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何度でも言う「国の借金1000兆円」のウソ。財務省も劣化したものだ 「教育投資」をめぐる不可解な議論

2017-05-15 11:30:31 | ニュースまとめ・総合
何度でも言う「国の借金1000兆円」のウソ。財務省も劣化したものだ 「教育投資」をめぐる不可解な議論



2017年5月15日 7時0分

現代ビジネス

■自民党チームの前で話したこと

5月10日、自民党・教育再生本部の恒久的な教育財源確保に関する特命チーム (馳浩前文部科学相・主査)に呼ばれたので、筆者はここで教育投資の話をした。

5月3日、安倍首相が憲法改正の例として教育無償化を取り上げたことで、特命チームの馳浩主査は「具体的な検討を急ぐ」といっていた。6月に球出しがなされる政府の骨太方針に、この教育無償化を入れ込みたいようだった。

自民党の特命チームには、文科省と財務省の官僚も傍聴にきていて、議論をフォローしていた。

筆者と同じ日に呼ばれたのは、財政学の佐藤主光教授(一橋大)であった。財務省の財政審委員と税調委員を兼務している。両者を兼務している学者やマスコミは多くない。財務省が最も信頼度する典型的な”御用学者”といってもいいだろう。

そうした人の意見は、財務省の意見そのものであり、その意味で、筆者のカウンターパートナーとしてふさわしい人だった。

それと、興味深いことに、同じ10日に財務省でも「財政審」が開催されていた。

筆者が10日に話した内容は、基本的には、5月1日付け本コラム(「やっぱり『教育の無償化』は、国債発行で賄うのが正解だ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51630)と同じである。筆者の勤務している大学のサイトにも、要旨(http://www.kaetsu.ac.jp/faculty/graduate/gd_letter_teacher_55.html)と提出した資料の全文(http://www.kaetsu.ac.jp/wp-content/uploads/2017/05/95dc1193dd4d984943c142f3e9a2af6b.pdf)を掲載しているので、興味のある方はご覧いただきたい。

筆者の話のポイントは、「教育は投資」ということだ。

もちろん、投資として考えられるという理由は、費用対効果で考えた時に、効果が費用を上回っているからだ。教育には外部性(投資効果が投資者だけでなく、社会全体にも広がる)があるから、公的投資が要請されているわけだ。これは財政学の基本の基本である。

佐藤教授は、教育が投資であることについては認めた。その上で、それを国債で賄う必要がわからないと発言した。財政学者は、しばしば国債を悪とみて、税金で支出を賄うべきだという。佐藤教授も、財政学者が陥る「国債は悪」のワナに嵌まったようだ。

投資が費用対効果で見劣りしていれば、国債で賄うのは問題にもなろう。しかし、教育が優良な投資であれば、将来収益が期待できるので、国債償還に困ることはなく、国債で資金調達するのが「最適解」になる。

これは、民間企業で投資のための経費(投資性経費)を経常経費で賄わずに、借入で賄うことと同じである。もし、投資性経費を借入によらない場合、人件費などが圧迫されて、まともな企業経営ができなくなってしまう。これは国家経営でも同じなので、投資性経費には建設国債をあてることが財政法上も認められている。

佐藤教授が、国債ではなく税にこだわるのは、日本の財政事情が悪いからだ、という。佐藤教授も指摘していたが、この点は筆者の考え方とまったく異なる。

本コラムの読者であれば、筆者が、財政状況を「統合政府」のバランスシートでみており、その観点から「いまの日本の財政状況に大きな問題がない」と主張していることをご存じだろう。

なお、先日来日したノーベル賞学者のスティグリッツ氏も、統合政府で債務を考えよと主張しており、筆者の結論とほぼ同じであった。
■筆者がよく言う冗談

実は、統合政府の考え方は、古くから経済学にあった。

今から20年以上前であるが、筆者が大蔵省にいたとき、どうしてバランスシートの右の債務だけをみているのか、さらに、なぜ日銀を含む政府の「連結子会社」を含めて考えないのか疑問に持ったので、筆者は統合政府のバランスシートを作った。

仕事でこれをやるには口実が必要だったが、政府全体のALM(資産負債総合管理)を把握するためと言って、この口実の下にさらに連結対象子会社のバランスシートを正確に測定する財務管理手法も同時に開発した。これらは今でも財務省内でシステム化されているはずだ。

いずれにしても、日本の財務状況が悪いなら、なぜ国債暴落が起こらず、「有事の円買い」なんて現象になるかを説明できない。

これまで、財政危機・国債暴落論者は、消費増税しないと国債暴落するなど、数々の予言を行ってきたが的中せず、事態はまったく逆になっている。いい加減に間違いを認めたほうがいいと思うが、相変わらず、財政危機の連呼である。

大型連休中の月曜日、長期国債の売買が成立せず、値がつかなったことが話題になった。それに対して、財政危機・国債暴落論者が、「日本の政府債務比率が限界である」と自説を展開し、再び国債暴落論を言っていた。

まず国債の残高状況を確認しておこう。

財務省が3ヵ月ごとに公表している国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(2016年12月末現在)によれば、内国債929兆円、借入金54兆円、政府短期証券83兆円で合計1066兆円となっている。

このうち市場で取引されているのは、内国債のうち普通国債826兆円、財投債94兆円、政府短期証券83兆円の合計1003兆円である。これが世に言われる「国の借金1000兆円」である。

この保有者について、日銀の公表している資金循環勘定から推測すると、日銀410兆円、銀行200兆円、保険会社230兆円、公的年金50兆円、海外部門100兆円、その他10兆円程度である。

