロリズドルフ区のレーナー区長は
「公開から20年がたち、日本との友好の印を示したかった」と話している。
【追伸】
この時のマドンナは竹下景子さんで41作目の作品です
初めて「寅さん」が海外に行く回なのですが残念ながら、私はまだ未鑑賞です
その時を思い出して竹下景子さんが松竹HPの「男はつらいよ」に下記のコメントをされていました。
寒かったんですよ!ウィーンは。
6月だったんですけれど、その季節にしては寒くて。
私たちは当然夏の衣裳しか着られないわけですけど、現地のスタッフは皮ジャンで仕事してたりして(笑)
でも「さすがにウィーンだな」と思ったのは、
山田監督さんはエキストラの使い方がとてもお上手で、たまたま居合わせたお巡りさんに「映画の撮影だから協力してもらえないか」と切り出したら、モノ凄く喜んで参加してくださるんですね。で、私たちがお芝居している後ろで、そのお巡りさんが芝居で池にボチャンと落っこったりするんですけど、それをとても上手にやってくださったりとか。
芸術というものに理解があって、撮影にも積極的に協力してもらえるのは凄く有り難かったですね。映画に限らず音楽とか舞台をみなさん大切にしてくださってるんだなあ、と感じましたね。
ひとつ可笑しかったのは、シェーンブルン宮殿で撮影があった時に、
私は少し早く終わったのでひと足先にロケバスに戻っていたのですけど、
山田監督さんが「いやぁ、参った参った」と言いながらバスに乗ってこられたんです。「どうしたんですか監督?」と聞いたら、アメリカ人の若い娘さんにサインを頼まれたそうなんです。
監督さんはいつもどおり「山田洋次」って漢字で書かれたんだと思うんですけど、そうしたら、そのお嬢さんが「サンキュー・ベリーマッチ、ミスターオザワ!」って(笑)
山田監督さんは「いやぁ、よく似てるとは言われるんですよ」って苦笑いされてました(笑)
さすが音楽の都だから、指揮者の小澤征爾さんがそこにいらしても不思議ではないんでしょうけど。
きっと小澤征爾さんも世界のどこかで
「サンキュー、ミスター・ヤマダ!」って言われてるのかもしれませんね(笑)
俳優:故渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」のロケが行われた
オーストリア・ウィーンで今月末、ドナウ川のほとりに
「寅さん公園」がお目見えする。
作品公開20周年を記念し寅さんの故郷、東京都葛飾区と姉妹都市提携を結ぶ
ウィーンのフロリズドルフ区が整備を進めている。
同区は約3千平方メートル緑地を「寅さん公園」と名付け
28日の命名式には寅さんのレリーフ付き案内板を設置。
公園内には日本庭園も整備する。
区内では映画ポスターや葛飾区の風景の写真展示も予定している。
ロケは1980年代半ばに親日家で知られたウィーン市長(故人)が
飛行機内で『男はつらいよ』を偶然目にして熱心なファンとなり誘致。
シリーズ初の本格的海外ロケが実現し
「男はつらいよ・寅次郎心の旅路」('89年公開)が完成した。
'87年に葛飾区とフロリズドルフ区が姉妹都市となったのも、この市長の仲介。
ドナウ川のほとりの同区はウィーン北東部に位置し、
葛飾区も東京都内で同じく北東部に位置。
荒川や江戸川が流れるなど地理的にも似ていることが縁だった。
ロリズドルフ区のレーナー区長は
「公開から20年がたち、日本との友好の印を示したかった」と話している。
【追伸】
この時のマドンナは竹下景子さんで41作目の作品です
初めて「寅さん」が海外に行く回なのですが残念ながら、私はまだ未鑑賞です
その時を思い出して竹下景子さんが松竹HPの「男はつらいよ」に下記のコメントをされていました。
寒かったんですよ!ウィーンは。
6月だったんですけれど、その季節にしては寒くて。
私たちは当然夏の衣裳しか着られないわけですけど、現地のスタッフは皮ジャンで仕事してたりして(笑)
でも「さすがにウィーンだな」と思ったのは、
山田監督さんはエキストラの使い方がとてもお上手で、たまたま居合わせたお巡りさんに「映画の撮影だから協力してもらえないか」と切り出したら、モノ凄く喜んで参加してくださるんですね。で、私たちがお芝居している後ろで、そのお巡りさんが芝居で池にボチャンと落っこったりするんですけど、それをとても上手にやってくださったりとか。
芸術というものに理解があって、撮影にも積極的に協力してもらえるのは凄く有り難かったですね。映画に限らず音楽とか舞台をみなさん大切にしてくださってるんだなあ、と感じましたね。
ひとつ可笑しかったのは、シェーンブルン宮殿で撮影があった時に、
私は少し早く終わったのでひと足先にロケバスに戻っていたのですけど、
山田監督さんが「いやぁ、参った参った」と言いながらバスに乗ってこられたんです。「どうしたんですか監督?」と聞いたら、アメリカ人の若い娘さんにサインを頼まれたそうなんです。
監督さんはいつもどおり「山田洋次」って漢字で書かれたんだと思うんですけど、そうしたら、そのお嬢さんが「サンキュー・ベリーマッチ、ミスターオザワ!」って(笑)
山田監督さんは「いやぁ、よく似てるとは言われるんですよ」って苦笑いされてました(笑)
さすが音楽の都だから、指揮者の小澤征爾さんがそこにいらしても不思議ではないんでしょうけど。
きっと小澤征爾さんも世界のどこかで
「サンキュー、ミスター・ヤマダ!」って言われてるのかもしれませんね(笑)









