桐生スバル☆座

映画好きの座長が大衆芝居の劇場を始めました。 http://ozuyasu88.sakura.ne.jp 桐生スバル座

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プレスリー替歌ブログ1時間後に「スコラ・ロックの誕生」をNHK放映

2011年11月27日 | OZUの謡uta・・・今月
 さてさて、座長ら団塊世代を「自己批判」させようと昨晩ブログした1時間後に、NHK教育テレビで「schola(スコラ)坂本龍一 音楽の学校」が放映され、4回にわたって「ロック誕生、エルビス衝撃・・」が予定されてるとの事、それは座長の「介護苦ロック」替歌を協賛したものなのだろうか?(冗談)
         
 A)座長がロックを耳にしたのは、阿武隈山中の庭先でラジオから流れ出た雑音らしきエルビスメロデイが初めてであった。東京からはるか遠方なので、常にウェ~ブする雑音の中からエルビスの曲を聴いたのである。(あの頃はSD46というゲルマニューム鉱石を郵便で取り寄せてラジオを自作するのが流行っていた)
 その後は順調にロック歴史の進展が進み、高校時代にはビートルズの大流行で・・学園祭でギターと共に怒鳴りあげる友人達を羨ましく観てたものだ。

(B)そんなロックに乗って団塊世代は社会への反逆運動に入るのだが、見栄えは派手だが中身無の運動だったのだろう・・彼らの多くは会社社会へスンナリと順応していき、やがて、バブル景気の主戦力と成るまでに猛進し、崩壊後の「失われた20年」ではその無能力さを露呈したのだ。

(C)座長は、十数年後に飯田橋駅近くに在った「飯田橋佳作座」で「ウッドストック」記録映画の再放映を見たのだが、スクリーン外人達の本物性・創造性を再認識したし、なによりも場内前席の観客が映写中に風船を多数突き上げて遊んでいた事が、ニホン団塊世代の空虚さを象徴してたのかもしれない。

(D)その「ウッドストック」が開かれた5年後に、座長故郷の福島県、その郡山市開成山公園で開かれたのが、日本初のロックイベント「ワン・ステップ・フェスティバルー1974/8」である。保守的な地域なのにナゼ??と今でも疑問なのだが、結局「ワン・ステップ」ならずして311の原発被災を迎えてしまった。 「30年ステップ」でなければ福島は元に戻らない状況なのだ。

   参考WEB;音楽都市・郡山 ←クリック
    「ワン・ステップ・フェスティバル」の再現で震災復興 ←クリック     


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