保険会社、公的年金の計280兆円はポートフォリオ構成上なかなか売却できない。銀行が保有している200兆円も、銀行の流動性を確保するためにも売却は困難になっている。ということは、海外部門の100兆円くらいしか売買に応じるところはない。つまり、現在は「国債品不足」なのだ。

こうした国債品不足の中、連休中に国債売買の取引量が減って、BBといわれる日本相互証券経由の取引がなかっただけだ。それをもって「国債暴落」とは、あまりに短絡的である。

下村博文・元文科相は、教育を未来投資ととらえ、教育国債の発行に賛成の立場であり、教育予算をうまく執行するためには、年間2兆円程度の教育国債の発行が必要としていた。

これに対して、筆者は、その程度の少額発行なら、発行しても瞬間蒸発になるほど、今の国債市場は「国債品不足」になっていると指摘した。これも、統合政府でみれば、財政再建が終わっているという筆者の認識と整合的である。

佐藤教授は、面白ことに「統合政府」の考え方を認めるといっていた。であれば、なぜ財政状況が悪いと思うのかつじつまが合わなくなる。

筆者は冗談をよくいう。10日付けの日経新聞に、国民一人当たりの借金という記事がある(http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS10H41_Q7A510C1EE8000/)が、日本経済新聞社でこれと同じ計算をすると、日経社員の一人当たり借金は1億円になり、国の数字はたいしたことない、となる。

佐藤教授も、こうした財務省による数字のトリックに騙されてはいないだろうか。
■それはさすがにトンチンカンです!

同じ日に行われた財政審の資料は、後日確認した(http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia290510/01.pdf)。

その一つのポイントになるのは、12ページ目の記述である。

「少子化の進展もあり、学生一人あたりの教育向け財政支出(対GDP比)はOECD平均を超えている。一方、国民負担率や租税負担率はOECD平均よりも低く、「低負担の中、国際的にみて遜色ない教育支出の水準」といえるのではないか。

そうした現状において、今後、どの教育段階へ財政支出を振り向けるのが高い費用対効果が得られるのか等コスト・ベネフィット分析を行い、その上で優先順位をつける必要があるのではないか。」

財政審はOECD平均を超えている、というが、実際はほぼ平均程度である。これは、「教育支出を出したければ増税しろ」といわんばかりの資料である。

安倍首相が教育無償化を憲法改正事項に掲げようとしても、財源を考えるのでなく、増税指向で進めようというのは、さすが財務省である。佐藤教授も、「教育が投資であっても財源は税」というトンチンカンをいわざるを得ないのは、本家財務省が増税指向だからだ。

筆者の資料の中には、OECDが作った、高等教育に関する私的B/Cと公的B/Cの数字がある。

それをみると、私的な便益コスト比(B/C。費用に対して得られる便益の割合)と公的な便益コスト比を見ると、ほとんどの国で、私的な便益コスト比のほうが公的な便益コスト比より大きい。

ところが、一国だけまったく逆に、はるかに公的な便益コスト比のほうが大きい国がある。日本だ。

これほど、公的な便益コスト比が大きいのであれば、日本は高等教育に公的資金をどんどん投入すべきなのである。
■昔の財務省なら、こんなことはあり得なかった

それでも、財務審の資料でも教育国債は批判されている。23ページにあるので、みてみよう。

「教育支出を拡充する場合、その財源は、まずは無駄な歳出を削減することで捻出していくべきだが、それを超えた社会要請がある場合は、幅広い世代・社会全体で支えるという観点から、様々な税制(タックス・ミックス)を中心とした次世代に対して責任のある恒久的な財源を検討する必要があるのではないか。

『教育は無形の社会的資産である』『教育は投資効果があるので回収可能』といったロジックで教育支出の財源を国債に求めることについて、そうした国債は赤字国債と変わらず、問題が大きいのではないか。」

佐藤教授と同じように、財源は税しか考えていない。

社会全体が得られる便益がコストより高い投資であれば、便益が及ぶ世代から費用を賄う方が、課税より優れてるのは、財政学では当然の話である。それを財務省が否定するとはあきれるばかりだ。

ちなみに、後段の無形資産に関する話は、従来財務省が言っていたことと矛盾する。これは、2016年10月10日付け本コラム「日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49906)に書いてある財務省の財政法のコンメンタールである。

2016年8月に五訂版が出された小村武・元大蔵事務次官による『予算と財政法』(新日本法規)の99ページには、

「無形の資産と観念し得るものについては、後世代に相応の負担を求めるという観点から公債対象経費とすることについて妥当性があるものと考えられる」

と書かれている。これは市販されているものだが、もともと省内のコンメンタールであり、財務省官僚の考え方といってもいいものだ。それが、この半年超で変わってしまったのだろうか。

また、リフレ政策の元祖である高橋是清もかつて、

「我邦の如き日清日露の事件に因りまして、不生産的な公債を償還いたしますることが必要であります…生産的公債でありますれば、その事業経営によりまして自然に元利を償還することとなりますので、此種の公債の増加は国の信用に関係することが極めて少ないと考えます」

と述べている。

教育は外部性のある無形資産への投資といえる。これを赤字国債と同じと考えるとは、今の財務省の考え方も地に落ちたモノだ。

『予算と財政法』などは、最近改訂したので、従来の財務省であれば、内容をチェックして、不都合ならしれっと変えていたものだ。それがなされていないということは、ここにきて明らかに劣化している、ということだろう。
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