ゆく川の流れはたえずして、

書かれてあることが虚構なのか事実なのか、真実なのか、ご判断はどうぞご自身で

個展のご案内

2011年02月04日 | 展示
お久しぶりです!
前回の投稿は「猛暑!猛暑!」だったのに、いまや「寒波!寒波!」
おかげさまで、ブリが安くて、今年はわが家でもブリにありつけましたよ

さて久々の個展のご案内です。

今回は水彩のみで構成しようと思います。
「紙に絵を描く」というシンプルな喜びに立ち戻れたら、
そしてそれで人を楽しませられたら、幸せです。

毎度朗読もチャレンジしますのでよろしければ気兼ねなくレセプションにご来場ください


田中奈津子個展「デコレーション」

会期:2011年2月8日(火) 〜 2月13日(日)
   11:00〜19:00(最終日〜18:00)
会場:アートスペース虹
   京都市東山区三条通神宮道東入ル東町247
   Tel.&Fax. 075-761-9238
   http://www.art-space-niji.com
   
レセプション:2月12日(土)17:30よりレセプション+作家による朗読を行います。

わたしはすべて、整頓し、測定し、表記し、記録し、計算し、推敲し、明確にして、伝達したのに、それでもあなたは足りない、って言ったのは、なんで?

だって、「そのほうがいいもん」


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八月二十八日の事後報告

2010年09月09日 | 文章
更新しなさすぎて、蜘蛛の巣はってるんちゃうか、っていうか住居をかまえた蜘蛛は嫁をもらい、子をもうけ、その子はちゃくちゃくと反抗期なども通過して、やっとお嫁にいきまして、さぁさぁ老後は二人で温泉のちかくにでも引っ越そうか、なんて思っていたら孫が生まれ、娘はたびたび協力を求めてくる、かわいい孫の八本足を見ていたら、無下にもできず、喜んで留まり面倒見てしまう始末、人生とは、いや蜘蛛生とは、つくづく他のためにあるものだなぁ・・・

なんて、蜘蛛の一生を書いてしまうくらいほっておいてしまいました

そして事後報告になってしまいました汗

8月28日に、立誠小学校にて、金岩幸也さんと音楽と朗読のイベントをしました!

あまりにもあまりにも、パソコンのキーを打つんが苦で、ここに告知するのさえ億劫なこの猛暑、話しかわるけどこの熱帯夜にこないだ「青いパパイヤの香り」を久々に見直してみたら、またっていうか、むしろ乗り越えてっていうか、感動がひとしおでしたよ

言い訳はこれくらいにしてちょっと報告だけしておきますね

演目

1 四条河原町 CAFE Ver.
2 箱庭1
3 ナイトクルージング
4 四条河原町 阪急 Ver.
5 コンステラ・ポッド
6 箱庭2
7 肥大
8 四条河原町 交差点 Ver.
9 私には良い弟と悪い弟がいます



↑DMです


↑会場風景(バックはHyonGyonの作品)

暑い中たくさんのお客さまに来ていただき、そして今回金岩さんと、曲と呼ぶのか、演目と呼ぶのか、なんと呼ぶのか分からないモノを一から作り上げた経験はわたしにとっては、とてもありがたく、そして自分を撹拌していくような感覚がありました。 クオリティやテクニカルでの至らなさや、そもそもの造形意思の甘さは痛感しました。次はソロでやるのか、どうなるかわかりませんがこの経験をふまえて、またあのゾクゾクする背筋を感じてみたいです。
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誤解

2010年05月04日 | 文章
わたしは背後で誤解が生成される音をたしかに聞きました

ちょうど体を前後半分に分けたとして、
後ろ半分に灰色の接着剤を塗られるここち、
前半分はいまこの理解の溶解液に浸りたい

さぁ進行するしかない時間のふしぎ


背後にぬりたくられた接着剤はこのさき、何を引っ付けていくのでしょうか?
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そのときのイルカのはなし

2010年04月23日 | 文章
関門海峡におもしろい水族館があって、海の真ん前、イルカのプールがある。
連日、海とその向こうの島を借景に、イルカたちのショーがくりひろげられる。

これはたしかそうであったお話

とある夏、日本の南側に位置することの運命、は、台風をつれてきた。
私の住んでいる地域では学校はお休みになり、二階で本を読んでいると、家がゆらりゆらり揺れているのを感じ、窓ガラスには雨粒が、水とは思えないような硬質な音をたててぶつかってくる。家がたおれてしまうんじゃないかしら、落ち着かない、から、一階で母とテレビを見ていた。
中継ではここよりももっとひどい暴風雨の映像で、なんだかこれくらいがまんしなきゃいけないような気分。それでも母は「そろそろ夕飯の準備しなきゃ」と昆布を浸すのでやはり女というのはすごいと思う。
昆布をいれたボウルの水には小さな波紋がでていた。

