武の道へのこころざし

大道塾の横須賀・湘南支部の責任者が、日々の活動に関する出来事や想いを綴っていきます。

4月頃の稽古(辻堂)

2017年05月22日 | 幼少年部 稽古日誌
4月から5月頃の稽古を写真で紹介。

こちはら、辻堂の幼年部の稽古前の風景。


稽古前は、施設内の掃除と片づけを皆で取り組みます。







ブロックの片づけと整理整頓は、毎度毎度の子供たちの仕事となっています。

この幼稚園の子供たちが遊びで使った後、ガタガタに崩れた形で積んであるブロックを、皆できれいに片づけます。

これは自分たちのの仕事だとばかりに、私が何も言わなくても当たり前のように取り掛かっていきます。



そしてこの掃除と片づけが、稽古が始まるギリギリの時間まで続きます。






しかしみな、こうした作業を嫌がるわけではなく、当たり前のように、ちょっとおふざけをしながらも懸命に取り組みます。



この、“ちょっとしたおふざけ”。そして、“当たり前のよう後片付け”。







これが大切。


自分で使ったわけではなく、これから利用させていただく施設は、神聖な“道場”として利用します。


当たり前の綺麗にして稽古を始め、当たり前にきれいにして稽古を終える。

そしてそうした行為を、稽古を含めて“楽しみながら”行うという事。


こうした日々の行動が、子供達の心の無意識の部分にどういう影響を与えるのかを考えていただきたいと考えています。






親が習い事で、


「成績を上げなければ意味がない!」とばかりに懸命になりすぎると、子供達の心にどういう影響を与えることになるのか。

「早く級や帯が上がらないと・・」、「何のために稽古をしているの?」、「あの子に抜かされてはだめだよ!」とばかりに子供を追い立てるのは、子供の為?

それとも大人である親の、自分の自尊心のため? それとも自分の価値観を子供に押し付けているだけ?





勝ち負け以上に大切なものを認識したり感じることが出来なければ、その子は目に見えるものにしか価値を見出せなくなるのではないかと危惧してしまいます。


自分の心が嬉しいを想う気持ち。楽しいと思う気持ち。心に元気が出ると思える身体の動かし方や人とのふれあい。人と一緒に活動することをうれしいと思える気持ち。人と協力することで、人から「ありがとう」「嬉しい」と思ってもらえる事を、うれしいと感じる気持ちを大切にすることは、何物にも代えがたい大切なものだと思います。

自分が人より抜きんでること。人に自慢する何かを手に入れること。自分が優越感に浸ることは、心を育てるものではなく、必ずしも子供の時代に必要な事ではないのではないか。

勝負事で競い合う中で、何をその心に育てるのか、ということを指導者自信が考えなければ、子供達はそのうちに、その場からどんどん離れていくことになるでしょう。







何よりも人から応援され、愛されるべき子供達に育ってもらいたいです。





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