なつピアノ教室

宮崎県宮崎市にあるピアノ教室
「なつピアノ教室」を主宰しています。
レッスンのことや、日々感じたことを綴っています。

兄の初盆

2016-08-17 02:15:06 | その他

 

なつピアノ教室♪ 滝沢奈津子です♪

 

兄が亡くなって、初めてのお盆でした。

 

兄は6年前48歳の時、クモ幕下出血で倒れ、

2ヵ月近く意識が戻りませんでしたが、

奇跡的に生還し、

記憶に障害があったものの、

話すことや歩くこともできるようになりました。

ただ、ここ数年、後遺症のてんかんを起こし、

度々入退院を繰り返し、

結局、54歳でした。

 無念です。

 

最初はなぜ兄が突然そんなことになってしまったのか、

本当にショックでした。

その後は希望、絶望の繰り返し。

ここ数年は特に、兄に会いに行っては気持ちが落ち込む日々でした。

また、兄の家族が県外在住のため、

入退院の手続きや、いろいろな管理などしていて、

物理的に大変なこともありました。

兄が抱えていたことをどうすればいいのかと、

弁護士さんに相談に行ったこともありました。

それでも、

生きていてくれるだけでいいと思っていました。

でも、兄自身はあれ以上長くなることは、辛すぎたかもしれません。

 

でも、兄はよく頑張ったと思います。

奇跡の生還から

鵜戸神宮のあの急な階段を登れるまでになったし、

最初に先生に、"会話はできるようになりません"と

言われましたが、一時期は冗談まで言っていました。

  

倒れる以前の兄は、

面倒見がよくて、多趣味で、やさしくて、寂しがりやでした。

冗談が好きで、いつも人を笑わせていました。

 

クモ幕下で倒れた時は、深夜だったにもかかわらず、

私たち家族が病院に駆け付けた時には、

すでに兄の友達が何人も来ていて、ビックリしました。

その後も次から次へと人が集まり、

病院の待合室に入りきれない程でした。

本当に友に恵まれた人でした。

 

まだ実感がないのですが、

友人が

「亡くなった人のことを忘れないで、時々思い出すことが

一番の供養だと思う。」と言っていました。

 

そういえば、

「なつピアノ教室」という名前を提案してくれたのは

兄でした。

教室を開く時、別の名前で名刺まで作っていたのですが、

兄の提案で替えました。

この名前にしてよかったと思っています。

 

 

古いアルバムから見つけた

兄が大好きだったワイキキビーチでの

貴重なツーショット写真です。

 

 

兄の生き方からいろいろ学びました。

そして、普通に暮らせること、健康であることのありがたみ、

病院や施設などのこと、いろいろ知りました。

人生はいつ終わるかわからないということを

身をもって教えてもらいました。 

 

 

兄がいなくなって、心細いし、寂しいし、

まだ解決できない問題も残っているし、

気持ちの整理がつかないこともあります。

 でも、気持ちを切り替えられるところは切り替えて、

日々を大切に、明るく前向きに生きていきたいと思います。

 

ずっと頑張ってきた兄。

心残りはあると思うけれど、

あちらでゆっくりしてほしいです。

 

 

  

 なつピアノ教室のホームページは こちら です。

 

 

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