明くる日、学校に行って、友達と昨日の様子を報告しあっていると、どうも、向こう側の島の水族館のプールから、高波に揉まれてイルカが数匹海へ逃げ出したそうな

子どもだったから、笑ってすませて、また別の面白い話をしたと思う。

このあいだ酒の肴にその話をして、笑いもおこりその場は盛り上がったのだけれど、

話しながら、わたしの背後のスクリーンに、そのときのうねる波の様子や、吹きすさぶ風や、痛々しい雨や、イルカの運動と体躯、小さな目、に見えたであろうあたらしい世界と、そのうしろのプール・・・そんな画像が徐々に解像度を上げながら映し出され、今だってふとした瞬間に、畳の上でも上映されるのだから、こまる

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博多はよか街ばい

2010年04月07日 | 日記
京都オープンスタジオが終わり、「徹底的に鑑賞者になってやる!」気分満開になりまして、遁走してました。

金沢でオラファー・エリアソンや古九谷を見て、加賀料理や寿司を食し、
東京では六本木界隈のアートナイト(?)イベントにちょうどかち合って、
府中で国芳を楽しむという貴重な機会を得て、
昨年一年間、日本美術史を勉強しだしてからの、まとめとして国立博物館を鑑賞して
(いややっぱり当然だけど高校生の時に見た感じとは違うよね、あのときは他の国のことのように見えていたもの)
上野で桜の咲き初めを発見し、とっくり傾けてせいろ一枚、都現代美術館の帰りに月島で降りてもんじゃに挑戦。
京都についてもまたすぐに実家のある北九州へフェリーで。
刺身はスーパーのでじゅうぶんおいしいし、和布刈から桜の花びらが関門海峡へ舞っていくのをみまもりつつ、
なんだかやっと「じゅうぶん遊んだ」感が染みてきた。

いろいろ遊び、さまざまな都市の雰囲気に触れたなかで思うのはやっぱり、
「博多はよか町ばい」!!!
旅行が好きな方なので、東京以西の都市には結構行った方だと思うけれど、
どこよりも楽しくて開放的な街だと思う。そしてちゃんと田舎の空気も吹き抜けている。
血液型占いを妄信しているわけではないけれど、例えるならば「O型」の街だと思う。
その街に行けば誰もが楽しくなって、誰もがすこんと本音を漏らしてしまって、
まぁよか、飲みんしゃい、食べんしゃい、笑いんしゃい、今日は楽しいしきっと明日だって楽しくできるけん。
泣きたかったらすぐ玄界灘に行ったらよか、帰りに屋台でラーメン食らったらよか。

暗く内省的になりがちなわたしにとって、博多という街はなんだか「チャラい」かった。
けども30代にさしかかる今日この頃思う、「博多はよか街ばい」



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「わん」

2010年03月17日 | 文章
その犬は生涯で一度だけ「わん」と吠えたそうだ
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この女

2010年03月03日 | 文章
なぜこの女が嫌いなのだろう?
なぜこの女に腹がたつのだろう?
なぜこの女が発した言葉にここまで感情が撹拌されるのだろう?
なぜこの女が振動させた空気によってこめかみの両側から圧迫される?
なぜつまりはこの女の身体とわたしの身体が関係をもつ?
そしてなぜ片方は異変する?誰かがそれを見下ろしている?


たくさん言い返したい言葉が頭の中に沸いて沸いて、表面張力なるけど、

そんなことよりもこのカラクリと、
それとは無関係に営業するスーパーと慈善行為と月の満ち欠けに跳ねるウサギ
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久しぶりに

2010年02月16日 | 日記
京都オープンスタジオの桂スタジオの会期が無事終了しました。

たくさんの方にご来場いただき、またライトスタジオさんでのイベントに
朗読で参加させていただき、文字通り有り難い経験をさせていただきました。
普段ひとりでああでもないこうでもない、とやっていることに、仲間がいたんだな、と今さらながら気付かされた貴重な経験でした。

しかしまぁ一月末から制作やら入試やら搬入やらでめまぐるしく日々を送り、食事や睡眠が後回しになっていて、だいだいあんまし家にいなかったし、さらに朗読の練習で呼吸のしかたを変に制限したせいなのか、普段に戻った今日、
おうちの空気になじめません
まるで水を入れ替えられたばかりの金魚鉢

