野草(イエツァオ)なくらし!

文京区改め金生町で草をアートし売り、食べています

特大花器にリメイク

2012-07-31 15:26:47 | アート・文化

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割れた特ガラスビンが面白いガラス花器にリメイクできたが取り掛かりながらいろんな試行錯誤があった。

割れ口を機械で削った時点で又割れないようにカバーをつけようと思ったが糸で編んでいくのも面白くない。

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5月に伯方島野外教室に持っていった魚網が合いそうだ。

破れた箇所を細い口にかぶせた。

カットして紐でビンの形に押さえていけばいいと思ったが糸探しから始まる。

早く取り掛かりたいのに絡んだ糸の塊が出てきた。

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後ろだが魚網を特大ビンにピタット合わせるのには細かいテクニックが必要だったし魚網を2重3重に持っていく箇所や糸だけで処理する箇所と違和感なくなじむ工夫とか意外と時間がかかった。

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割れ口も補強と量感を出すために接着剤を使ったがはじめ接着剤にブルーの白墨を練りこんだがうまくいかず又試行錯誤の後アクリル絵の具で色付けした。

割れたかけらも同じように縁に接着剤をつけて色付けした。

さてどんなお花が似合うのだろう。

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紙まつり"書道パフォーマンス甲子園"へ

2012-07-30 22:43:56 | 日記・エッセイ・コラム

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2日目紙まつりの最大イベントになっている”書道パフォーマンス甲子園”会場へ行く途中川之江高校前に大型観光バスが連なっていた。

最後が17号車だ。

昨日知り合いが”書道パフォーマンス楽しみにしていたのに川校が明日決勝試合に出場なのよ”と言っていたので彼女は松山ぼっちゃん球場へ行くのだろう。

この猛暑の中四国中央市民は忙しそうだ。

私は第2回大会、5校出場で商店街の一角での書道パフォーマンス甲子園へ行ったが今回は32校応募、19校出場で会場は体育館。

体育館へ入るとすぐ団扇と出場校の紹介と企業広告の入った立派な小雑誌をいただく。

協賛企業も多いのだろう。

9:30分の開会式から参加したが早々とかなりの観客がいた。

会場の窓は全開で団扇と扇風機のみがすがすがしい。

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特別枠で被災地より三校出場していた。

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ひとつの作品が出来上がると次の作品つくりの準備を高校生のボランティアの人たちがしている間にパフォーマンスを終えた人たちへのインタビューだが泣きながら受け答えしている人たちが多い。

大変な練習をしての出場なのだろう。

ルールと言えば6分の持ち時間の中で4×6メートルの特大紙に12人以内のメンバーにより音楽に合わせて書を書き競う。

審査員には書、踊り、演劇当のプロが当たっている。

だがはじめに「お願いします」と終わりに「ありがとうございました」の挨拶も決められているようだがそれもパフォーマンスのひとつなのでどんな形で挨拶をするのかも見所だ。

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もっと見たかったけど結局人ごみに疲れて5校見て帰ってきた。

途中裏方で書道パフォーマンスの墨をふき取るボランティアの高校生が墨をふき取った雑巾を干しているのを見た。

選手で出場の高校生も裏方の高校生もそれぞれいい思い出になるのだろう。

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新しい形の祭り”紙まつり”

2012-07-29 18:01:12 | 日記・エッセイ・コラム

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結局7時から始まる”紙踊り”見学へ行った。

紙まつりは従来からある八幡様の秋祭りとは違い四国中央紙を支えている紙産業を八幡様だと思つての祭りと思えばわかりやすい。

”丸住”と染め抜いたはっぴをを着ているのは丸住製紙の連。

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ユニークな衣装での参加の連。

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紙産業のひとつである水引細工の髪飾りを着けて参加の子供達。

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”いつも「うれしい」が新しい”と書いたユニークなタイコ台での参加の連。

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審査会場からの夕焼け色はきれいだった。

会場で参加連が紙おどりを競い合い楽しい雰囲気だが帰ると8時だった。

もちろん最後までいたわけでない。

人が集う場所はとても疲れる体質のようだ。

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”紙まつり”は新しいお祭りのかたちか・・

2012-07-28 21:59:25 | 日記・エッセイ・コラム

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一回100円で伊吹いりこのつかみ取りがあり、先日伊吹島で今年獲れたいりこを買ってきたばかしだけれど挑戦した。

