妙齢乙女の純情つれづれ

妙齢って本当は若いお嬢さん。身も心も乙女☆で純情一直線な…でも微妙なお年頃のアタクシが“恋愛・結婚”について思うコト。

求めよ、さらば与えられん?!

2011-02-22 17:53:01 | 日記
かくかく、しかじかの理由で、ここのところお見合い市場から撤退していたアタクシなわけですが。
今年の目標「年下ダァリンと電撃結婚」と掲げてから(声には出してませんが)、不思議なことに突然、紹介だのなんだの、縁談めいたものがチラホラ、と来だした。
そして、縁談だけに、やはり年下はないのだけど。
いままでのアタシならイチもニもなくパスなのだけど。
年下、と照準を絞った今なのだからこそ、やはりパスすべきなのかもしれないけれど。
なんとなく、結婚する、しない、ではなく出会いに積極的になろう、と潜在意識の中で自分を鼓舞しているようで・・・ひとつやふたつは、会ってみてもよいかな、と思ったりもする。
最後の縁談狂い咲きかな、とかも思ったりするし、ね(笑)。。。
まぁ、ぶっちゃけ、いわゆる『お見合い』には期待していない。
いままでの経験則もあるし。

そもそも、電撃結婚、と銘打ってはいるものの。
私は結婚というものに憧れてなんか、いない。
ごくごく最近までは、運命の王子様に出会ったらするものが結婚であって、それ以外の結婚は不幸の一番地一丁目だ、というひどく偏った認識までもっていた。
運命の王子様と結婚できた暁にだけ、幸せな結婚生活はもたらされるのだ、と。
長年培ってきたこのイメージは一朝一夕では塗り替えられやしない。
だけど、長年このイメージをたよりに王子様を探してきたつもりだけれど、王子様なんているんだろうか?と、ここにきてようやく思い当たった。
いま流行りの民衆デモでもおきて王制崩壊しちゃったんじゃないか、と。
王子、王子、と思って探していたけれど実は横にいる門番が王子でしたー♪なんてグリムさんやアンデルちゃんがよく言ってたじゃないか。
そう、そして世の中には例外もある。
赤い糸がプッツリと切れてしまっていることもあれば、運命の王子様が夭逝してしまっていることだってある。
ここまで清く正しく、まっとうに運命の王子様を待っていても来ない、っつーことは私は例外ケースにあたると理解すべきだ、と。
運命の王子様がいないならいたしかたあるまいよ。
だが、いまの私はパートナーは是が非でも欲しい気分なのである。
運命の王子様=永遠の愛かもしれないけど、暫定か永遠かはともかく、人生の何ページかをともに出来る人、はいてほしい。
運命じゃないなら、運命を共に作れるフレキシブルな関係を育める人じゃないといけない→年下。
ちゃんと、向き合ってお付き合いしたい。
でも、いままで清く正しく生きてきたから、いまさらいい加減には生きられない。
とりあえず、でいい加減に付き合う気はやっぱりしないし、ちゃんとお付き合いするからにはそれなりの関係になるべきだ、とも思う。
だから、もはや運命の王子様に操立てする気なんてないけど、遊びじゃそんな関係絶対にイヤ。→結婚前提。
じゃ、年頭にあたり『年下のダァリンと電撃結婚』とあいなったわけである。
だってね、志は高くないと。
受験でもなんでもそうだけれど。
偏差値65の大学を志望するとするでしょ。
すると偏差値が65あれば受かるってもんじゃあない。
その学校を受ける集団からアタマひとつ抜け出た時に合格する。
絶対評価の資格試験ならともかく。
そうすると、そこの大学を滑り止めにする層がほぼ合格をかっさらっていくわけだ。
すると順当に入れる、そのレベルど真ん中の層が受かるか否かは時の運の要素が加わる。じゃあ、この学校に合格するためには?
そう、その学校を目指しては、いけない。
その上の学校を目指すことだ。その上の学校が照準に入ってきたときに、目指していた学校を滑り止めのレベルにできるほど自分を昇華させたときに、はじめてその学校をほぼ掌中におさめることができる、と私は思って生きてきた。
だから、電撃結婚。
いいんだ、ほんとは電撃的に結婚なんかしなくったって。
でも「年下のパートナーを見つけたいの(はぁと)」だと、いままでの運命の王子様探しと同じように「あれぇ、いないなぁ」で終わりそうなんだもん。
望みは一段も二段も高くても困ることはないのだよ、ふふふ。
でもね、これはすべてに通ずる方法ではないの。
私がこれ方式でずっと失敗に終わっているもの・・・それはダイエット。。。T.T
ダイエットはね、目標値ばっかり高いと挫折に直結します。
ええ、これも切実な経験則です。
クチコミって確かなんだから!!!



