いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
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安保法制と水爆実験。 a security legislation and an H-bomb test

2016-01-12 19:57:18 | 日記
 (1)安保法制(a security legislation)で大変な誤解があるのは、趣旨、戦略の必要性以上に憲法解釈のかかわりだ。
 いうなら安保法制の趣旨、戦略の必要性が深く建設的に論議される以前に憲法第9条規定との整合性について、内閣の「憲法解釈の変更」ごときで集団的自衛権の行使容認を閣議決定で決めた入口論の深い論議がなおざりにされたことだ。

 (2)仮に安保法制が日本の安全、国防、防衛のために必要だというなら、憲法第9条をそれに見合うように改憲(constitutional revision)して臨めばいいこと、済むことである。
 そうなれば国民がそして憲法学者も安保法制の存立自体は認めて、本格的な目的、戦略、方法論について深い論議ができるというものだ。そのどれもこれもが中途半端であいまいなまま同法案が強行成立されたところに悲劇がある。

 (3)安倍政権は新年になっての警戒もない中の北朝鮮の水爆実験強行の発表を受けて、違憲問題とは切り離された格好で安保法制の必要性について自信を深めているのではないのか。

 4日招集された通常国会でも衆参全会一致で北朝鮮への批難決議が採択されて、安保法制の廃止を訴える野党一部からも北朝鮮脅威論から「安保反対一色では参院選を戦えない」(報道)との声まで聞かれて、国会対応にまで波及する様相だ。
 パラドックス(paradox)として安倍政権としては国民の反対、多くの憲法学者が違憲と主張する中で安保法制を強行成立させたことが、方法論として今では悔やまれるのではないのか。

 (4)仮に北朝鮮の警戒のない中での水爆実験強行発表が脅威として安保法制も日本の安全、国防、防衛に必要だとの意見が大勢を占めることになるとしても、入口論としての違憲問題が立ちはだかるからだ。

 どんなに有効で効果的な理念、政策であっても憲法違反であればまず憲法を改正することが何より優先され必要だ。それを象徴しているのが明治施行百年を経過して現在社会に適合しない民法が今も適用されていることだ。
 さすがに商行為法中心に民法の抜本的改正が検討されているが、それまでは原則として不都合社会が続くことになる。

 (5)北朝鮮の水爆実験発表に対してさっそく米軍はグアム基地から核弾頭を搭載できるB52戦略爆撃機を朝鮮半島上空に派遣して、警戒と北朝鮮への威圧に乗り出した。
 安保法制の施行は3月になるので日本はこれに協力、参加はしないが、前述のグアム基地からの米軍の軍事対応で一定の抑止効果は考えられる。
 韓国基地があるから補給体制も問題はなく、日本の出番は考えられない。

 (6)安倍首相は日本の出番のないこと、疎外感が不安、心配なのだろうが、それが日本の平和憲法の意味と意義だ。
 それ以上のことが日米韓軍事協力体制で必要だと考えるなら、憲法改正の入口論に立ち返ることになるだけだ。

 国民も国会も警戒もなく北朝鮮が水爆実験を強行したと発表したことが脅威だとプロパガンダ(propaganda)されることに振り回されてはならない。
 唯一の戦争被爆国としての平和に対する日本の理念、立場、主張はあるのだから、米軍がグアム基地から前面に出て警戒、威圧対応する中で、安保法制の影響を深く考えることが必要だ。
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