雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

日々歌う 2007 その4(10月〜12月)

2007-12-27 10:17:02 | 日々歌ふ2007

071001 
 フィヨルドに長き影さす満月のムンク好みて描けるごとに
 冬長きノルゲに生きて夏の夜に八十路の女は手袋編みぬ
 (女=ひと)
071002 
 ジャガイモの収穫待ちて青々と葉の繁りをりノルゲの夏に
071004 
 ひと過ごす短き夏を湧き消ゆる白雲の下フィヨルドの辺で
                 *
 鳴く虫の数多にあらむ杜の端の吾が耳聾す蝉声のごと
 カラタチの実にしぞあらむ街の端に見ゆれど知らず花の咲けるを
 夏猛き今年にあれば十月に入りてなほ咲く彼岸の花の
071006 
 黄に浮かぶのどかな円きカラタチの実をば守れる棘の鋭く
071008
 ―<山中湖にて>
 赤き実を数多実らせ名も知らぬ山の木々告ぐ秋来にけりと
 やむなしの思ひもあれど翅刻む文字のあはれよアサギマダラよ
071009 
 夕さりてやうやう影を見せ給ふ富士は富士なりおぼろにあれど
 背を低め秋野をゆけば星のごと小さき花のそちこちに咲く
071010 
 初秋の富士の裾野に季節狂ふ向日葵あまた咲き初めにけり
 (初秋=はつあき、季節=とき)
071011 
 ケーナ吹くペルーの民の二人ゐて上野の山にコンドル飛びぬ
071012 
 夕空を仰げば高く覆ひける羊の雲の群なすごとに
071013 
 ―<「世界的建築家」の急逝を聞きて>
 瀬をはやみ何にせかるる黒川の涸れてはすゑにあはぬとぞおもふ
                 *
 嘴で渦をつくりつ小魚をねらふコサギの眼荒ぶる
 暮れなづむ空の黄金に染まりゆき鴉の憩ふ群を離れて
071014 
 久々に二日続けて六キロを走れば思ふ人生の秋を
 (人生=ひとよ)
071015 
 けふもまた三日つづけて六キロの秋の六十路をひた走りけり
 六十の坂を過ぎなほ鍛錬をまじめに為せば足腰応ふ
071017 
 冷え来る秋の六十路を走りなばわが老躯より汗の滴る
071018 
 木洩れ陽に浮かぶ奇怪な大蜘蛛のわが脳内に入りて蠢く
071019 
 先駆けて赤く染まりぬ一枝の櫨のハゼなる燃ゆるがごとく
071020 
 吾を抜き若き女性の軽々と走りさりゆく秋の夕べに
 赤き実の想ひを超えてたわわなる去年に見初めしピラカンサスは
 (去年=こぞ)
071021 
 うつすらと紅さす薔薇の七重八重匂へる花に誰を想はむ
 鮮血のしたたたる色に薔薇咲けば彼方に浮かぶビルの霞みて
071027 
 原爆の廃墟に休むアオサギを仰ぎて想ふ人世の愚をば
 斜め射す夕陽に染まり原爆の廃墟の美しく見ゆる悲しも
 (美しく=はしく)
 鶴となり天駆けゆかむ秋空にサダコは立ちぬ高く手を挙げ
071028 
 川原にてドームを撮れば被爆者の語りかけくるその日のことを
 奢る果て滅びし者ら宮島の海に建てたる朱の鳥居よ
 (朱の=あけの)
 宮島の潮ひく海にコサギ来ぬ鳥居の影の朱を踏みつつ
 (朱=あけ)
071029
 <阿佐ヶ谷ジャズストリート2007 土井啓輔・谷川賢作デュオ 於:みや野>
 尺八とピアノのデュオの火花散る嵐の夜の小暗き部屋に
071030 
 喧騒の清水寺の一角に黒き金具の朱の色に映ゆ
071031 
 無縁なる世界にあれどベンガラの色なつかしき一力茶屋の
 (一力=いちりき)
071101
 白砂に十五の岩のただ浮かび生れし宇宙のしんと静もる
 (生れし=あれし)
 金閣を産みし男の倣岸な内面今に木像伝ふ
 銀閣と呼ばるる寺に金閣の虚飾のかけらなきぞ床しき
071102 
 ユリノキの形親しき葉を染むる黄の色教ふ秋の深きを
071103 
 一日行く甲斐路の空の晴れ渡り紅葉も人もあまた溢るる