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後悔は先にはたたずとも・・・見通せるものなのである。

2011-02-18 18:02:12 | 日記
アタシは後悔、というコトバが嫌いだ。
後になって悔いたって、なんにも得るものはない。
こぼれちまったミルクは拭くしかないのだよ。。。
もちろん、水だってお盆に戻っては、くれやしない。
だから、極力後悔はしないようにしている。それには振り返らないことが一番だ。
ただし、悔いはいたしかたあるまい。もちろん悔いがないことが一番だが、凡人にはなかなか真似は出来ない芸当だ。
ミスもすれば失敗だって、ある。だけど、悔いがあるから学習もできるわけで。
凡人なりに磨きをかけるには必要なこと?!
私のなかで後悔とはこぼれちまってカピカピに干上がってしまったくらいのミルクかな。
悔いは…賞味期限をうっかり切らしてしまったミルク程度だろうか。
そのくらい、コトと次第、鮮度が違う、とまことに勝手ながら思っている。
そもそもが後悔って、選択を迫られている時点で薄々と気付いているものではないのか?と。
後悔という形ではないかもしれないけれど、右の道にいったらどこにつながるか、左の道に進んだらどうでるか。
そして、その選択をしているのは他ならぬ自分ではないのか?と。
それを自分の中でグルグル考えたって、せんのないこと・・・と思うのである。
悔い改めることはあっても、後悔してもはじまらない、というか。
それは小さなものから大きなものまで。
たとえば今日お昼に重いものを食べ過ぎた、という些細なものからはては結婚にいたるまで。
だから、どうするか、が問題なわけで。
牛乳をお湯でふき取るか、そぎおとして削るのか、はたまた、見えないことにしておくか、くらいしかなくない?
なんでこぼしちゃったのかしら、拭き忘れちゃったのかしらって考えたって、ねぇ。

それが、アタシにとっての過去のお見合いの位置づけ。
過去の選択枝のヒトツ、それ以上でもそれ以下でもない。
実際に、先述のとおりお見合いで琴線にふれるようなビビビっつーのもそうそうないわけで「あの縁さえ上手くいっていれば・・・」なんていうのもなかったし。
ただし、タイミングの問題というのは確実にあって、いまこの時点のアタシと過去のアタシがとる選択枝は違うかもしれない。
でも、それを比べるのは大きな間違いだ。
で、そのときからわかってはいた。
『今がいちばん、良い条件なのだ』と。
お見合い市場では女は特に年齢が重要だ。
だって、それしか定かなラインはないものね。
写真だって現物と違うかもしれないし、女に学歴なんてさほど求めちゃいないだろうし、家柄などはどっちにしろ似たり寄ったり。
一番明確なのは年齢。気持ちもないからこそ、余計「若い子」となる。
男性はね、年齢があがると収入もあがったりするし。キャリアもついてくるかもしれない。そんなに負にとられることじゃあない。ある程度までは。
でも、女性はね・・・。
すると、だ。往々にして、その日来た縁談が一番好条件の縁談のハズ、なのである。
10年後にそれを上回る条件は、まぁこない。
23歳でお見合いしたときは30歳の男性は年上だなぁ、と思う。
でも、女性が30歳になって30歳の男性の話は、まぁこない。
なぜだか37とか38とか、40がらみになる。
おまけにバツがついてたりとか、余計なものまでついてきたり、もする。
ましてや、決して年下の男性なんて来やしない。
それが判っていなかったわけじゃない。
若かりしときだって、アタシは十分わかっていた。
それでも、踏み切れなかったんである。
だから、後悔なんかしない。
いままで会った人たちは運命の王子様じゃあなかったんだ。

