桐生スバル☆座

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臓器移植・・・Donorはどな~た?  「今月の謡uta」

2010年10月06日 | OZUの謡uta・・・今月
 さてさて、姉妹ページのOZUの声(http://ozunokoe.sakura.tv)に載せた座長の戯れ歌10月号を
紹介する。

 7年前に創った臓器移植の替歌であるが、元詞に魅入られて「アシュラー阿修羅」の語句を挿入してしまった。
臓器移植と阿修羅・・その意味付け、整合性を如何にするか?下記のコメントで御納得頂けるか解らないが・・・

               


H22/10/05  Utatteru #003   
     Donorは どな~た?   
       元曲: 雨降りお月 作曲: 中山晋平 元詞; 野口雨情    

  移植をしなけりゃ 生きられぬ  
  ・・・・・・・・・・・・
     移植の臓器が うずき出す


 その当時、臓器移植法は無力な法律-脳死状態の本人から了解を得なければならない-であったので、
移植患者は、テレビ知識人のキレイ事や宗教家のシタリ顔に屈して死を待つか、あるいは、
大金を用意して外国移植に希望を託す事となった。
 このように自ら解決できない日本人達(戦前の16年戦争、バブル後の社会低迷、の例がある)に対して、
今回は「外圧ー自国民移植の推進」による法律改正が強いられたのである。
その結果、短期間に14例の臓器移植が行われたが、大きな反論もなくので国民的合意に近づきつつ
あるのではないかと思われる。

 さて、明治維新時には、阿修羅の如く動いたサムライによって自力解決した例もあるのだが、
    今後起こるであろう諸問題に平成縄文日本人はどのように対応するのであろうか??

ブログコメント11(10/10/06)
 上記問題は、不謹慎ながら・・・死刑制度の存続論議に関連する。
脳死状態の患者に罪はないものの、以前の法律では残された親族には「生か、死か」のツライ判断を求められていた。それが7月の法改正によって、患者自身の「生前の意志」が尊重される事態となり、患者関係者すべての
心理的負担を軽減する事が出来たのである。
  註)推定同意の原則で移植法律を整備した欧米では、多くの国民が
    脳死=臓器移植を受け入れている。

 さて、民主党の前法務大臣千葉景子は、自らの署名による死刑挙行を実際に視察したり、
その現場を日マスコミに公開したりして、「死刑反対の風」を全国的に広めようとした。新裁判官制下の
個個人に「生か、死か」の風をテレビの小窓から吹き付ける法匪的作戦であった。
 しかしながら、先人達は、「阿修羅」の心で死刑を選択する何者かの存在を容認することで、事件被害者、
関係者の心情を慰撫してきたのである。
   註)なお 座長は栃木リンチ殺人事件の復讐劇を舞台で演じようとしている。


 


  

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