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憲法9条が自衛隊を押し潰した――元陸将が説く“PKO部隊で嫌われる日本”

2017-06-14 14:09:16 | ニュースまとめ・総合
憲法9条が自衛隊を押し潰した――元陸将が説く“PKO部隊で嫌われる日本”



2017年6月14日 8時0分

デイリー新潮

■南スーダン撤退で「PKO」派遣ゼロ!「憲法9条」が自衛隊を押し潰した(上)

「日報問題」で大揺れとなった自衛隊の南スーダン「PKO」派遣。撤退完了で、日本は「派遣ゼロ」の事態に陥った。国際貢献を阻む元凶は、紛争の実情と乖離した、古びた「憲法9条」にあるのではないか――。現場を知悉(ちしつ)する元陸将・福山隆氏の「正論」である。

 ***

 今から20年ほど前。国連PKO部隊の司令部に派遣された幹部自衛官Aは、ある悩みを抱えていた。着任した各国将校は、部隊の実権を握るM参謀長(某国の大佐)に真っ先に挨拶に行くのが暗黙の了解事項になっていたのだが、彼は“筋金入りの日本嫌い”として悪名高かったのである。
南スーダンを訪問した稲田大臣(出典:防衛省ホームページ)

 Aも通例に漏れず、着任後ただちに挨拶に赴くも、取り次いですらもらえなかった。数日後、ようやく訪問を許されるが、「部屋に入った瞬間から嫌な雰囲気だった」という。奥の机で高級なオフィスチェアーにもたれかかったまま、人を見下したような態度で一瞥しただけで眼を合わせようともしない。「思った通りの嫌な男だ」とAは思った。普通は手前のソファーセットに案内するものなのだが、そんな素振りは一切ない。Aは仕方なくM参謀長の机の前で直立不動、「気を付け」の姿勢で挨拶することになった。

 M参謀長の日本嫌いには理由があった。それも立派な理由が……。

「日本隊は何かあると常に足を引っ張る。いざという時に役に立たないお荷物だ」

 というのが、彼の口癖だった。軍事組織として、当該PKO部隊でも不測事態対処訓練が定期的に行われるのだが、そのたびに自衛隊は「それはできません」「これもできません」「その状況なら撤退します」と答えたのだという。自衛隊の関係者はその都度、国内法の制約があることを丁寧に説明したというが、それらの説明を“正しく理解した”M参謀長は、「日本隊は使えない」という“正しい結論”に達していたのだ。

「撤収準備に来たのか?」

 横を向いたままの参謀長の最初のひと言だ(その頃、隣国で戦争が始まろうとしていたので本当にそう思ったのだそうだ)。Aがそれには答えず「先日着任した日本隊のAです」と自己紹介すると、参謀長は「お前の軍事経歴を言ってみろ」という。そこで初めて参謀長はAの目を見て「実戦の経歴を、な」と念を押した。日本の自衛隊が実戦経験などないことは百も承知の上での質問である。「なんとイヤミな……」とAは唇を噛み締めた。さすがに腹が立った。日本をここまで小馬鹿にするとは。「なめるなよ……」心の中で呟いてAは言い放った。

「俺は『地下鉄サリン事件』で対テロ戦の指揮を執った!」

 ハッタリである。実は、Aは事件発生当時、私の部下であり、私の命令の下に動いていたに過ぎない。しかし事件の教訓を自らの肥やしにしてきたAには、「指揮を執った」と宣言する資格はあっただろう。

 聞いた瞬間、M参謀長は豹変した。姿勢を正して立ち上がるや「本当か!?」と真剣な眼差しでAを見つめると、「座ってくれ」とソファーに案内した。隣国で戦争が始まろうとしている。しかもその国は化学兵器を保有していると囁かれていた。国連部隊は化学兵器を積んだミサイルの弾道下にあったが、それへの対処能力は殆どなかった。そこへ、世界史上稀な化学テロに対処した人物が(当然必要な装備や資材を持参して)来てくれたのだ。初めて“役に立つ日本隊”が来てくれたかと思ったのだった。
■“ものを言えない”自衛官

「日報問題」が引き金となり、南スーダンPKOからの撤退を決めた自衛隊。5月27日には、最後の第11次隊が帰国し、撤退が完了した。そこに至るまで、国会では「戦闘はあったのか、なかったのか」などという神学論争に明け暮れた。現地の部隊が“戦闘”と記した以上、単なる殺人事件やヤクザの抗争ではなく、武装兵力同士の壮絶な殺し合いがあったのは事実だろう。

