いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

真夏の夢でもない話。 it's not the dreaming story in a hot summer , too

2017-08-05 20:20:25 | 日記
 (1)今年もお盆の季節がやってきた。この期間はJR東海では前年に比べて11%増の予約状況で国内移動が増えて、高速道路も渋滞ピーク予想も出されてただでも暑い夏をますます暑くしている。夏のボーナスも抑え気味で国内旅行に切り替えた人も多いのではないのか。

 (2)お盆も人出が集中して毎年、毎年混雑、渋滞がくり返される。正月もそうだがお盆もたまには年2回ぐらいは日本全部休んでゆっくり原始的な生活でもしたらどうかと思う。最低生活に必要な条件を残して、鉄道も高速道路もTVも新聞もデパートもみんな休んでひっそりとゆったりと過ごすのもいいではないか。

 (3)さすがに電気も使えないではちょっと困るけれど、政府以外に流通、経済、サービス、販売きっちりと休んで、移動もせずに歩ける範囲内で暮らしてみるのもいいだろう。もちろん自動車の使用も原則禁止して、GSも休みで移動は歩くだけの原始的な生活だ。

 (4)大学はすでに単位認定の最大年間授業時間確保のために正月早々から年末遅くまで授業を実施しているが、初等教育(小学校)でも自治体によっては夏休みを短縮して授業時間を余裕のある教育カリキュラムを実施するところが出てきている。

 夏休みは冷房設備のない小、中、高校が暑い夏は授業不適だとして(順番が逆かもしれないが)休みを取っているものだから、その暑い夏の期間中に授業を実施するのも(冷房設備もなく)どうかとも思うが、一部暑い夏の期間授業するだけに冷房設備を整備するというのも費用対効果が悪く考えものだ。

 (5)夏休みを利用して非日常的な自然とたわむれ、あたらしい体験、知識と遭遇することも成長には大切だ。
 子どもの休みをこれまでの休日とは別にして他の期間にまとめて移して人出、混雑、渋滞を緩和しようという政府の考えが出されているが、共働き社会からは親がそれに対応できないという苦情も聞かれる。

 (6)法律で定めた休日についてはできるだけまとめて連続で休みがとれるような考え方、制度に変わってきているが、冒頭のように休みの中身についてもちょっと冒険がでてきてもいいのではないのか。

 現代社会の中で歴史、伝統、法律、習慣の休みの概念について、特に社会があわただしく、忙しく、混雑して時間に負われて過ごすことから解放されて渋滞のない時間が止まる原始的な生活を過ごすことの休みの本質を考えることも必要だ。

 (7)多様な社会観、グローバル社会の中で働き方も多様、多岐になっているのに正月、お盆の季節定例休みに関してはなぜか集中して混雑、渋滞を引き起こしているのは、休みが歴史、伝統、法律に縛られて自発的、自主的な概念ではないことからくるものだ。

 働き方改革は休みの概念の本質も考える必要がある。

 
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