お見合い市場から撤退し、年下のダーリンに照準を合わせたまでは良いけれど。
しがらみがある関係だと、なかなか大胆なこともできず。
しがらみがない関係だと、今度は恋愛偏差値の低い女には難易度が高すぎる。
そうこうしているうちに、2月もはや後半突入。
じゃあ、どうすんのさっ、って気分である。
アタシは電撃結婚とは銘打っちゃいるけど、普通に恋がしたいだけなんだけどなぁ。
もう、運命の王子様も待ってないしさ。
そんなに大変なことなのかしらん。難しいことなのかしらん。
自分で言うのもなんだけど、面倒くさくない良い女だと思うわよ(笑)…。
「アタシと仕事どっちが大事っ?」(じゃあ養えるのか?)とか「いま、どこ?なにしてるの?」(誘拐された幼児?痴呆症の老人の徘徊?それとも神出鬼没のジャック・バウアーか?っつーの)、「なんで毎週末会えないの?休日出勤なんてありえない(怒)」(なんで毎週末会うの?そこに意味はあるのか?義務教育だって土曜は休みになったではないか)・・・とか一切言わないし。
「サッカーとかわかんなーい」「F1なんてテレビでみてナニが楽しいの?」とか一切ないし。なんなら次、ブラジルのW杯手配しましょか?
鈴鹿でもモンツァでもモナコでも二つ返事で行きますわよん。
なんなら秋葉で、いやヨドバシで1日過ごすのだって大歓迎だ。
結構、ほどよくオトコとオンナだミックスされた潔い、一緒にいて気楽な生き物だと思うんだけどな。
あ、だからダメ(笑)??
前途多難、やれやれ。
後悔も立たない代わりに・・・見通しも立たないってかT.T





