志情(しなさき)の海へ

琉球弧の潮風に吹かれこの地を掘ると世界と繋がるに違いない。世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

辺見 庸 と 目取真俊さんと対談――「沖縄を語る」←共同通信配信今月末!

2017年03月21日 00時01分42秒 | 沖縄の過去・現在・未来

いいですね。辺見さんがいつぞや、沖縄で本気で闘っているのは目取真 俊さんだと話していましたね。彼とは話がしたいともー。それをすばやく共同通信がキャッチして実現なのですね。辺見さんのことばに耳を澄ましている日本のメディアがあるというのはいいですね。目取真さんは、ぶれのない言葉と思想と行動の人だけれど、辺見さんは作家活動の人ですね。行動は公演や対談などでしょうか?ことばの闘いですね。実践的にカヌーに乗って巨大な国家の力と対峙している者との差異はあるでしょうね。

アクションがどこにあるか、ですね。ただ辺見さんのような作家が存在することは、まだ日本を信じるにたる国にさせてくれるのかもしれませんね。氏の書籍が読まれることは、日本が後戻りしないことだと考えるからです。目取真さんは、素手で巨大なグローバルパワーと向かっているのですから、凄いですよね。日々のブログはその闘いの記録です。『海鳴の島から』是非多くの辺見庸さんの作品が好きなみなさんに訪れてほしいブログです。

辺見さん、共同通信社にいたのですね。古巣なんですね、なるほどです。たまたま第105回芥川賞(『自動起床装置』)は読みました。新聞社の中で寝起きする男の話だったような、あまり記憶にないのですが、『1★9★3★7』と『生首』の詩集は良かったですね。ぞっとする世界です。

しかし歴史はゾッとするものを秘匿してきたのですね。フィクションはまたゾッとさせます。人はぼけーっとして生きているところがありますのでー。実際に爆弾が落ちてきて破壊されても無意識のあの世へなのかもしれませんね。今意識ある今が大事なのですね。

対談


目取真俊さんと対談――「沖縄を語る」

先日、目取真俊さんと約5時間、対談しました。仮題は「沖縄を語る」で、
共同通信の主催。内容は今月下旬に全国各加盟紙などに配信されます。好きな
作家とはかえってひどく話しにくいもので、わたしは体調不良もあり、もっぱら聞き
役でした。

目取真さんは「海について」話すのでなく、じしんが海や森や風となって、海鳴り、
葉ずれ、風の息に似た言葉をかたりました。そのことにとてもおどろき、聞き入る
のみでした。かえりぎわに、かれが近づいてきて、暗がりでふたりきりの立ち話に
なりました。かれは海か森、こちらは闇か夜になりました。
 
****************

三部作


三部作が電子書籍化へ←これはいいですね!

三部作書影.jpg

講談社文庫だった『永遠の不服従のために』『抵抗論』『いま、抗暴のときに』
の三部作(絶版)は、2016年11月末から同12月にかけて、鉄筆から電子書籍と
して刊行されます。kindle、kinoppy、iBooksなどの電子書店で購入できます。

略歴: 辺見庸(1944年(昭和19年)9月27日-)wikipidiaです。

宮城県石巻市南浜町出身。宮城県石巻高等学校を経て、早稲田大学第二文学部社会専修卒業。共同通信社に入社し、外信部のエース記者として知られた。北京ハノイ特派員などを務め、北京特派員時代の1979年(昭和54年)には『近代化を進める中国に関する報道』により新聞協会賞を受賞。1987年(昭和62年)、2度目となる北京特派員を務めた際、胡耀邦総書記辞任に関連した中国共産党の機密文書をスクープし、中国当局から国外退去処分を受けた。

外信部次長を務めていた1991年(平成3年)、職場での経験に着想を得た小説『自動起床装置』を発表、第105回芥川賞を受賞した。また1994年(平成6年)には、社会の最底辺の貧困にあえぐ人たちや、原発事故で放射能汚染された村に留まる人たちなど、極限の「生」における「食」を扱った『もの食う人びと』で、第16回講談社ノンフィクション賞を受賞。この作品は、小中学生向けに教育マンガ化され、学校図書館にも配架されている。1995年(平成7年)、地下鉄サリン事件に遭遇。1996年(平成8年)に共同通信社を退社、本格的な執筆活動に入った。

近年は「右傾化に対する抵抗」などをテーマに活発な論陣を張っている。2004年(平成16年)には講演中に脳出血で倒れ、2005年(平成17年)には大腸癌にも冒されたことを公表したが、2006年(平成18年)に『自分自身への審問』を復帰作として上梓するなど、精力的な執筆活動を続けている。2011年(平成23年)、詩集『生首』で第16回中原中也賞受賞。2012年(平成24年)、詩集『眼の海』で第42回高見順賞受賞。2016年(平成28年)、『増補版 1★9★3★7』で第3回城山三郎賞受賞。

大震災で大きな被害を受けた石巻市出身(両親も)ではあるが、あふれた「耳障りのいいことばだけがもてはやされ、不謹慎と非難されそうな言葉は排除される」言説に強い違和感を覚え、口を閉ざした。それを破ったのは「語ってはいけないものを語ること」を意識した「フィズィマリウラ」の詩(『眼の海』所収)だった。彼は次のように言う「悲劇にあって人を救うのはうわべの優しさではない。悲劇の本質にみあう、深みを持つ言葉だけだ。それを今も探している」と[1]

受賞歴

  • 1979年(昭和54年) - 新聞協会賞(『近代化を進める中国に関する報道』)
  • 1991年(平成3年) - 第105回芥川賞(『自動起床装置』)
  • 1994年(平成6年) - 第16回講談社ノンフィクション賞(『もの食う人びと』)
  • 2011年(平成23年) - 第16回中原中也賞(詩集『生首』)
  • 2012年(平成24年) - 第42回高見順賞(詩集『眼の海』)
  • 2016年(平成28年) - 第3回城山三郎賞(『増補版 1★9★3★7』)

 

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