川之江も漁業はあるが伊吹いりこといへば興味を示す人が多いようだ。

一回目は多くつかめなかったので少しおまけしてくれた。

それでも伊吹島で買った一袋分ぐらいはあった。

もういっぺん挑戦したら驚くほどつかめた。

どこかの企業が紙まつりのイベントに提供したようだ。

一箱一万円で仕入れたと聞いたが100つかみ分もないと思う。

伊吹島より買ってきたのと一緒に撮影した。

食べ比べたが伊吹島より買ってきたほうがおいしい気がした。

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それにしても午前中に行ったのにすごい人だ。

一昨年行ったときよりも出店数が増えて人も多い。

紙祭りのイベントとして始まった”書道パフォーマンス甲子園”

が映画になったことも追い風になったのだろう。

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駐車場近くに巨大な灯篭が数台並べられている。

夜7時から始まる紙踊りのときに出ると聞いた。

老若男女まんべんなくこの暑い中集っている。

私が上京後始まったが新しい形のお祭りとして定着しているようだ。

横浜の友達が帰省中なので7時から始まる紙踊りに誘って行って見ようかなぞとふと思った。

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猛暑対策

2012-07-27 22:16:33 | 山小屋整備

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猛烈な暑さにへこみ気味だが暑さを軽やかに受けてたち咲き誇っている花もある。

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去年早苗出池の土手でつぼみをつけたばかしのオニユリが数本手折られていた。

葉が紅葉したころ土手より山小屋へ移植したのが見事に花をつけた。

ムカゴもたくさん付いている。

年数がかかるだろうが増やしていきたい。

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山へ行ってもすることが多くなかなか山小屋でゆっくりとはできないが必ず少しでも休む位置から見た空だがもう少しで緑で覆われる。

家から4キロ、100メートルにも満たない山の中にあるがたっぷりの緑の中この猛暑でもシットリとしてホッとする。

そこにオニユリが群生していたら鬼に金棒だ。。

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伊吹島へパート5(いりこ工場)

2012-07-27 10:40:10 | 旅行記

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伊吹島が活気付くのは6月半ばから8月半ばまでの間だ。

漁港には舟が停泊していたが5時過ぎよりいりこ漁に出向する風景は壮観だと聞く。

いりこ工場に近づくといりこを煮るいい香りが漂ってくる。

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バイクを止めていりこ工場の中を恐る恐る歩いたが老若男女大勢いるものの余り急がしそうではない。

休み時間かな?と思っていたらチリメンジャコ漁になっているものの余り獲れないと後で聞いた。

行けども行けどもいりこ工場で途中何箇所もお地蔵様が祭られていた。

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魚網の修理風景だがのんびりそうに見えるが年間2ヶ月ほどのいりこ漁期間、心せわしく針を運んでいることだろう。

歩きつかれて聞いてみたらいりこ工場前の広場が島一周道路の一部だった。

島の人にいりこの事を聞くと関係ないような人でも我が事のように話してくれる。

いりこ漁は木、日が休みだそうな。

自然相手の漁業は木、日の休みでも天候がよければ働きたいだろうし操業日でも天候が悪ければ休みたいだろうに現場を知らない役人が決めたことだと不満を聞いたがまったくそうだと思った。

来年の瀬戸内芸術際の会場になるがいりこ漁期にかかることを心配している話も聞いたが一周道路のかなりの部分がいりこ工場の中だと思うと納得もいく。

それでも恐る恐るいりこ工場内を歩いていると網に乗ってるシラスを食べていいよと声をかけられた。

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かろうじて砂浜だった場所にいりこ工場が建っているがそこさへ海に杭を打って場所を作っている。

5:10分、最終旅客船に乗ると7:50分、朝一番に乗って伊吹島に渡った元島民のいりこ工場でのアルバイトの人たちがドヤドヤと乗ってきた。

2ヶ月間のいりこ漁期は島に関係する人たちのお祭りみたいだ。

海岸のない島なので最終物のお土産はひとつも手に入らなかったが今年獲れたいりこ類をいろいろ買って帰った。

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伊吹島へパート4(波切不動尊)

2012-07-26 21:59:56 | 旅行記

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人家より離れた場所に波切不動尊があり途中までバイクでいける。

