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アフリカの政局とフランス大統領選挙(3)〜コートジボワール危機とフランス政権(後編)

2017-04-05 13:00:35 | アフリカ情勢
フランスの大統領選挙を控え、アフリカの政局との関係について考えているところ。

アフリカの政局とフランス大統領選挙
第一話 セネガル政権とフランス与党
第二話 コートジボワール危機とフランス政権(前編)

では前回の続きについて(※まだお読みでない方、上記の第二話をポチとしていただければご覧いただけます!)。


コートジボワールで和平に向けた合意、2007年のワガドゥグ合意が締結された頃、フランスではニコラ・サルゴジ政権が誕生した。ジャック・シラクを引き継いだ国民運動連合(UMP)、対コートジボワール政策でもシラク路線が引き継がれることとなり、当然距離が置かれた。両国のホットラインが作動することはなかった。

その後、このワガドゥグ合意によりコートジボワールの和平へのロードマップはそれなりに進んでいく。そして2010年10月から11月末にかけて、大統領選挙プロセスが実施に移された。12月の結果発表を受け、ローラン・バグボ大統領、アラサン・ワタラ候補(RDR: 共和国連合)の二人の候補が当選を主張。2011年にかけて、二人の大統領が軍事的に対峙する、いわゆる「選挙後危機」の時代に突入していく。


この時、フランスは翌年2012年に大統領選挙を控えるタイミングであった。サルゴジ政権は、国際社会の支持を背景に、バグボ前大統領を批判し、選挙結果を受け入れるよう迫った。これは国際社会に同調するばかりでなく、UMPとバグボ政権との関係性によるものとも考えられた。他方、ワタラ候補とは水面下で対話が進んでた、という記事が当時報じられていた。

対するフランス社会党(PS)では、与党UMPに対抗する立場から、バグボ支持を標榜する議員が登場、危機のさなか、コートジボワールまで渡航して、支持を表明する議員も見られた。


同年3月から4月にかけ、コートジボワールでは選挙後内戦が勃発、3000人を超える犠牲者を出した。戦闘はいよいよアビジャンの中枢へ。仏軍、国連軍も介入。最終的には仏軍支援を受けた部隊が、バグボ前大統領を物理的に捕捉し、軍事的に事態は収束された。

選挙後危機の直後、フランスはコートジボワールの復興と開発支援を表明。ワタラ大統領が就任すると、仏・コ間のホットラインも再開した。

(Abidjan.netより)


翌2012年、フランスでは大統領選挙が行われ、現職ニコラ・サルゴジ前大統領を破り、フランソワ・オランド大統領(PS)が誕生した。選挙直後、フランスに私的に渡航していたワタラ大統領は、当選したオランド候補には会わず、落選したサルゴジ前大統領を訪れたという。

その後、親仏、親欧米、穏健路線を進めるワタラ大統領は、仏・コ関係を正常化。いまでは治安、政治、経済などで積極的な関係強化が進められている。フランスは「失われた栄光と市場を再び取り戻す」と鼻息が荒い。コートジボワール政府も、長く、深く繋がってきたフランスとの関係強化に大きく期待している。


そんな中、最近、フランスの対外治安総局(DGSE)が公開した文書から、オランド政権がワタラ大統領の影響力を低下させるシナリオを検討し、仕組もうとしていたと窺われる記述があった、と報じられている。またまたきな臭い。


さて今回、2017年の大統領選挙では、両国の政局にどんな影響があるのだろうか。引き続き要観察である。

(つづく)
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