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見合って、見合って、・・・やーめた。

2011-02-08 17:51:50 | 日記
はい。いま、世間を賑わせているお相撲さんじゃあ、ございません。
『お見合い』のことである。
ココは心中吐露の場であるので、包み隠さず言うと、お見合いは何度か、した。
いえ、何度も、した。
まわりのヒトにはおくびにも出しちゃいないが。
したいわけじゃなかったが、なんちゃってお嬢のはしくれ、まだ若かりし頃から何度かまわりにせっつかれて、やった。
そうね、最初にお見合いしたのは23だったかしら。
世に言う「カッポン」と“ししおどし”が悲鳴をあげるような正式なものは、やったことがない。
ホテルのラウンジとかでちょっと会ってみてからカジュアルデートするものが大半だ。
光栄なことに気に入ってもらった方もいた。
でもね、結婚てタイミングなんだな、と実感するところなんだけど。
今だったら結婚したかもしれない、と思うご縁もあった。
でも、当時はまだ若くて、当時からも現実主義たったアタシだけど結婚にある程度の夢と理想を持っていて・・・それが捨て切れなかったのだと思う。
ここでも中途半端がモノをいい、なんちゃってお嬢なアタシのもとには、とびきりな、ツリガキだけで「承知いたしました」なんていう気になるお話は正直ない。
お見合いの宿命だけど、そこそこそこそこ、どっこいどっこい、お相撲さんと違って幕下や十両が横綱と対戦することは、まぁない。
そういうやんごとなき方々の麗しき結婚話であれば、美男美女の出会いにもなろうけれど。
私のようななんちゃってレベルの、とりあえずお見合いはね、向こうもこっちも、とびきり素敵ってことは、恐らくほとんどないと思う。
だって、自由恋愛してもいいレベルの家だもの。
ホニャララ家じゃなくちゃダメ、とかナントカ長官の家じゃないと、とかじゃあないもん。
枠内ならたいてい、ダレ連れてきたって家として目くじら立てる必要もない中の上流。すると、だ。
すんばらしく魅力的なお坊ちゃまもお嬢ちゃまも、どこかでスカウトされてますわな。
すると、そこの市場に乗るのは非積極的な、のんびりした可も無く不可も無く、もしくはヒトによっては多少の不可つき物件。
そして、これは非常に失礼な考察であるけれど若くしてその市場に乗る男性は、往々にしてちょい難あり。
難というのは本人に限ってのことでは、決してない。
女性はね、棚にあげるつもりもないけれど、仕事は腰掛だから早く結婚したいとか、理由はさまざまだろうけれど早い段階から周りのお膳立ても手伝って、若いうちからお見合いの1度くらいしてみるか、という感じで普通の物件が市場に出る。
なんていったって当人が若いうちは、音頭を取るのは周りである。
すると、だ。
男性の場合、そうそう、若いうちに周りって結婚、真剣に薦めたりする?
とくに女親がわが息子を焦って20代のうちに他の女にくれてやろうと、する?
素敵で大事なわが息子ほど、虫がつくのは遅ければ遅いほどいい、と思うハズである。孫さえ普通に抱ければ。
少なくとも30までは焦りはしない、男の親は。
そのような背景の中で、若くしてその中流市場に乗り、ましてや本人も「お見合い」にウンと縦に首を振るような男性は、絶対数も少なければ、往々にして依存型である。挙句に、係累ないし外野がやかましい。。。
妥当なところで30代の男性と見合うとする。
こちらはまだ夢を抱く乙女である。
そうそう一目ぼれをするような出会いでもなく、んー・・・ウマ、合うかねぇ?いや、なんとか合うかも。程度だと、どうしても踏み切れない。
順風満帆とはいわないけれど、普通に普通のいままでと同じような暮らしが出来るかもしれないけれど、10歳も年上のトキメカない人と共に暮らせというのかっ?となってしまう。
ここでも障壁となるのは乙女であること、だ。
『私はキレイに生きてきたのに・・・』との思いがどうしても胸に去来してしまう。
私の貞操なんてハタからみても、お相手から見ても、そんなにたいそうなモンでなくても、自分の思いなんである。
幸せな結婚をするために自分で勝手に守ってきて、縛られて、それが障害になって結婚に踏み切れないというのは、なんとも滑稽な話。
でも、それが真実なんである。
ぶっちゃければ、『大好きな人と結ばれる』っていうのがやってみたいんである。
想像でしかないけれど、散々遊んで好き勝手してきて、最後安泰な生活を手に入れるために何食わぬ顔して平穏無事なお相手の胸に飛び込むような狡猾さがあれば、簡単に結婚できそうな気すら、する。
でも、そんなのイヤだ。自分もイヤだし、相手にも失礼だ。
極端な話、幸せな結婚生活を送る資格がない、とすら思う。
そして、そんなお見合いを続けてはや何年。
とうとう踏み切れぬまま・・・私の中で30才を節目に、『お見合い』市場からの撤退を決めた。
この話は、いつかまた続きを・・・。



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オシャレは敵?!

