志情(しなさき)の海へ

琉球弧の潮風に吹かれこの地を掘ると世界と繋がるに違いない。世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

ネズミの共食いを目撃した日!共食いを検索すると、ネズミ【ラット】が生まれた赤子をおいしそうに食べる映像がネットに!

2017年06月14日 12時40分38秒 | 動植物

動物界での共食いは珍しいことではないとネットの情報は伝えてくる。共食いの画像も映像も目に入ってくる。蛇が同じ蛇を飲み込む映像もある。多様な生き物の共食いを見ると、おぞましい気持ちになる。しばらく食がすすまなくなるような気分だ。現実は共食いなんだと意識させる。適者生存、弱肉強食という4文字熟語も並んでいるが、共食いはなぜかもっと奇抜で、一種嫌悪感をもたらすものを含んでいる。

共食いである。生き延びるために弱者を襲うのだろうか。2匹の小さなネズミがいて、そして食された後のネズミの毛の皮、目、尻尾などの塊があった。生きる事のおぞましさと美しさ、愛と憎悪、二律背反する実存なり存在のたゆたうこの世界に生きている。

 

愛らしいネズミのお母さんが赤子を食べる場面は、おぞましさとごく普通に見える光景に驚く。おいしい餌をただおいしそうに食べている姿が撮られている。類としての社会なり世界は、普段着のように共食いがあるのかもしれない。生きる事の宿命なり贖罪感が動物にあるかいなか、感情は哺乳動物に見られる。弔いをするチンパンジーの社会もある。ウシだって泣くのだ。死んだら死にきりではない人間社会の仕組もある。死んだら死を引き受けるのである。

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4 コメント

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こんにちは (たにむらこうせつ)
2017-06-14 14:29:02
こう言う映像苦手です。
撮る人の気持ち、ユーチューブにupする気持ちが理解出来ません。
残忍な人の心少し腹が立ちます!
みんなのブログからきました。
そうですね! (nasaki)
2017-06-14 15:02:41
愛らしい子ネズミが2匹、そして毛と皮、はじめて見た光景に驚いて、共食いの検索をしてみました。映像はおぞましさを越えて、そのハツカネズミの淡々とした様が、異様でありながら、これが事実の姿と受け止めることが必要なのだと、生物の素の形としてあるのだと、感じました。自らの足を食する蛸がいるようにー。食を得るためにあらゆる生き物が必死に生きざるをえないこの地球なんですね。また見たくない映像、それでもそうした事実があることは払拭できませんね。
Unknown (Unknown)
2017-06-14 21:55:06
生きるって
本当に凄いことだけど、
残酷ですね
凄くて残酷な面は否定できませんね (nasaki)
2017-06-14 22:21:40
だから生きること、生きている事は奇跡そのもので凄いことなんだと、宇宙の中の命を強調する詩のブログもありますね。命の尊さです。一方で人類史を管見すると、それも丁寧にじっくり読み込む専門家のようにではないけれど、印象としても、つまり世界史の教科書を基点においても、戦争だらけで、ということは、多くの人間の犠牲の上に成り立っているという、まぎれもない事実に、残酷の二語が頭を巡ります。
 その一方でチョムスキーが強調する人類史の明るい面もあります。氏は1920年代まで男性と同等の権利を持たなかった女性たちの自由・平等・人権の闘いの現在を1970年代に欧米では拡大したとよく事例に出しますね。しかし、共食いが生き物の属性としてあり続けるのは、否定できないですね。(否定したい願望は残りますが)、マクロとミクロに考えても、ですがー。その中で限られた生をどう生きる?と問われているのですね。
 小さなネズミの共食いを始めて目撃して、衝撃でした。

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