移ろいゆく日々

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気にとめたことを忘れぬうちに

青春ピカソ 岡本太郎

2017-08-05 15:28:17 | Weblog
 岡本太郎は、ある一定以上の年齢の人は、多くが作品とともにその個性から記憶に残る人だろう。
 その岡本太郎が、パブロ・ピカソを著したのが「青春ピカソ」。上梓は新潮社から、戦後の余韻がまだ強く残る昭和28年12月。この本が新潮文庫から再版されたのが、岡本太郎の没後5年の2000年(平成12年)。
 正直に言うと、本書を読むまで全く岡本太郎を誤解していた。芸術一家の家系に生まれ、日本でも希に見る前衛画家、あのへんてこりんな太陽の塔をつくり、大阪万国博覧会に強烈な足跡を残した芸術家、そして何のCMだったか、目を見開き鋭い眼光で「芸術は爆発だ」と言い切った鬼才という極一面的な理解であった。
 本書は、20世紀最大の画家、芸術家といえるパブロ・ピカソの印象譚、そして交流の一断面を記したものであって、その頃の日本は焼け野原からようやく復興の槌音が響くも、食うや食わずの世の中、僕の勝手なイメージには、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」のような時代である。しかし、岡本太郎は、ピカソをしっかりと見据えて、がんじがらめの故習に縛られたからこそ日本から前衛芸術を興すという宿願を持っていたのであった。あの太陽の塔に代表される作品群は、まさに岡本太郎の目と手と頭から生み出された独創のものであって、前になく後にない。
 本書の解説に、宗左近の手になる一文があるが、そこにあるように本書は「タローの青春」であった。以前に、斉藤孝がピカソについて書いた一文を読んだことがあって、そこにはピカソの夥しい作品数などをもって、その創作性が示されていたが、やはり岡本の文章には、そんな数のことは関係なく、作品のその力について語られているのであった。この本を読んでいなかったら、ピカソのことも知りえなかったし、岡本太郎もまた全く誤解をしていたところであった。年をとるほどに無知を知る、そんな機会にまた一つ恵まれてしまった。
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