いったいどういうことがおこっていったいどういうふうにじぶんがいたのか
そしていったいこれがなににつながっていくのだろうか

久しぶりに上桂湯に行って考えよう

(と、いって、銭湯でなにか解決をした試しがない)

ともあれ、手伝ってくれた方、応援してくれた方、見に来てくれた方、そうじゃない方も、ありがとうございました


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京都オープンスタジオ2010

2010年01月21日 | 展示
参加します。
京都市立芸大の卒業制作展とあわせてごらんいただければ幸いです。

Macを買い替えてからいろいろな局面で、今まで通りとはいかないよ的なハプニングがあり、泣きそうです。誰かがたすけてくれればいいのに、と、ものすごく根本的な文章を本気で思ってしまいました。年齢とともに修飾も婉曲も抽象化も上手にはなるケド、根本的な文章の組み立ては変わらないのかもしれないし、や、もしかしたら修飾云々のほうが重要な意味をもつようになるのかもしれないし、

話はそれたけど、はじめて、safariでみたら自分のHPの作品紹介ページが真っ黒でした。
わたしのこころも真っ黒です。
下手したらソフト自体あかん可能性もあるから根本からやりなおし・・・?
誰かがたすけてくれればいいのに

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「京都オープンスタジオ2010」
会期:2010年2月10日(水)〜2月28日(日)(この期間内での開催ですが、各会場によって会期が異なります。)
開催地:京都市内各所(桂、太秦、伏見、東福寺、二条)
開場時間:各会場によって異なる
レセプション:オープニング 2月13日(土) 18:00〜21:00 @凸倉庫
       クロージング2月27日(土)18:00〜21:00 @GURA

参加予定スタジオ/アーティスト
「AAS」田中英行
「うんとこスタジオ」鈴木宏樹、谷澤紗和子、+今村僚佑
「桂スタジオ」黒川彰宣、柴田主馬、塩崎優、田中奈津子、岡田真希人、村上滋郎、
       風能奈々、水田寛
「兼文堂スタジオ」村田宗一郎、+竹内公太
「GURA」八雄/畑昴太、田中良、宮永亮、貴志真生也、河野如華、楠本真理
「凸倉庫」安藤隆一郎、内山泰義、公庄直樹、羽川信司、松田啓佑
     +稲垣萌子、乾奈々子、高野友佳理、草地来明
「豆ハウス」色山ユキ江、芳木麻里絵
「ライトスタジオ」新道牧人、谷友理子、中井萌、森田麻祐子、REM SKETCH

主催:京都オープンスタジオ実行委員会
協賛:ターナー色彩株式会社
協力:株式会社プライム
お問い合わせ:京都オープンスタジオ実行委員会
mail : kyoto.openstudio@gmail.com
web : http://kyoto-openstudio.com


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告知ほか

2009年12月11日 | 展示
長いこと更新してませんでした

おもえばここ数ヶ月、中古で購入して八年を共にしたPowerMacG4のやむなき買い替えにはじまり、
グループ展の準備、家(賃貸)の工事にともなう一時的な引っ越し、期末の採点業務、年末ジャンボ(!?)と
現在にいたるまで、為すべきこと山積みの日々を送っていました。
そのせいでせっかくの展覧会の告知がおくれてしまいました。下に記しておきますのでどうかお近くをお通りの際はよろしくお願いいたします。
あ、あと短期的に100メートルほど離れたところに引っ越していて、ネット環境下におりません。
もし急を要する連絡などございましたら携帯の方にご連絡よろしくお願いいたします。もうすぐ帰るはずですが。

引っ越し先は古い家を改装したもので、微妙に数寄屋造りのエッセンスが残っていたりする。
実利を目的としない、遊びのようなもの、が建築という硬質な空間に密やかに息をしていて、
舟底天井のした、わたしは時間からも地面からも自由になってすやすやと眠る。

「プレゼント・スピリット」
2009年12月3日(木)〜23日(水)

営業時間:12:00-19:00(月曜日休廊)
日曜日、最終日は17:00まで

<参加作家>

上村亮太

岡林真由子

田中奈津子

成山亜衣

濱野裕理

at ギャラリーモーニング

http://gallerymorning.blogspot.com
http://gallerymorningkyoto.com/diary/pg136.html
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彼の記憶

2009年10月16日 | 文章
四辺のすみを折り返して、
裏側にひっついている不透明な鼠色の粉、が指の脂分にくっつく、
ことも、気にならなくなって、
日々は両サイドを吹き抜けていく