071104 
 ひとつづつちひさき珠に雅なる紫にほふ晩秋の陽に
 (晩秋=おそあき)
 血のごとき櫨の紅葉を心待つ人生の秋の深まりゆけば
 (人生=ひとよ)
                 *
 秋深みものみな覆ふ霧立ちぬいざ生きめやも見沼の里に
                 *
 密室で大連立を謀る果て党首辞めむと小沢ザワザワ
071106 
 赤々と一茎のバラ秋の陽に光りて咲くを忘れがたかり
071107 
 山陰の暗き紅葉を惜しみ見ぬ照る陽に燃ゆる朱を想ひて
 (山陰=やまかげ、朱=あけ)
071108 
 木洩れ陽のわづかに照らす櫨の葉の綾なす影ぞかなしかりける
071109 
 主なき蜘蛛の巣揺るる虹色に生きんがための戦終はりて
 陽射しなき暗き木の間に吾ぞ知る大蜘蛛浮かび餌喰らひしを
071110 
 桜枝のしだるる先に浮かぶ葉のいのちの際を彩りあらむ
071111 
 フラッシュに暗き木陰で珠光るあまた小さきムラサキシキブの
 吉保が夢の跡なる庭園に錦繍ゆらぐ池面を見るも
                  *
 コサギ舞ふ吾の写真に<羽衣>の舞台を見しと姉の言ひ来る
071112 
 一枝の朱の葉なれど季節めぐる定めを色にこめてぞ深き
 (季節=とき)
071113 
 どこまでも空晴れ渡りユリノキの黄葉を仰ぐ幸せのある
 (黄葉=もみぢ)
071115 
 メキシコの空もかくやか丈高く木立ダリアの乱れ咲きゐて
 もみじ葉の赤く混じりて野牡丹の紫深くいまだ咲きけり
071116 
 秋の陽の芭蕉のあをき葉脈を浮かべ照らしぬ独り仰げば
071119 
 長瀞の闇を彩る紅葉の狭間に高く月の浮かびて
071120 
 秩父路の民家に光る干し柿のあまたに想ふ幼き日々を
071121
 急峻な山間を背に一体の地蔵の座して秋ぞ深まる
 (山間=やまあひ)
071122 
 猛禽もかくやの眼純白の冬毛まとひてコサギのなせる
071124
 ―<山中湖にて>
 惜しげなく一糸まとはぬ裸身をば見するがごとき富士を仰ぎぬ
 ジグザグの人跡残し富士山の頂しろく雪を冠りつ
071125 
 稜線の彼方に富士の霞み立ち秋陽に光る雲の迫りぬ
 頂で出会ひし人の山路をばマウンテンバイクで登り来つ
 富士を背に吾妹の立つをわれ撮れば風吹く尾根に秋陽注ぎぬ
 忍野なる俗化はげしき八海の喧騒こえて富士は暮れゆく
 (忍野=おしの)
071126 
 山中の湖を覆ひし朝霧の晴れゆく様に寒さ忘るる
 (湖=うみ)
 吊るされしトウモロコシの懐かしき色合ひ浮かぶ人の頭上に
071127 
 朝霧の晴れゆく湖にワカサギの釣り舟浮かぶ色鮮やかに
 (湖=うみ)
071128
 削りゆく武甲の山にセメントの工場上ぐる煙たなびき
071129 
 晩秋の山路下れば名も知らぬ可憐に赤き実の浮かび見ゆ
071130 
 柿の実のたわわにみのる秩父路の空は青かり雲は白かり
 赤き実の燃ゆるがごとく秩父路を照らして待てりいのちつなぐを
071201 
 鬱蒼と繁る木立の奥深く山茶花しろくほの浮かびけり
 捨てがたき色にぞ浮かぶ一枝の紅葉光りぬ冬の陽ざしに
071202 
 ナンキンの名をば冠りしハゼの葉の色づき浮かぶ日の本の地に
 山茶花の花弁のごとき大輪の異国の椿白く咲けるも
 この星の行く末思ふ冬さりてハゼの紅葉のかくも赤きに
071204 
 傾きし夕陽に映えて金色にゆるる池面をカルガモのゆく
 陽に向ひ銀杏の大樹の崖の端を黄に染めゆける葉群かなしも
071205 
 目覚むれば父逝きたりと母伝ふ われ六歳の今朝にしありき
071206 
 欅散るレンガの路に朝光のものみな照らす影の長かり
 (朝光=あさかげ)
                 *
 黄に染まる銀杏の大樹に背を向けてひた思ひけりロダンの<人>は
 プレートに笑ふ子どもら教師らのカレー市民の悲劇知らずば
