いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

国民が政治を監視する日。 the day when the nation superintends the politics

2017-06-16 19:50:15 | 日記
 (1)民主党(当時)政権の決めれない政治の反動で何でもかんでもメチャクチャに決める政治が安倍政権のおごりだ。政治は為政者が自らの理念、信念、思想信条を実行し実現して国を統治する気概を示すものだから、何が何でも実現することに最大の努力をしてこだわるものだ。

 せっかく国の統治の最高権力、機構を握りながら他人の意見、考えに左右され支配され、影響されて自らの理念、信念、思想信条を実現できなければ意味はない。

 (2)09年の民主党(当時)政権は高い理想、思想、政策を掲げながら、ほとんどが実現されることなく結局は自己否定による政権崩壊で3年半で失敗した。当時の総選挙でまさかこれまで長期政権の自民党に勝利することは考えてはいなかったわけでもないのだろうが、一方で思わぬ勝利でもあったのだろう。

 国民の圧倒的支持を集めた高まいな革新的政策も財源問題の裏付け、準備もなく、最も象徴的なのは当時の鳩山代表が総選挙で沖縄米軍普天間飛行場の国外少なくとも県外移設主張は、実現プロセスもなく党内でのコンセンサスもなく鳩山代表個人の考えを選挙で述べただけの空虚なものだったが、沖縄県はじめ自民党長期政権のひずみ、ゆがみに不満のたまった国民には斬新な革新的主張として迎えられた。

 (3)その後の経緯については、どの政策も理念は高まいでも自信のない恐る恐るの政策推進で方針が揺らいで自ら混乱を招いて、政権破たんを招いた。
 ここで民主党政権、政策が国民の圧倒的な支持を集めながら、党内対立で実行、実現できずに、圧倒的な支持の国民とともに論じ、考え、思想することができなかったことだ。

 民主主義の基本理念である国民主権を忘れて、その国民とともに政治を行うことができなかった弊害、失敗だった。

 (4)自民党長期政権とは一線を画して国民主権のもとに国民とともに論じ、考え、思想することで、まったくあたらしい革新的政権、政治像を示すべきであった。
 安倍首相の自らの理念、信条、思想にもとづいて何が何でも決める政治は政治哲学としては当然のことだが、国民思想、理念が一致して一体となったものであれば問題はないが、何が何でも決める法律が国民を監視して捜査の対象となり自由、人権、権利を制約するものとなれば、何のための政治なのかわからない。

 (5)国民主権に反し、民主主義崩壊を意味するものとなり、独裁政治の到来だ。特定秘密保護法でも書いたが、現在の国民意思を反映した数(議員)の力で政府与党は何でも決めれるが、決めたあとそれを実施する段階で国民が監視する日(the day when the nation superintends the politics)がくる。

 共謀罪改正法でも国民は監視されるばかりではない。国民主権が沈黙することはない。
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