思いついたなら、
ジャスコで教育用折り紙を買って、
小さく、小さく、出来るところまで、折り畳んでいく

長方形と正方形を繰り返し、繰り返す
めくるめく転身と復帰、は交響曲のようで…



最後には、紙から、正方形を長方形に戻そうと、運動して

その運動にすら、抵抗を感じなくなったとき
補色は喪われ
輪郭線も書き消され
影もなくなり

かくて残された

色調のみの身体に

注がれる欲求や発酵する体臭や生えかわる頭髪や排出する水分たちの現象も空しく

称讚も罵倒も空しく

いつしか耳は聞こえなくなって
鼻はもげて
手足は関節ではずれ
そのいきおいで爪を紛失し、
声は枯れ毛穴は潰れ、瞳だけがのこった

ただ見ることだけできた

ただ見ることだけできた

彼の記憶

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僕は毎日スーパーへ行く

2009年09月09日 | 文章
僕は毎日スーパーへ行く

買うものがあるわけでもなく
ほしいものがあるわけでもなく
フードコートにも、雑貨にも用があるわけでもなく

僕は毎日スーパーへ行く

野菜や、パックされた肉、さかな、
お湯に溶かしたり、あたためたり、
冷凍保存された食品、
プラスチックのケース、電化製品、
合成樹脂、アクリル、パラジクロロベンゼン、香料、乾燥剤、醸造アルコール、クエン酸、
ライトアップされた化粧品売り場、
ペットフード、おむつ、合皮バッグ、食器、調理具、容器、
紳士、婦人服、下着、
スニーカー、サンダル、長靴

まだ誰のものでもないものたち

パルテルカラーのジャージの女子たちの会話、
日よけの手袋をした女性、白いキャップの男性、
カートに寄りかかりながら歩いていく老人、
久し振りのあいさつ、理不尽な罵声、さりげないいたわりと陰口、

僕は毎日スーパーへ行く

ものが選択され、ひとつの空白を生み、またそれが満たされていく秩序の、
目撃者となる、監視者となる、傍観者となる

僕は毎日スーパーへ行く

人びとがどのように、いかように、その選択をし、所有をしていく過程の、
翻訳者となる、弁護士となる、傍聴者となる

もうすぐ、
執り行われる会議で、
僕は、
これらすべての目撃と聴取の
証言をするんだ

僕は、
毎日、
スーパーへ、
行く



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ゲーム

2009年07月25日 | 文章
豪雨の昼下がり 
「残像を配置してゲームしよう」

立方体の室内、まったく中心におかれたゲーム盤

肩膝をたてるあなたと両脚を抱え込むわたし
片手を頬にそえる先手と腕を組む後手
目を瞑り考え込む上座と見つめながら顎をゆらす下座

コマの配置と移動のごとに撹拌される世界、
陸地と海の配分や、雲の流れ、風の方向、月日

       「よ         ろしく         」
         「いな      くなっ      てしま いたい」
                       「傷 つける      ほうがもっとつらい」
        「の、     方向    で考  えています」
                 「恥ず かしいで     す」「なん           でそんなんゆうん」
「もっ と人の   こと を考         え なさい」「都合 良く妄想し ない               で下さ   い」
「そ                       れ、臭    い」

発言たちも歴史から切り離されて縦横無尽に鳴っている
両耳×2を塞ぎたくなっても
           それらは容易に体内をもすり抜けていく

中くらいの猫が駆け抜けて一瞬ふりかえった

奪い取ったコマを再配置する 過去の組み替えして戦闘態勢とろう
それは未来へのアレだから、現在の組み替えして戦闘態勢とろう
こんなのは私の過去じゃないなら、未来の組み替えして戦闘態勢とろう

漲る戦意、もはや対象すらうずの中

すでに関係や位置や前後や時間といったもの達も次々に意味を喪失して、
それらを白と黒に色分けして、並べていけば鍵盤が出来上がり、
鍵盤は次々に延長されていくのだからオクターヴは永遠に鳴り響く

天井になぜかあった蛇口を誰かがひねった
途端、ゴウゴウと冷たい水がしぶき、それは重力を無視して拡散し、停止せず、拡散を連続した 無数の虹が走り、いよいよ色彩さえ狂乱するそんな室内のなか、

コマを任意の位置へ配置していく 
その指だけはたしかに、たしかにそこにあった



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ある七月の日

2009年07月23日 | 不景気に於ける休日の過ごし方
早起きをしてプランターで栽培しているミニトマトを5粒収穫。
そのまま口にいれる。まじめにお日様とおつき合いしたから、皮が厚くって、甘みは全身に広がっていく。

