雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

題詠blog2008<007:壁>から

2008-06-22 15:58:44 | 題詠blog2008から

地下鉄の車窓にわれは映りゐる嘆きの壁に立つ人のごと(吉浦玲子

一人娘がまだ3歳ほどの頃、いっしょに地下鉄に乗りました。
座席に座ると間もなく、外を見たいと言い出しました。
「地下鉄なんだから外を見てもなんにも見えないよ」 と言ったのですが、「いいの!」と言って車窓の方にひざ立ちになり、そのままずっと外を見ています。
あんまりずっとそうしているので、僕もつい振り返って車窓から外を見てみました。
なるほど、地下鉄の壁には周期的にライトが照らされていて、チラッチラッと通り過ぎてゆくのです。
どうやら娘はそれを飽きずに見ていたのでした。
その光景は、見ているとたしかに面白いといえばおもしろいのです。
子どもの持つ豊かな想像力というか、好奇心というか。
大人の自分がとうに失ってしまったそれらを目の当たりにして、妙に新鮮な気分にとらわれたことが今も忘れられません。

とはいえ、たまに地下鉄に乗って座れないまま吊り革にぶる下がりながら、車窓を見るともなしに見ているときに見えるのは、やっぱり壁のライトなどではなく、疲れた表情で車窓に映っている自分の姿です。

<地下鉄の車窓にわれは映りゐる嘆きの壁に立つ人のごと>

それに較べて、東京(日本)の地下鉄の車窓が突然イェルサレムの嘆きの壁と化すといった豊かな想像力を、大人である作者が未だに持たれていることに感動します。
自分も学びたいと思いました。


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2 コメント

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ありがとうございます (吉浦玲子)
2008-06-22 18:35:36
拙歌取り上げていただきありがとうございます。
うちの子供も、小さいときは飽きず地下鉄の窓の外を見ていました。いまはもっぱらiPodで音楽を聴いているようです。車窓を飽きず見る好奇心が失われた・・というのはある面大人になったということでしょうか。寂しいですが、大人は大人なりの感性でお互い小さな詩の発見をしたいですね!
吉浦さん、ようこそ (髭彦)
2008-06-22 22:36:05
そちらのお子さんも!
そうでしたか。
そうですよね。
こういう子どもの豊かな感性や心を捨て去って大人になるのではなく、それらをできるだけ保ちつつ大人になれるような、そんな教育がますます望まれますね。
すぐれた芸術家や科学者というのは、それを自力で成し遂げた人たちなのだという気がします。
歌を含めて僕が色々な芸術に強く惹かれるのは、まだ僕の中にも残っている子どもの感性や心を甦らせることにつながるからかも知れません。
よろしくお願いします。

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