いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
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保育所不足とあてのない避難者住居。 a nursery school and a refugee

2016-03-26 20:18:35 | 日記
 (1)保育所不足(a shortage of a nursery school)が子どもが選考から落とされた母親の批判ブログが話題になって途端に国会で問題にされて取り上げられて、安倍首相が改善に向けて対策を表明させられた。

 これ自体はかねてから待機児童過多問題として女性の社会進出の障害となっていたものだけに、政府の対応は遅過ぎて当然のことではあるが、どうして女性が輝く社会、1億総活躍社会を成長戦略の重要政策として目指す政府が戦略的に対策、対応してこなかったのか、批判ブログが話題になっての突如の安倍首相の対策表明ではあまりにも政治が軽すぎるし貧困(indigence)だ。

 (2)政治、政策の戦略とはそういうものではない。国民の声を真摯に聞く政治は基本で大切ではあるが、日々、あちこちから湧き上がる声に次から次と耳を傾けてこれもやります、あれもやりますで国の政治が成りゆくはずもないが、安倍政治の現実はそういう主体性、計画性も戦略も薄い理念の「軽い」ものであるということだ。

 (3)福島第一原発事故による自主避難者の住宅の無償提供が17年3月末で打ち切られて、その70%がその後の生活の「住居」のあてもない(nowhere habitation of a refugee)ことが調査(報道)でわかった。

 震災事故から5年が経過して、これまで国が全面支援してきた避難者の財政的支援、援助がこれからは自治体の負担も増やしていく政府方針が示されている。

 (4)いつまで国が全面的に被災者の財政、生活支援、援助を続けるのかはむずかしい判断であり、被災者自身の責任で自立し、立ち上げることを期待されるものではあるが、それにはそうなる環境整備が大前提となる。

 将来の生活設計が見えて、それに向かって意欲、気力、希望を持つことができる被災地、生活環境を政府はつくってきたのか大いに疑問だ。震災被害から5年が経過してもまだ全国に十万人単位の生活避難者が残り、政府は被災地での総合的な生活環境整備もしないまま除染値だけで帰宅困難地域の指定解除を急いでいるのが、それだけでは帰るに帰れないものだ。

 (5)自主避難者の70%が「みなし仮設住宅」(民間アパートなど)での無償提供が打ち切られることによってその後の住居のあてもない現状で、被災地の医・食・住・交・郵など総合的な生活環境、インフラ整備、町づくりが整備されなければ、とても将来を見据えた生活などに戻れる、自立することなどできない。

 冒頭例のように自主避難者が社会に訴えてでもしなければ政府が取り上げて動かないのか、これは直接的な被災地、被害者支援の政府、政治責任の問題で情けない政治の軽さ、貧困だ。

 (6)今の政治課題で保育所の不足と福島など被災地の自主避難者の住居のあてのない現状を比較したら、政府、政治の責任としてどちらに政策、対策優先権があるのか国、政治はよく考える必要がある。

 政治は話題性に流されて場当たり的に動くものでは途方もない非効率、非効果性をもたらして、結果として国民、投資(税負担)全体の利益を抑圧することになるだけだ。
 
 (7)安倍政治は、実体のない株価操作、動向を景気、経済の目安、基準として国民の関心を集め、実体のともなわない見栄え政治にこだわってきたあらわれが、保育所不足と自主避難者住居のあてのない問題の政治、政策対比の対応格差となってあらわれている。
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