 南スーダンに派遣された陸自隊員たちは、死と隣り合わせの危険な環境の中、国家の威信をかけ、懸命に任務を遂行していた。国会で日報問題が取り上げられて以降、彼らは、自らが置かれた厳しい環境を、客観的・正直に報告することをためらっていたはずだ。現実離れした論議を忖度して、ウソでもいいから政府の意向に沿った現地情報を出し続けていたことだろう。これが本当のシビリアンコントロールなのだろうか。

 自衛隊の任務などに関わる憲法上の矛盾は、何時も“ものを言えない”自衛官にしわ寄せが来て、現場が無理やり取り繕う羽目になる。栗栖弘臣・統合幕僚会議議長の「超法規発言」はその象徴的な出来事だった。1978年7月、週刊ポスト誌上で「現行の自衛隊法には穴があり、奇襲侵略を受けた場合、首相の防衛出動命令が出るまで動けない。第一線部隊指揮官が超法規的行動に出ることはありえる」と有事法制の早期整備を促した。これが政治問題化し、時の防衛庁長官・金丸信に事実上解任された。

 この5月23日にも、河野克俊・統合幕僚長が、首相の改憲発言を「非常にありがたい」と発言して問題となっている。立場上、許されないという批判もわからなくはないが、一方で、ほとんどの自衛官の「本音」であることは間違いない。

 日本の政治家は、二言目にはシビリアンコントロールというが、戦後70年以上も安全保障に関して政治的無作為を続け、シビリアンとして為すべきことを放棄してきたのではないか。
■隊員が容疑者に

 PKOは、国連による世界平和を維持するシステムである。紛争中の国家や武装集団が停戦合意に達した。しかし政情は不安定で、いつ交戦状態に戻るかわからない。そこに国連の軍隊が入って緩衝地帯を築き、再び戦争を起こさせないことが目的だ。主要な活動は、パトロール、休戦協定違反の防止などにある。

 1948年以来70年近い歴史を持つPKOに、日本は92年から参加している。参加は、①停戦合意の成立 ②紛争当事者の受け入れ同意 ③中立的立場の厳守 ④上記が守られない場合は撤収可能 ⑤最小限の武器使用の「5原則」を前提としている。

 これらからわかるように、伝統的なPKOの任務は停戦状態の維持にある。今でも政治家やマスコミは、これを前提に議論を行うことが少なくない。

 しかし、実は、現在、PKOの任務は一変している。きっかけは94年のルワンダ内戦だ。ルワンダでは、PKO部隊の目の前で数十万人もの無辜の市民が虐殺された。PKO部隊は何もできなかった。中立であるべき彼らにとって、虐殺を止めることは一方の紛争当事者に加担することとなり、そのための武器使用は「任務外」だったからだ。

 この悲劇から、PKOはその任務を「自らが交戦主体となることも厭わない住民保護」へと劇的に転換した。すなわち「PKO部隊は中立的立場を捨て、戦闘も行う」と宣言したのである。以後、コンゴPKOなどを筆頭に、この傾向は強まるばかりである。

 こうなれば、想定外の事態は起こりえるし、危険度は増す。従来の牧歌的なPKOを前提に行動を定められた日本の自衛隊との間に“ゆがみ”が生まれた。

 例えば、PKOに参加した自衛隊員が人を殺めた場合だ。仮に、自衛隊員が戦闘に巻き込まれ、自衛、あるいは任務遂行のために発砲した銃弾が民間人に当たって相手が死んでしまったとする。こうした場合、PKO部隊の兵士はそれぞれの派遣国の軍法会議によって裁かれることになっている。隊員の行為が適切だったか否かは、日本自身が裁くほかない。

 ところが、そもそも日本国には「軍隊」が存在しないため、当然、軍法も軍法会議も存在しない。では、日本がこの自衛隊員を裁く時、適用される法律は何か。究極的には刑法199条の「殺人罪」しかないのである。

 憲法9条により交戦権を否定している日本では、専守防衛以外で、自衛隊員が任務のために人を殺傷する事態をまったく想定していないのだ。にもかかわらず、いまや交戦権の主体となることを宣言しているPKOに自衛隊を参加させている。この矛盾は、現場の隊員が個人で背負うことになる。国家の命令で危険地帯に派遣され、任務上で過失を犯しても国は守ってくれない。それどころか、いざとなれば、隊員個人が容疑者として裁判にかけられかねないのである。こんな不条理な話があるのだろうか。
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