071207 
 訪ふごとに数の勝りてユリカモメ冬を告げをり不忍池に
071208 
 彼我の民彼我の大地を血に染めし戦を想ふ愚か愚かと
                 *
 ひときはに鮮やかなりし駅前の桜紅葉のつひに散りける
 色紙で束ぬる香のくゆりゆく人のはかなき願ひをのせて
071209 
 陽に浮かぶ銀杏黄葉の重なりて枝垂れつ描く斑模様を
 (黄葉=もみぢ)
071210 
 虫棲みてふくらむといふイスの木の実をば手に取りヒヨンと吹かばや
071211 
 餌を求め巨鯉の上ぐる口元のぬめりに満ちて恐きものあり
071213 
 散り落ちるケヤキ葉濡らしひさびさの夜来の雨の地に溜まりける
 街灯を覆ひし笠の銀に光りてをりぬ雨の朝に
 (銀=しろがね、朝=あした)
071214 
 兄貴風吹かすを好むひと逝きてはや十一年の経ちにけるかも
 石垣の海に遊びつ兄逝きぬ母を追ふごと五十路半ばで
 兄貴風吹くこと絶えし年月をわれ生き老ひて六十路旅ゆく
                 *
 木枯らしに落ち葉の舞へば物影の朝日に濃きぞただにうれしき
071215 
 彼方なる高層ビルの沈みゆく天空遥か飛行機雲見ゆ
071216 
 寝につく前のひととき鴉らの姿やすらぐ高き梢に
 (寝に=いねに)
071217
 暮れ方の光る池面に羽づくろふ鴨の描きぬゆるる枝影
071218 
 何の木の隠れてゐるや戯れる案山子のごとに冬囲ひ立つ
 山茶花の樹影ゆらめき板壁に木洩るる冬の陽ざしぬくもる
 木登りに代はる遊具に少年の登るを見ればわれもうれしき
 人気なき閉園間際の庭園に池面を染むる夕雲を見つ
071219 
 暮れなづむ空に浮かびて三角の影美しき冬囲ひ立つ
 半月を仰げば白く輝きぬ大樹の幹の黒き狭間に
 夜更けてぞ窓辺に低く半月の黄も鮮やかに浮かびをりける
071220 
 不忍の池面を赤く蓮の葉の枯れてぞなほも埋め尽くしける
 イイギリのたわわな実り蒼天にあふれ浮かびて冬を彩る
 キャンパスの銀杏黄葉の辛ふじて残る一本撮る人ありて
 (一本=ひともと)
 かつてなき建物見ゆるキャンパスにわれ立ち想ふ変はらぬ我を
 夕陽浴び太き幹をば黄に染めて身もだふごとの百日紅見ゆ
071221 
 葉脈も虫喰ふ跡もかなしかり柏紅葉の夕陽に映えて
071222 
 残り陽に暗き朱色の照り映えて老鴉の名持つ豆柿なりぬ
071223 
 夕月の白くかかればユリノキの枯れ花かなし高き梢に
071224 
 吹き荒るる風に残り葉さらはれし欅の幹を朝陽染めゐつ
071225 
 ねがはくは桑港入り江に朝死なんその天地に陽の昇るころ
 (天地=あめつち)
071228 
 押しつまる暮れの一夜を四万峡に訪へば癒さる古き湯宿に
 (一夜=ひとよ、四万=しま)
071229 
 古きよき和室の意匠そこここに残して床し四万の湯宿は
 清流を渡る廊下に点る灯に来し方想ふ古き湯宿の
 鮮やかな欄干の朱も趣きをいやましにけり古き湯宿の
 奥四万の湖は光りて薄雪の峰みね映し静もりにけり
 (湖=うみ)
 人工の湖辺に冬の厳しくも住む人あらむダムを見張りて
 薄雪の水晶山に登らむと路をたどれば熊の出づると
 赤々と古きポストの塗られ立つ小泉政治の墓標のごとに
            *
 走りなば股間の節の痛むゆゑやむなく変ふる超速歩行に
0712030
 四万谷に隠るる歌碑の凡庸な歌をば記す茂吉の詠むと
 沁み出づる温泉ゆゑか石組みのすきまに生へし冬のさ緑
 (生へし=おへし)
 巧まざるアートかなしも山肌を無残に削り雪降る跡の
 暮坂の峠に立ちて寂しさの終てなむ国を牧水見しか
                 *
 時ならぬ風雨の晴れて陽のさせば冬の夕べの空は青かり
 冬陽さす染井の墓地の桜樹の苔むす幹はあをく光れり
071231
 行く年の夕べのあなた雪の舞ふ富士の浮かびて赤く陽に燃ゆ