2011-02-07 17:07:56 | 日記
何度も触れているけど、私は可愛いものが大好物である。
目が、ない。
自分の年齢も、イメージもへったくれもない。
若かりし頃は、ぽっちゃりであることも手伝って、『黒がカッコイイ』と思っていたのでカラスみたいなカッコばかりしていた。
いまでも黒は私にとって絶対反抗しない色であり、どんなものであっても黒であれば、とりあえず間違いなく似合う。
不思議なもので、自分のイメージカラーにしてしまうと自分の目も慣れるのだろうし、雰囲気も持ち物も、それに合わせて統一が取れていくから、どんどん似合うようになっていくのであろう。
意識したことはないけれど、他者からもそういう目で見られているであろうし。
「あのヒトは黒多いよね」「あのヒト黒似合うわよね」とかとか。
年をとるとピンクとヒカリものが好きになる、というのは真実だ。
私は25歳あたりにさしかかってから、ピンクに目覚めた。
幼児がえりをするかのようにピンクでリボンでフリルなものが可愛いと思うようになった。
30に差しかかってから(まぁこれはかなり最近になるが)、アラビックなものに凝り始めて差し色としてゴールドを好むようになった。
折りしもKITSONが流行したようにヒカリモノ、ゴールドものがメジャーなものになってきたため露出が増えた、ということもあるだろう。
黒にボルドーだった私のイメージカラーは黒・ピンク・ゴールドの三つ巴になった。
不思議なもので、ピンクなんて全然似合わなかったのに、いまでは店員さんが寄ってきては「ピンクがお似合いですねー、絶対その中ならピンクですよっ」と言わしめるまでになるから人間て不思議である。
ちなみにミニスカートを履き続けると足が細くなる、といわれているが私の場合、その傾向は見られない。チッ  ー。ー;
兎に角、そんなこんなで年甲斐もへったくれもなく、自分の好きなものを好きなように集めては身に纏って生きてきた。
最近、ふと思った。
もしかして・・・これも中途半端??非モテパーツかっ?!
コンサバでもなく、フリフリゴスロリでもなく、前衛的な装苑ファッションでもなく。。。
アパレルの店員さんに「オシャレですねー」「その~、カワイイ」とか言われるようなものって、もしかして男受けしない??
世の中、カップルで歩いている女の子で「まぁ、かわいい」という装いのヒトってあんまりいない。
枠の中からハミ出さないように、イチにコンサバ、ニにコンサバな感じ、とか。
あんた、ハイキングにでも行くんかい?っていう胡散臭いカジュアル系か。
あぁあああ、どうして、こうヒトツヒトツが非モテパーツを形成するんだかっ。
女に褒められるものに、男受けナシ・・・の定義に当てはまるんじゃないかい?
そうじゃなきゃ、あんな可愛くもなんともない制服に萌えたりする男が存在するはずがないではないかっ。スッチー、看護婦のみならず、普通のOLの制服だって人気あったりするんでしょ?
あんなんちぃとも可愛くないじゃんっ。
要はちょい地味目で、保守的なものがいいんでしょ~よっ、ゼエゼエ。
で、肌色パンストってかっ。
別にゴスロリなカッコしているわけじゃあるまいし(着ろといわれれば喜んできますがー)、アタシはただかわいいもの着ていたいだけよ、はんっ。

いままでなら、ソレでよかった。
いや、逆説的にいうとソレだから今までのような生活だったわけで。
今年の目標は?そう、年下ダァリンを見つけて、電撃結婚。
見つけるとこから始めなくてはいけないのだから、四の五の言っていられない。
ここは欲求を他にシフトさせねば。
ホシガリマセンカツマデハ(笑)?!
ゴスロリやフリフリが好きそうな男には好いてもらえそうにもないし。
だって厚底なんて履いたら180近く、なっちゃうもん^^;
だから。
もう腐るほど洋服はあるんだけど。
近々、断捨離して運を呼び込まねば、っつーほどにあるけれど。
私の中ではザ・コンサバな、ツマラナイ、ふっつーの黒いスカートを買った。
そして、胸元が開いた服が好きな私には拷問なのだけど、シフォン風のブラウスなんぞ買ってみた。襟元でリボンなんか結んじゃうような。
今年一年、期限つきで少しは男目線で洋服を買ってみることを頑張ろう、って思う今日この頃。
でもね、男目線がわかってたらこーなってないっつーの。。。
誰かプロデュースしてくれたらいいのに。
コンサバで、触りたくなるようなフワフワしたスタイルで、ちょっと透け感があったり、肌見せがあったりする、そして脱がせたくなるような服ですか?
あーもぉ、どんな服よっ?宇宙服より難しいわっT.T



