桐生スバル☆座

映画好きの座長が大衆芝居の劇場を始めました。 http://ozuyasu88.sakura.ne.jp 桐生スバル座

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天狗の輪行その9・・小林宿にて幕末三大行軍(天狗・相楽・榎本)を想う

2011年01月13日 | 天狗の輪行
 さてさて、座長は東武鉄道を北上して再び今市に至り、二宮尊徳神社を再び参拝して、
ソ~ダ!!替え歌「二親金治郎」を今月の謡uta(←クリック)としてWEBしようと決めた(後記)。

             

 さて、元治元年11月6日、日光鬼怒川を渡河した水戸天狗党は今市市小林宿に宿泊する。翌日は日光廟をはるか
遠くから参拝して鹿沼宿へと旅立つのであるが、如何なる気持ちでこの山並み(写真)を拝したしたのであろうか・・・と
冷たい風に身をさらして想像する。
 天子様への誓願で満ち満ちた状態であった彼らの胸中に、疑うことなく水戸家出身の鳩ポッポ慶喜(当時、天子の
禁裏御守衛総督)への甘え心を浸透させてしまった事が・・・・この行軍をより悲劇的にしてしまったようだ。

 座長が悲劇的とする幕末行軍は下記の三つ! である。
  (A)水戸天狗党西上の路:幕府のハラワタを横断切腹したかの如き自滅行軍
  (B)相楽総三ら赤報隊の中仙路:陰湿公家が策した欺瞞マニュフェストに翻弄され、
  (C)榎本武揚ら幕府海軍の蝦夷海路:第三の政権可能性を慶喜がつぶす。

 この時代に活動的であったのは、制約が少ない脱藩浪士と経済的に恵まれた郷士であるが、
     藩内抗争に憑かれた天狗党は脱藩扱いになっても徳川慶喜に望みを託して破滅し、
     江戸有数の富豪郷士であった小島四郎左衛門将満が起こした赤報隊争乱は結局薩摩藩・公家の掌中の
       将棋の駒でしかなかった。(実家が郷士であった映画監督はクロサワ・・・など多い!)
     もし、オランダ留学の開明サムライの榎本武揚が、鳩ポッポ慶喜の大阪城裏切り宣言を信ぜずに新鋭の
        幕府海軍を指揮し、LOOPY慶喜の(水戸~銚子~清水港)のワガママ移送に関与せずに
        新政府設立を早急に着手していたら・・・薩長の盗幕運動は別方向へと展開したのである。


H23/01/13  Utatteru#12    別サイト OZUの声(←クリック)から


   二親金次郎      元歌:二宮 金治郎   
                尋常小学唱歌  明治44年6月


  カラダを清めて 歯磨きさせて 
  ・・・・・・・・・・・・
    手本は二親金治郎
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