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4 コメント

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洗練された表現 (びっけ)
2007-12-27 15:27:17
おお、その4もありました。
うるさいでしょうけど、その3まで書いたので、また。お役に立てるヒント、ひろっていただければ。

表現に非常に単純化されたものが見られ、上級だなーと感じました。たとえば「空は青かり雲は白かり」のような下の句です。一見まったくの初心者、ですが、違いますね。これこそ上級。

それから、何キロ走った、という歌。二首つづけてますが、その続け方が、巧いですね。こんなふうに、二首ひとくみ、という方法があります。無意識でしょうか?観察ではなく、動作の場合、連作が生きますよ!

表現の選択が、無駄を削ぎ落としたところに立ち現れる美、行間からたちのぼる滋味、自然とそういうものを実現されておられます。さすがカメラマン。

もうひとつは、確固たる価値観があらわれた歌の魅力。金閣銀閣の歌など。そこをはずした見方をしなければ歌として成り立たないさ、というひねた批評も現代短歌では可能、でも髭彦さまの歌の顔の一角を占めている重要な個性であり、独善を他者におしつけるようなアクがないので、私は好感を抱いています。

何事も二項対立が過ぎると矛盾混沌をはらむ真実から遊離してつまらなくなるものですが、スローガン性が薄い感慨が歌にまじるのはオッケー、だと思います。

今後もぜひ、動物園や水族館や遊園地やスケートリンクなど、歌作りがなければ行きそうもない場所にあえて訪れて、歌ってみてくださいね。

期待します。(自分は短歌やめたのにね。ははは!)
うるさいなんて、とんでもありません (髭彦)
2007-12-28 23:40:45
昨日のお昼から親しい友人カップルと4人で群馬の四万温泉に出かけていたので、御礼が遅くなりました。
<その4>にまでご懇切なコメントをいただき、うれしい限りです。
僕のようにまったく結社に属していない人間にとっては、びっけさんのような短歌をよくわかっていらっしゃる方の批評やアドヴァイスは、そう望んでもめったに得られるものではありません。
本当にありがとうございました。
ご迷惑でなければ、また来年もよろしくお願いします。
mimiさんからも、OKのコメントがありましたね。
仲良くしてくださって感涙です (びっけ)
2007-12-29 00:28:46
短歌をよくわかっているだなんて・・・。某結社に数年間、留学帰りにわけもわからず在籍しただけの、日本文化とはちょっとズレてたヘンな人です(苦笑)。

短歌の世界と出会って辛いことも多かったけれど、成長の糧になった、今ではそう思えます。髭彦さまと出会えたのも短歌があったからですね・・・。

結社に属せばもちろんメリットは大きいです。ですが、結社内社交費用もバカにならないし、結社在籍はライフスタイルをかなり限ることになります。結社に縛られず、ネットで作品を発表しつづける歌人の中から、たとえば若山牧水賞受賞者が出る、そんな歌壇状況がうまれてもいいのになーと、私などは自由に考えるタチ。髭彦さま応援しますよ!旅して酒飲んで歌いまくってください♪
牧水は… (髭彦)
2007-12-29 11:19:23
1922(大正11)年に四万温泉に旅して、ある旅館の応対に不快きわまる印象を受けています(「みなかみ紀行」)。
今もその旅館はありますが、牧水がこの積善館に泊っていたらそんなことはなかったろうにと思いました。
その牧水賞だなんて、ずいぶんおおきな人参がぶら下がりましたね。
ははは!

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