台南に着いた翌日の朝。
僕は落ち着きがなく、少しの興奮と緊張でいつもより口数が多かった。
通訳のダン君の父親が拾ってきたというハンドルとサドルがママチャリ仕様で
それ以外がマウンテンバイクという、おかしな自転車を手に入れた。
自転車を車に積んで、自転車屋で整備しパンクした場合のチューブの修理方法を
教えてもらい工具も貸してもらった。
午後2時過ぎだ。
自転車のかごには上着、地図、工具と少しの水。
テントと寝袋を詰めたバックパックからはディジュリドゥがはみだしている。
これから二泊三日の台湾自転車300キロの旅が始まろうとしていた。
台湾を離れる飛行機の出発時間まで、僕には四日という中途半端な時間があった。
考えに考え、考えたあげく僕は台南(南側)から花蓮(東側)という街まで
行くことにしたのだ。

地図 Wikipediaより
このルートを選んだ理由はいくつかある。
時計回りに高雄から台北(徒歩)、台北から花蓮(電車)までは行っていたが、
反対側の高雄から花蓮までは観ることができていなかったということと、かつて
ポルトガル語でFORMOSA(美しい島)と呼ばれた島の特に美しいといわれている
東側を観ることができていなかったからだった。
それを自転車でやろうと思ったのは、それなりに色々やってきた僕の旅は
不思議なことに海外を自転車で移動したことが一度もなかったからだろうか。
あるいは、当時まだ知らなかったクワィエットスポーツという
『日々を静寂で満たしていく運動』をしてみたかったのかも知れない。
とにかく僕はバックパックを背負いダン君のオヤジさんが拾ったという、盗んだで
あろう自転車に股がりFORMOSAを訪れる旅にでたわけである。
僕は落ち着きがなく、少しの興奮と緊張でいつもより口数が多かった。
通訳のダン君の父親が拾ってきたというハンドルとサドルがママチャリ仕様で
それ以外がマウンテンバイクという、おかしな自転車を手に入れた。
自転車を車に積んで、自転車屋で整備しパンクした場合のチューブの修理方法を
教えてもらい工具も貸してもらった。
午後2時過ぎだ。
自転車のかごには上着、地図、工具と少しの水。
テントと寝袋を詰めたバックパックからはディジュリドゥがはみだしている。
これから二泊三日の台湾自転車300キロの旅が始まろうとしていた。
台湾を離れる飛行機の出発時間まで、僕には四日という中途半端な時間があった。
考えに考え、考えたあげく僕は台南(南側)から花蓮(東側)という街まで
行くことにしたのだ。

地図 Wikipediaより
このルートを選んだ理由はいくつかある。
時計回りに高雄から台北(徒歩)、台北から花蓮(電車)までは行っていたが、
反対側の高雄から花蓮までは観ることができていなかったということと、かつて
ポルトガル語でFORMOSA(美しい島)と呼ばれた島の特に美しいといわれている
東側を観ることができていなかったからだった。
それを自転車でやろうと思ったのは、それなりに色々やってきた僕の旅は
不思議なことに海外を自転車で移動したことが一度もなかったからだろうか。
あるいは、当時まだ知らなかったクワィエットスポーツという
『日々を静寂で満たしていく運動』をしてみたかったのかも知れない。
とにかく僕はバックパックを背負いダン君のオヤジさんが拾ったという、盗んだで
あろう自転車に股がりFORMOSAを訪れる旅にでたわけである。