人家に車道はないが島一周道路の一部は立派な車道だ。

下り道が続くので海岸があるのかと期待したが絶壁に近いような場所にさざれ石の洞窟があり波切不動尊がお祭りされていた。

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しっかりとした洞窟で自然の作る造形には驚くことばかしだ。

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でも人間の造形もすごい。

洞窟の前のほとんど斜面のような場所にパイプを組んでテラスを作りすぐしたの少しの土地に立派な家を建てている。

お祭りになると大勢の人たちが集うのだろう。

参堂沿いには桜も植えられていて島の人たちは何かにつけてお参りに行くのかと思っていたらそうではないようだ。

島で話し込んだ人達に一人で行ったと言うと”あんなところに、あなたは知らないからよ”と言われた。

訳はいくら聞いても教えてもらえなかったしかえりの旅客船の中で島民の人に聞いても答えはなかた。

知らないで行って良かったが再度伊吹島へ来ても行かないと思う。

私が伊吹島で興味があったのは車が入れなくてセメントで固められた迷路のような人家がある区域だ。

旅客船に乗る前に少し時間があったので気の向くままに歩いていると年配の女性に”どこへ行きたいの?”と声をかけられた。

彼女は一度島を出たが余生を過ごすため帰ったそうで一人暮らし。

すぐ近くの家へ寄せてもらったがきれいな猫が5匹もいた。

全部野良猫だというが6人家族の雰囲気だった。

川之江から来たというと川之江港まで船で行って港から札所の三角寺や奥の院へ歩いていった話をしてくれるので”観音寺港でないんですか?”と言ったら”家の舟で行くのよ”と言われたがそれなら少しでも近い川之江港まで行くだろうと納得。

それからこの島には平安時代からの言葉が残っていていろんな学者が来て学会に発表している話を言葉の例を挙げて説明してくれた。

小さな島だけれどいろんな伝統行事も守られている奥の深い島のようだ。

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伊吹島へパート3(出部屋)

2012-07-25 22:21:29 | 旅行記

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東京暮らしではバイクでも駐車違反で捕まる。

ヘルメットもかぶらず片手運転でもOKの伊吹島へ来ても身についた習慣は変えられない。

人家の立て込んでいる区域はさほど広くないので公共施設へバイクを置いて歩くことにした。

歩いてみると面白い。

ほんの30センチほどの道を歩いてたどり着く家さへある。

少しの庭には花や野菜が作られているが空き家も多い。

気の向くままに歩いていると同じ場所に出くわす。

はじめてでいりこんだ区域なので見当がつかないがしょせん狭い区域だ。

思わず見学したかった場所である伊吹産院(出部屋)跡へ着いた。

産婦達が出産後の一ヶ月自炊して過ごす養成の場だ。

生まれた子供と同じ境遇の仲間達とつかの間の非日常を満喫したであろうし、伊吹島の人たちにとっては原点の場所だと思いながらたたずんだ。

見晴らしのいい場所だ。

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又歩いていると見たかった伊吹島民族資料館へ行きあたった。

元幼稚園のようで手洗い場やトイレが小さな人達用のまんまで中の資料とともに建物も民俗資料のようで無人だった。

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資料館には人口の推移が表にされていたがピーク時の3分の一になっている。

来るときの旅客船で元島民でピーク時に小学生だった人は教室ではすぐ隣の人と肩がぶつかっていたそうで、大都会並みの人口密度だったと言っていた。

セメントで固められた細い路地を行き当たりばったりに散策するのは面白く2時間ほどうろついた。

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伊吹島へパート2(旅客船)

2012-07-24 21:52:04 | 旅行記

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帰りの旅客船より写した伊吹島だ。

行きは旅客船の中で観音寺市へ住んでいる伊吹島出身でいりこつくりのアルバイトに行っている人たちに伊吹島のことを聞いていて見てなかったが海辺と島の頂上付近にしか家はない。

海辺に人家はなくほとんどがいりこ工場だ。

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頂上の家がある区域だが隙間なく家が建っている。

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家が建っている区域は少しの段差を利用して効率よく家を建て道路幅は1メートルにもみたない。