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筋トレメニュー。

2011-02-01 17:45:03 | 日記
昨日、「女筋トレ」を頑張ると決意表明したので、ついでに。
女磨きってコトバはね、なんか痛い気がするのですよ。
特に申し訳ないけれど、美人さんの某女優さんが必死に「女磨き」ってコトバを連発しているのを見ると・・・なんか痛い。
せっかくキレイなのだから、黙っていればいいのに、もったいない。
私は白鳥が好き。
水面下でどんなに足をバタつかせていようとも、水上では優雅な顔でスイスイと湖面で舞うような、そんな美学。
努力は認めるし、大事だけれど。そして努力は裏切らないということも。
頑張っていることを頑張っています、と表明する程度とタイミングと…ものごとすべてTPO。
純ヤマトナデシコとして躾られた私は「秘すれば花」が座右の銘のひとつであったから。能ある鷹は手を「エンガチョ」(あ、古い??また年の頃が。。。)ばりに隠せ、ってね。
私は、たいして能もないのに手をポケットに隠して歩いていたら、足元の小石にけっつまずいて手も出せずにこけて重傷な感じ?
いや、秘すれば花で黙っていたら失語症になった、とでもいうか。
ほんと、物事は程度とバランスが肝ですな。
そう、そして私の場合、次は女としての能力、いえ筋肉がこのケースに該当しそうなんで焦りだしているワケである。
同じ轍を踏んでなるものか。(もう遅いとは言わないで。。。)
筋肉ってね、面白くて。ジムでも、どうしてもマシンに好き嫌いが出てくる。
好きなマシンだと、かかさずやったり、調子にのって負荷を重くしたり、回数を多めにこなしたりする。
すると。好きなマシン、すなわち筋肉はどんどん、重い負荷・回数に耐えられるようになる。キライなマシンは、好きなマシンの半分の重さでも、ビクともしない。
それだけ、身体って良くできているというか、適応力があるというか。
だから。それは女としての筋肉にも同じことが言えるんだと思う。
私は女としての負荷がいままでほとんどかからずに来ているわけだ。
だから軽い重さも持ち上げられない。ちょっとでも無理すれば「ぎっくり」が待っている。それは先述のキスの際にも上手い具合にあてはまる。
忌々しき事態。ましてや、今年の私の目標はくどいようだが電撃結婚。
負荷が・・・重過ぎる。
いままで、ずっと女としてちゃぁんと基礎体力があれば、女磨き、と称するエッセンスやスパイスを加えるだけでもよかろう。
私は・・・リハビリが必要な、負傷者レベルだ。
さぁ、困ったぞ。どう鍛えるか。
私が導き出したメニュー。それは、女性性を愛する、ということ。自己肯定からはじめないと。
といっても、私は女性であることを否定もキライもしていない。性同一性なんたら、でもないし、「生まれ変わったら男になりたい」というわけでもなく。
女性であることを肯定はしている。女子校出身だし、女の子であることになんら疑問も不満もない。紫式部じゃないけど、「この子が男の子だったら良かったのに…」といわれて幼少期から社会人になってまでも言われることは多々あったが、本人としては女でセエセエだ。
なんせ、私は可愛いものが大好き。気分はマリーアントワネットだ。
パンツを履くことなんざ、年に何度あることか!!!
だが、それはあくまでも表面上の性別。
中身と、機能の面において果たして性は一致していたであろうか。
そう考えると、私は「オンナ」という生物として驚くほどいい加減に生きてきた、と思うのである。
なんの意識もせずに、ただ、のほほんとおざなりに「女」という性別だと。
実に形式的な性別。トイレのマークが赤か青か、だけの違い。名前に「さん」がつくか「君」がつくかの違い。
非常に受動的な性別意識。
それじゃあ、いけないのではないか、と。女性として生きる、ということはそういうことではないのではないか。女性の機能と役割を意識して能動的に「女」を意識して、丁寧に「女」を生きる。それが私に課したトレーニングメニュー。
