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映画「四月の雪」・2

2006-02-06 00:02:19 | 映画
映画の内容に触れていきますので、これからご覧になる方はご注意ください。


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こんなシーンがあった。

インスとソヨンがそれぞれの伴侶に裏切られていたと知るきっかけになった交通事故。夫と妻が起こしたその事故の被害者が亡くなり、二人は一緒に車に乗って弔問に出かける。しかしまだ若い被害者の死に嘆く家族たちになじられ、髪をつかまれ、彼らは再び車で帰っていく。
 自分は何も罪を犯していないのに、裏切られ、心に傷を受けていたのは自分なのに、不倫の代償は逃げ場の無い自分に降りかかることに理不尽な怒りを感じたかもしれない。必死に内側でせき止めていた感情が、被害者の家族の悲しみに触れたことで溢れ出てしまったのだろう。ソヨンは道の端っこで、世界に向かって泣き声をあげた。悔しさ、悲しさ、激しい孤独感。ソヨンは叫ぶように泣いた。受け止めるものも無い、無限に広がる乾いた地の前で。風に声も吸い込まれ、彼女の嘆きは行き着く場所も帰る場所も無い彼女そのもののようだった。
 ただ、インスだけがその声の端っこを捉えていた。泣き叫ぶソヨンの横へためらいながらも彼はまっすぐやってきた。居たたまれない顔をして、彼女から距離を少し置いて、泣き止むまでただ立っていた。
 彼のほうが、先に知ったんだろうと思う。
 夫に裏切られていたことをわかっていたのに、夫は出張中だったと言い切った時。夫の相手の顔を見ようとしていた時。薬局で睡眠薬を買っていたとき。雨の中で真実を手渡すために待っていた時。そのときの彼女の気持ちは、自分とおんなじだったということ。裏切った妻とその相手の影として、彼らは冷えた心で対岸に立っていた。そう思っていたが、実は二人とも凍った川で一緒に立ち尽くしていただけなんだということ。だから彼は、酔っ払って泣いた夜に彼女の部屋に転がり込んだ。扉を開けてください、話をしましょうよ、と。
 先に泣いてしまった彼だけが、泣き叫ぶソヨンの気持ちを受け止められた。あの夜もしもインスが話すことが出来て、ソヨンがその彼を受け止めたとして、どうせ彼らは言葉でなんて語り合えなかった。こんなふうに泣くことだけが、共通のことばだった。

 薄く鋭い三日月が彼らを見下ろしていた。
 でも、私はこんな風に思った。
 あれは月ではなくて、あの暮れかかった空が、二人のことに目を閉じてしまったのだ。泣き叫ぶ女と見守る男の、どこへ続くかわからない道の端での姿に、そしてそれからの姿に、目蓋をそっと落として見ないふりをしたんじゃないか。

 そんな月に見えた。
 
 



2 コメント

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 (kimion20002000)
2006-02-06 02:43:56
TBありがとう。

とてもロマンチックな「三日月」の解釈です。感心しました。
kimion20002000さま (natsushirogiku)
2006-02-07 01:04:59
コメントありがとうございました。あのシーン、痛々しくてとても辛かったのですが、月が現れたときに少し救われた気がしました。それでこんな風に思ってしまったのです。一緒に見た友は「傷口のように痛い月」といい、まるで違う見方をしてました。面白いものですね。