妙齢乙女の純情つれづれ

妙齢って本当は若いお嬢さん。身も心も乙女☆で純情一直線な…でも微妙なお年頃のアタクシが“恋愛・結婚”について思うコト。

ほわほわ。

2017-07-16 11:43:03 | 日記
気分が平穏な連休の昼下がり。
なにか、良いことがあったわけではない。
特別、悪いことがあったわけではない。
でも、連休なのに彼と会うことは叶わず、願いはついえた。
それでも、そんなに落ち込むわけでもない自分がいる。
慣れ、なのか。
諦め、なのか。
はたまた、静かな怒りなのか。
さほど、思い詰めずに済むのだ。
彼との短い逢瀬から、まだ2週間しか経過していないこともあるかもしれない。
たいてい、一ヶ月経過すると、絶望の淵に立たされるのが毎度のことだ。

会いたいよ?
今日も明日も本当は会いたい。
ずっと一緒にいたいの。
いろいろな彼の顔を見ていたいし、いろいろな感情を言葉で聞きたい。
私のすべてと彼のすべてを共有したい。
その気持ちは変わらない。
それでも、そんな気持ちを誰かに抱けた奇跡が嬉しくて…なんだかジワジワと幸せなのだ。
ジワジワは湿度が高いので…一ヶ月会えないと、ジワジワ部分が冷えきってつめたーくなり、私の心身を凍えさせるのだ。
でも、冷えきらないうちは、ジワジワ、ほわほわ、暖かい。

彼が私のことをどう思っていようと。
どう扱おうと。
私が彼のことを大好きで…愛していて、私が私の喜ぶことだけに応じていれば、それは幸せということだと思う。
彼が、たとえ、心はなくて私を抱き締めたとしても。
私が彼に抱き締められて幸せなら、それで充分ギブされているわけで。
なんだか、そう考えるようになった。
まあ、まだほわほわ期間だからね。
でも、なんとなく、いいように力が抜けてきた気がする。
どうして?
なぜ?
じゃあ、なくて。
まあ、いいか、という気持ち。
もう、いいや、なのかもしれない。
それでも。
私がこんなに誰かのことを好きになれて、その人に…たとえ彼がどんな思惑であれ抱き締められること。
自分がシンデレラになったような気持ちを味わわせてくれた憧れの王子様に女性としての生命を吹き込んでもらえたことは、いまだに幸せだと感じるのだから、私はきっと幸せなのだ。
そして。
どんな形であれ。
どんな現実であれ。
私が幸せだと思えるならば、それは幸せなのだ。
つい、上を上をと望みすぎるから不幸を感じるだけ。
今日も明日も会いたくて、今日会えないと不幸に感じるのだから。
心の中に彼がいることで幸せ、と思うことにしよう。

そうして。
そういう愛が報われるといいな、とは思うけれど…
報われなければ、報われないほうが幸せなのだろう。
だって、こんなに純粋に愛を注ぎたがっていて、悪いようにはしない女に気付けない、選べない男なんて、これから先、ろくなことないもの(笑)。
そういう、見通しの悪い男といてはいけない、という神のお告げだと思うことにしよう。
そう思ったら、楽で幸せになった。
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