長内那由多のMovie Note

映画レビュー、俳優論など映画のことを中心としたブログ

『はじまりへの旅』

2017-05-19 | 映画レビュー(は行)


資本主義社会に背を向け、森の奥で外部と繋がりを断って生きる家族…と聞くと86年のピーター・ウィアー監督『モスキート・コースト』を思い出す。双極性障害に見える父親ハリソン・フォードは一家をジャングルへ引き込み、長男リヴァー・フェニックスの中では父への反抗が殺意へと変わっていく。
本作のキャッシュ家はより計画性があり、真っ当なくらいだ。家長ベンは北アメリカの森林を買い取り、そこで子供たちに自給自足の生活を課し、チョムスキーからドストエフスキーまであらゆる書物を与えていく。子供たちは何ら疑うことなく父の教育を受け入れ、心身ともに優秀に育っている。だが心を病んだ母の自殺によって一家は山を下りる事になり…。

オンボロバスに乗った一家の珍道中は『リトル・ミス・サンシャイン』を彷彿とさせ、世間とのカルチャーギャップが浮き彫りになるギャグで笑わせてくれる。職質の警官をごりごりのキリスト教原理主義者に成りすましてドン引かせ、食料はスーパーマーケットから盗み、葬式にはTPOを度外視したファッションで乗り込む。フランク・ランジェラ扮する祖父が子供たちの面倒を見ると買って出るが、キャッシュ家からしてみればその豪邸は資本主義社会の強欲の象徴だ。
世間から見れば過激すぎる一家の思想、行動だが、それは『ロード・オブ・ザ・リング』で世界的にブレイクしながら、予算も国籍も選ばずに出演する哲人ノマド俳優ヴィゴ・モーテンセンによって狂気よりも孤高さが勝り、僕らを魅了する。我が道をゆくこの父親を演じたヴィゴの惚れぼれするようなパフォーマンスは2度目のアカデミー主演男優賞候補を勝ち取った。

この映画は一見、家族愛を描いたロードムービーだが、その本質では観る者の反抗心、“パンクさ”を試している。終幕、ヴィゴの吐息を敗北の落胆と取るか、幸福の安堵と取るか。本作の精神は何度も引用されるチョムスキーの「人民に力を、権力に反抗を」であり、そこからはトランプ時代へのプロテストが浮かび上がってくる。監督、脚本を手掛けた新鋭マット・ロスは俳優出身監督らしく、愛らしい子供たちから魅力的なアンサンブルを引き出す。現在=いまを捉える同時代性を持った作家性とオリジナリティが次はどんな映画に結実するか、これからが楽しみだ。


『はじまりへの旅』16・米
監督 マット・ロス
出演 ヴィゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、ジョージ・マッケイ
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