バイクでさへターンするのが大変な上に勾配がきつい。

それに道を聞いても見通しはわるく迷路のようで聞くにも聞けない。

唯一ヘルメット着装でバイクに乗った女性郵便配達さんに道を尋ねがてら”すごい道ですね”といったら”私はアバラ骨を折りました”と即返事があった。

何べんも何べんも転んで今があると軽やかに走って行った。

先日伊吹島出部屋の写真展を見に観音寺のコミニテーセンーへ行ったとき”バイクはよほど上手でないと危ない”と言われたことを思い出した。

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それから見かけぬ交通標識がいたるところにある。

止まって左右確認のマークだと思う。

この急勾配の細い道をヘルメットをかぶらない島の人たちがバイクで走っている。

先日行ったベネツイァ展で車が走れない街としてのベネツィアが印象に残っているが伊吹島も同じだ。

伊吹島行きがフェリーでなく旅客船の意味も来てみてわかった。

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伊吹島へパート1(バイク)

2012-07-23 21:50:45 | 旅行記

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私が暮らす町より沖をながめると伊吹島が遠望でき、海と伊吹島はセットだった。

行ってみたいとは常々思っていたが実現せず、今年の秋に開く第29回野草(イエツァオ)展のテーマのひとつとして尾藤二州を考えているので彼が幼いころながめたであろう伊吹島へ行こうと思い立った。

行く気持ちになると伊吹島へのフェリー乗り場である観音寺港まではバイクで30分ほどで近かった。

7:50分発のフェリーは社会見学の小学生や6月13日より始まったいりこ漁のアルバイトの人たちでにぎやかだった。

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25分ほどで着いた伊吹島の旅客船乗り場にはたくさんのバイクが置かれているのに驚いた。

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いりこ漁船が出る港にもバイクが並んでいる。

ほとんどキーはつけっぱなしだ。

ヘルメットをかぶって走っている人もほとんどいない。

行ったのは梅雨最中。

雨が降り始めると片手運転の人さへいる。

別世界へ来たようだが少しづつ事情がわかってきた。

周囲5.4キロの小島だが旅客船で車は乗れない。

日本全国一律になったとはいへまだまだ島は特色があって面白い。

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第4回粟島芸術家村滞在作家展へパート11

2012-07-22 22:04:39 | 旅行記

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粟島は海岸が多い。

島なら海岸があるだろうと思うがほとんどない島もある。

粟島へ来る前日の13日に行った伊吹島には海岸はなかった。

漂流物を素材として集め始めたころは貝や流木が多かったが今はロープや網が面白くなり始めてロープ網を使った作品が多くなった。

今回は最近嵐や大雨が降ったおかげで粟島の広い海岸でたくさんのロープや網を拾った。

本当はテトラポットに絡まっている網を持ち帰りたかったが急に夏空になり炎天下での網撤収作業がいやになってあきらめて帰った。

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海辺の草むらでハマナタマメのきれいなピンク色の花を見つけた。

ハマナタマメでは三宅島を思い出すが金生町生活を始めて初めて見ることができた。

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予定では5時過ぎのフェリーで帰るつもりだったが急に夏空になったことと採集物の整理のことを考えて2:30分のフェリーに乗った。

それにしても一泊旅行にもかかわらず梅雨の大雨の中を出発して真夏の炎天下の中帰る貴重な体験をした。

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第4回粟島芸術家村滞在作家展へパート10

2012-07-21 22:21:44 | 旅行記

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天気はもう真夏。

勇んで宿を出ると杉原さんたちと出会う。

昨日雨で焼けなかった手びねりの野焼きをするらしい。

まずは焚き火の周りに手びねり作品を置いてあっためた後火の中へ移動して焼くようだ。

焚き火が好きな私は勝手に手伝うことにした。

金生町暮らしでもなかなか焚き火は楽しめない。

年一回でもと大寒前後に海で焚き火をすることを恒例にすることにもしているし。。

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杉原さんにしてはストーンサークル作りのとき堀起こした大量のイタドリの根っこで焼きたいとの思いがあるようだが前日の雨で濡れている上土もついている。

ただ燃やすだけだとそのうち乾いて燃えるがある程度の火力で手びねり作品をあっためるのには火加減が難しい。

すぐ近くの海岸では連休でやってきた人たちが泳いでいた。

焚き火は冬と思っていたが真夏の焚き火も悪くない

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5:30分よりの城ノ山登山の帰り西浜を散歩していたら膨大な漂流物を一人で片付けているおじさんがいた。