基礎体力UPを目指すのだっ!
一朝一夕にすべては変えられない。三つ子の魂だって100歳まで有効ならば、30年近くの魂はそうそうかわりゃあしないのだよ。
だから、急にクネクネと歩きシナを作ってしゃべり、「ひとりじゃなんにもできなぁい(はぁと)」なんて女にはなれないのだよ。そして、やっぱり特になりたくも、ない。可愛げはおおいに取り入れたいし、凛とした素敵な女性にはなりたいけれど、あざとい「女」にはなりたくないし、また、なれそうもない。
まずは、できることからコツコツと。千里の道も一歩から。
今年になって、基礎体温計を買った。
恥ずかしながら…私は無頓着でして。女の子の日も、きっちり把握していない。。。
指折り数えたって仕方がない、来るときは来るし、来ないときは来ない、みたいな
もちろん、一応女何年かやってるんで、おおむね事前に「そろそろ」とわかるから、特段意識する必要もなかったし。それに、あー海行くから来ないでー、と思ったって来ちまうもんは来ちまうし、ハワイ旅行なんてそれこそ一ヶ月以上前からフライト押さえているわけで。事前に「そろそろ…ガーン、ぶつかる」となったところで後の祭り。考えるだけ時間の無駄ってもんよ、というのが私の性分。
実に雑に女をやっておりまして。恥ずかしながら
おまけに、なんせ乙女。清く正しく生きてきた私は“今日の安全度”を把握する必要がございません。
でもとにかく、判でおしたように正確な方ではないので、親に中高生の頃、基礎体温をつけるように言われた。
これがさー、測れやしないんだわ。
毎日、同じ時間に起き上がる前に測る、だ?無理無理。到底、無理。気付いたら起き上がって歯ぁ磨いてるってば。
ましてや、今のように技術も進歩していないからメモに書く…無理難題とはこのことか、である。そもそもが本人に自覚というか、意味というか必要性がわかっていないのに、それは苦行でしかない。
加えて低体温気味な私はずっと35度前半をウロウロ。子供心に「じゃあ、35度で適当に書いておくか」と合理主義な私は解決策を見出した。オイオイ。
そんなこんなで真の記録が一週間たりとも取れたことのない私ですが。
これじゃあ、いけない。もう、丁寧に生きていかなければ、憎きエイジングにだって太刀打ちできない。丸腰で闘うようなものだ。
ましてやデータの蓄積が大事な性質のもの。いざ必要になった時に、明日から測ります…じゃあ、なんの役にもたたないではないか。・・・と測り始めてから、いかに重要な武器か遅まきながら気付いた次第である。
体調コントロールのツールになるのね、と。
そして今更ながら少し勉強して、女性性の不思議にブチ当たった。
一口に女は子供を生める、といってもなんせ乙女。
対岸の火事。ちゃんと意識したことも、正直ない。
まぁ年齢的に、そろそろ産んだ方がいいのかも、程度。
いやいや、「女」なんて言葉に惑わされちゃいけなかった。
ヒト科の、メスなんだわね。まったく意識してないけれど、鶏みたいに白いタマゴ産むわけじゃないから・・・でも卵産んでるんだわよ。
知識としては、字面としてはもちろんわかっちゃいるけど、本当に無意識だった。
体温計一本によって、目が覚めた気分。
実にムダに女を生きてきてしまった。ごめんなさい、って自分に謝りたい気分である。
やっぱりね、自分で自覚して必要にならなくては物事って成し遂げられないんだと思う。まだ3週間足らずだけど、必ず同じ時間に目覚めて測れているもの。
ま、おおいに新しいモノ好きなミーハー気質も影響しているけど。
多分、性格的にデータがある程度揃っていろいろな機能がつかいこなせるようになるまでは頑張って、ちゃんと測れるハズ(笑)。
問題はその後の持続力。。。そう、筋トレでもなんでも、問題は「継続」。。。
「継続は力なり」。昔の人って、すごい。








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