Tシャツと綿のパンツ、日よけの手袋とサンバイザー(ホームセンターで購入)を装着、近くの神社で汲んだ地下水をペットボトルで凍らせたものを持って、
自転車に乗る。

花園の法金剛院 
浄土式庭園に無数の蓮、アジサイ
そこまで観光化されていないのがいい 
歴史的な美と、日常の美のバランスが上手い 

蓮の実をほじくりかえしたくてたまらなくなる
見ているだけで、いてもたってもいられなくなって、もぎとったり、爪で押したりしたくなるものが世の中に沢山ある 

藤原時代の釈迦如来像を初めて見る
なんというか、危機感の全くない感じ
豊かだからできる表現の有り様にぼーっとする

厨子入十一面観音座像の、計算されているとしか思えない自然光によるライティングと、繊細できらびやかな金の装飾、この世を斜めから見下ろすような表情にドキリとする

400yen

御室をぬける途中、オムロン発祥の地を発見

仁和寺
御室桜の葉がいきいきとしていた。春をちょっと思う。

御殿500yen(たしか)
砂の庭、池の庭、いくつかの書院を抜けて霊明殿というところにちょこんと、
秘密のはずのちっさい仏像が、座っていた。
日々のうれしいかなしいや、卑怯や逆恨みや、ご恩や奉公や、そんな流れから取り残されたような、いや、それらを取り残したような、座り方だった。

お腹が空いたら天神川を下って御池で左折、少し北へいくとラーメン「杉千代」。
背脂しょうゆでしっかりした味、ベトベトしてなくていい。麺はかためで。
ねぎを追加すると茶碗に大盛りで出してくれる。
適度におしゃれな木の内装と適度な接客。
ビールも飲んだら1000yenちょっと。

嵐電と追いかけっこしながら、三条から太秦の方へ

広隆寺
さすがに少々バテ気味、講堂など横目に霊宝館へ直行
800yen(たしか)
「高い!」と文句言い合う 

がしかーし、自動ドアと冷房で快適な空間の中、四方に陳列された仏像群、
入ってすぐの国宝×12、重文×4、重文×2、太子、座像他、平安の陳列

価値判断が分からなくなったところで、正面の弥勒菩薩半跏像
ちがう、やっぱちがう、在り方がちがう、
や、他の陳列との比較とか、渡来だからとかそういうことではなく、
「美しい」を表現するために「違う」という言葉を用いなければならないような、
そんな存在。そりゃ国宝第一号なるわ、って思った瞬間、現実に戻ったような気がして、後ろを振りかえり、巨大な千手観音様に助けを求めるのだった。

唐三彩の仏像なんかも隅の方にあって、ツボだった。
「800yenは…価値あったね」

聖徳太子絡みの寺は、そのサイズといい、控えめな装飾といい、割と郊外にあるところといい、好みだなぁと思いながら、境内を散策する元気が復活した。

地蔵堂を覗くと…ビックリします。思わず叫びました。
ほんまに弘法大使が作ったんやとしたら、ものすごい奇才なんやわ

かえりに蚕ノ社のやしろ湯へ寄る
一日の汗と疲労をサウナで絞り出す。410yen

そんな一日、計3110yen
高いと思うか、安いと思うか、

お金で価値をはかってはならないなんて言説は抜きにして、

これだけ、歴史にも美術にも味覚にもアルコールにも銭湯にもどっぷり
浸かった一日のペイとしては、破格だと思うが、如何か



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不景気に於ける休日の過ごし方

2009年07月15日 | 不景気に於ける休日の過ごし方
景気がわるい、とみんながゆう
みんな景気がわるいとゆうから、一国民のわたしだって景気がわるい

おかげで、お金はないのに時間はある、という
頭の使い様によってはとても幸せな日が多い
頭の使い様によってはとても不幸せでもある

わたしは、多くの日本人がそうであるように、無宗教者であるから、
すぐに物事の判断を、お金に寄ろうとするし、他人ともそれを共有しようとする

一方でそれを、リンパ組織から嫌悪する

自己免疫を生成し続ける病気のようで、自分の身体を脱ぎ捨てたくなる

けれども、そういうわけにはいかないので、
どうやってこの状況で楽しんでいくか、体験しながら考えたい
これが休日の過ごし方シリーズです

いいかえれば、ローコストで贅沢な遊びをしてしまおう、ってことです

また後日
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