名取熊野老女物語

名取の熊野三社を開いた名取老女伝説について。

名取老女と慈覚大師

2017-07-10 | 名取老女伝説
熊野と慈覚大師は、繋がっています。
例えば、名取老女は「旭」とよばれた巫女なのですが、
岩沼で生まれたという。

「そもそも名取の老女と聞こえしは、即ちその郡岩沼の志賀の里に
旭といいし巫女なり」

(福島県伊達郡大聖寺縁起より)

その岩沼の志賀に天台宗の慈覚大師(円仁)が開いた古刹がある。
まだ調査中なので、詳細わかったらお伝えしますが、
東北地方には、慈覚大師開山のお寺がたくさんあります。

他にも、那智神社のある高舘麓に、秀麓齋というお寺があります。
奥州三十三観音の2番。
由縁によると、

「秀麓齋の寺号「齋」というのは全国でも珍しく、日本三齋の一つといわれ、
開創は延暦十七年(798年)征夷大将軍 坂上田村麻呂が
奥州に蝦夷平定の軍を進めるにあたり戦勝と天下泰平を祈願するため、
信仰する西国清水寺の観世音をこの地に勧請したことに始まる。」




比叡山伝教大師の法子 義 法師を開祖とされ、
天台宗に属し、大阪、四天王寺の末寺となったと。
その庇護をうけ末寺数十ヵ寺を有し最も栄えたが、藤原氏滅亡後は天台宗自体が衰退していった。
後、 室町期文明年間(1469~1486)天台宗を曹洞宗に改宗した。

天台宗と関係する名取老女の熊野信仰は、
詳しく調べてみると、岩手県にもルーツがある。
「旭神子」とよばれた巫女は、天台宗によって広まったと考えられるのですが、
奥州三十三観音の始まりが円仁によるとされる話が多いが、名取老女の観音開基との由来が重なっている。

奥州三十三観音の始まりは、名取老女の高舘からでした。
札所1番は、紹楽寺(じゅうがくじ)。
十一面観音像。
こちらの観音像が、名取に閖上がった十一面観音と伝わる。
閖上の地名由来の観音様。

このお寺には、仙台の地名由来となった千体の観音菩薩が奉納されていました。

「伊達家仙台藩祖 政宗公慶長二年より翌春3月迄滞留し、
開基尚宗公 稙宗公三十三回忌、晴宗公二十一回忌を営み、供養の為、
千体菩薩を奉納する。政宗公慶長六年(1601年)6月6日青葉城に入城。」




阿蘇氏と名取老女------------------------------------------------

また、前回の話で、名取の地名由来がありました、
もうひとつ、名取の由来が、耳取(ヌミトリ)であり、
耳取が名取に転じた説もあるのです。

名取は、ミミ(ヌミ)王という海洋民族がおり、
賀茂家ではなく、鴨家が先にきていた九州の豪族がいたという妄想。
阿蘇氏などの九州の豪族が、東北で出雲族と融合し、
産鉄族として君臨したところだったと思う由縁なのです。

熊野老女は、熊野~白河関~しばらく留間、清衡を召して奉書を賜る。
これより清衡の案内にて信夫の里、経胴山に着す。
清水川中島に入る時、清衡曰く
「清水の川上は往古御門にタカを献納したる山である。勝地なり」と。
熊野老女が建立し、千日行水をしたという。
ここを鳥宮と称し、白山熊野宮、信夫の里経胴山の熊野宮、前田の長岡峯山の熊野、
清水中島の熊野(老女の墓)の4か所は道中小休止したところとなる。
道中のルートは、笠島、小豆島、中島、名鮒島。

阿蘇氏は、鷹の羽を家紋とします。
「タカを献納」とは、鷹狩りの鷹を賜ることだと思います。
鷹狩りは鎌倉時代から行われていました。
この鷹の意味、鷹の紋様から考えると、九州の阿蘇氏につながりそうです。


(阿蘇氏の家紋)

その鷹の羽を奉納したのであれば、
正統な天皇の系譜があった人では?
要は、熊野は天皇をかくまる為に東北へ逃れた一族を祀るためであったと思うのです。
その藤原北家は鷹の羽を家紋とする一族。中臣鎌足で不比等の系譜。
雷神山古墳と藤原実方の墓と関係するのは、阿蘇氏などの九州の一族と接触
するために名取に来ていたのでしょうか。

各地域の豪族(鎌倉時代頃)が、荘園を与えられて地主になったようですが、
広島県福山市熊野町に山田という地名があります。
とにかく熊野は山田の地名をつけるのですが、意味はわかりません。
その山田荘をもつ領主が、覲子内親王(きんしないしんのう)という皇族でした。
後白河天皇の第6皇女。
この山田を治めていたのが、鷲見氏という人。

鷲見氏と関係する神社に岐阜県郡上八幡神社があり、
長良川で「八幡」の文字が浮かび上がる鷲の羽根を発見し、
村人にそれを神体として祀るよう伝えたのが由緒とあります。
藤原氏は阿蘇氏などの豪族が祀る神々から八幡宮を建てたのかもしれません。
鷲を神の使いとするのは、ブリヤート族のシャーマン起源があります。
モンゴル系ブリヤート族で、コーカサス地方でもワシやタカの火を盗む伝承がありますが、
これが鉄をつくる製法であると考えられています。
熊野と東北の産鉄族の神の繋がりを考えると、熊野老女も産鉄の姥神になっているのです。
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