年20回ほど漂流物の片づけをするそうだ。

足が悪く移動はバイクでするそうで荷台には杖が納まる筒がしつらえてあった。

高々と筒に収まった杖を荷台にバイクを颯爽と乗りまわしているのだろう。

昔は船大工でバイクの修理も自分でするそうだ。

おじさんが座っているすぐ海側にはユンボで掘られた穴がある。

その中には大きな流木がチエンソーで切られて火が通るように組まれている。

ユンボで掘ったのもチエンソーで切ったのもおじさんだ。

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すぐ近くに屋敷があるというので見学に行ったら何も植えてない場所さへ草一本生えてない。

おばさんが言うにはおじさん83歳おばさん82歳だそうな。

畑や海を相手に忙しく暮らしているおじさんは若い作家を滞在させての村おこしイベントには乗り気でないようだがそのおかげで一時間ほど楽しい時間をすごすことができた。

ブログに載せたいから写真を撮らせてほしいといったらいい顔してくれた。

流木が少し乾いたら盛大に焚き火をするのだろう。

杉原さんたちのイタドリの根っこで焼く野焼きを途中で抜けてきたが無事焼けたかしら。。

真夏の焚き火2話。

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第4回粟島芸術家村滞在作家展へパート9

2012-07-20 22:31:09 | 旅行記

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粟島には島88箇所が祭られ、第3札所には杉原信幸さんの作品”海硝子・光の滝”もかざられている。

島の人たちが集めてくれたという軽やかで繊細な貝殻がお大師様が祭られているらしい巨石空間の薄暗がりの中で輝いていた。

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第3札所の外観だが山の頂上付近にはよく突如として巨石が出現する。

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その日の朝5:30分発で登った城ノ山展望台にも巨石が転がっていた。

360度展望できるはずがガスって何も見えず360度を感じただけで下山したが再度挑戦したい。

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それにしても展望台への木道は立派だった。

10年ほど前ヘリコプターを使って設置したそうだ。

降りてきたころより視界がよくなり昼前ぐらいからは梅雨明け空だった。

今年の梅雨空の尻尾のまだ何も見えないとき最高の展望台にいたようだ。

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第4回粟島芸術家村滞在作家展へパート8

2012-07-19 21:30:24 | 旅行記

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以前仁尾の海岸できれいに角の取れた瓦片を拾ったことがあった。

いろんな作品の素材として使い今手元にはない。

今考えると仁尾の海岸で拾ったのも粟島産の瓦だったのだろう。

もう粟島では40年以上も瓦は焼かれてないそうだがどの海岸にも瓦片は打ちあげられている。

持ち帰り並べてみたら55枚もあった。

どんな作品の素材になるのか楽しみだ。

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大正10年に作られた粟島海員学校の庭にはきれいに角が取れた瓦片が使われている。

同じ思いの人が作ったんだと嬉しくなる。

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粟島に上陸してまず行った京ノ浜で海に向かい今にも走り出しそうな姿勢で死んでいる小亀の甲羅も角の取れた瓦片のようだった。

年配の人たちに瓦の事を聞くと生き生きとした表情で昔を語ってくれる。

粟島が生き生きとしていたころなのだろう。

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第4回粟島芸術家滞在作家展へパート7

2012-07-19 16:15:13 | 旅行記

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今の時期陽が沈むのは7時過ぎだ。

ストーンサークルでのパフォーマンスが終わり誰もいなくなった海岸は期待していた夕焼け色には染まらなかったものの心地いいものだった。

幸いすぐ近くに宿をがとれたのでさっぱりと風呂上りにストーンサークルでのパフォーマンスを見ることができ誰もいなくなった西浜での海岸散歩も楽しめた。

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昼間西浜に来たとき打ち上げられている漂流物の多さには驚いた。

地元の人に”片付けないんですか”と尋ねたら”昨日の大雨で流れ着いた”とのことだった。

前日までは大掃除してきれいだったようだが大雨で川より海に流れ込んだ漂流物がこの西浜へ流れ着くらしい。

海と森とは直結してるとは聞いていたが実感。

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雪雄子さんがパフォーマンスをされていたときは気にならなかったが写真に写っている漂流物を見て驚いた。

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打ち合わせのために前日こられたと聞いていたが彼女が前日ここへこられたときはなかったのかもしれない。

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