雑記

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小説 山あいの町5

2016-10-06 21:59:56 | 小説 山あいの町



 始ちゃんに変わらないと言われるのは、嬉しくて寂しい。始ちゃんを意識したときから、私は大分変わったつもりだ。メイクだってするし、肌を白く保つように気をつけてる。体重だって、なんとか40キロ代をキープしてる。たまにオーバーするけれど。
 始ちゃんの口から変わらないって言葉が出る。それは、私の努力に気づいてないってことだ。それでも、私を今まで通りに見てくれてるってことでもある。意識してることがばれて、避けられるよりずっといい。
「始ちゃん、部活引退したんだよね?そろそろ受験モードなの?」
「まあそうなるかな。でも一応、都内の私立から部活で推薦貰ってる」
 その返事は、予想した通りのものだった。始ちゃんは短距離で、インハイに出るくらい速い。推薦がない方が不自然だ。
「始ちゃん、大学でも陸上続けられるんだ。おめでとう。ずっと頑張ってたもんねえ。中学に入ったらドンドン部活にのめり込んじゃって、私たちちょっと寂しかったんだよ?」
 私が少し目を伏せながら言うと、始ちゃんは笑った。
「なんだよそれ」
 こういう時間が、愛おしいと思う。始ちゃんが東京に行くなんて、大体分かっていた。それでもちゃんと聞いてしまうと、行ってしまうのだと実感する。私と始ちゃんが走り回ったこの町を、始ちゃんは出て行くのだ。
「東京なんて行って始ちゃん大丈夫?ちゃんとやれる?寂しくならない?」
 私がそういうと、始ちゃんがぷっと吹き出す。
「なんだよ、美穂ちゃんまで母さんみたいなこと言って。俺ってそんなに頼りなさそうに見える?」
「違うよ。ずっと一緒に居たから、東京にいる始ちゃんが想像できないってだけ。一人でスーパー行ったり、ゴミ捨てたり、家事したりしてる始ちゃんが想像できないの」
 始ちゃんは大きく伸びをする。
「そりゃあなあ、俺だって不安だよ。でもみんなそうやってるんだ。俺にできないってこともないだろ。向こうに住んで、一人暮らしして、どんな風になるか不安だよ。でも同じくらい楽しみだって思うよ」
「変わっちゃわない?大丈夫?東京は怖いところだよ?」
「心配しすぎ。十八年かけてこの性格になったんだ。そう簡単に変わんねえよ。向こう行ったって、学校行って走ることは変わんないしな」
 そう、始ちゃんは変わらない。いつだって始ちゃんは始ちゃんで、真剣に走って、始ちゃんは変わらない。ああ、好きだなあって思う。

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