志情(しなさき)の海へ

琉球弧の潮風に吹かれこの地を掘ると世界と繋がるに違いない。世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

「思切りよーやー」と「思忘りよーやー」のどちらを観衆は好むのだろうか?歌劇の台詞の違いが共存!

2017年05月17日 14時20分05秒 | 琉球・沖縄芸能:組踊・沖縄芝居、他

真喜志康忠氏が琉球大で教鞭をとってご自分で活字化した沖縄芝居台本を元にお話していたのだが、戦前は「思切りよーやー」だったようだ。それが作者の親泊氏が後に「思忘りよーやー」に変更したことになっている。もともと台詞が書かれた台本がなく、口立ての沖縄芝居である。戦前の舞台を継承し、脚本化し、舞台を再現した真喜志康忠氏の台詞への拘りは「思切りよーやー」である。その事に関して前に紹介した論考「演劇に見る琉球処分」の中の注釈で言及した。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000486407

一方、晩年の親泊氏から舞踊を教わっていた吉田妙子さんは、以前から「思忘りよーやー」を強調していた。「思切りよーやー」は強すぎるということで、「思忘りよーやー」に訂正したという論である。しかしなぜか民謡でも「思切りよーやー」の方が聞き心地がいい。

たまたま身近にあった『琉球舞踊歌劇地謡全集』(海邦出版社)を見ると、民謡の「中城情話」の冒頭は「思切りようやー イェーあひ小 二人や儘ならん 悪縁と思て だーあんせ我身ぬゆむ肝や 浅地なとせ」で始まっている。

ところがこの本の中に歌劇の脚本がついていて「中城情話」はウサ小の台詞は「思忘りよーやー」になっている。矛盾した表記が併用されているということになる。「うみちりよーやー」と、「うみわしりよーやー」の違いで、小さい問題に見えるが、実は大きいといえる。明治40年代にできた「泊阿嘉」の台詞を見ると乳母の台詞に「思切りみしょうりよー里前」とある。ということは、戦前は、「思切りよーやー」が普通で、違和感がなかったことが窺える。戦後も「ときわ座」座長、真喜志氏が記憶し「中城情話」を再現したように、「思切りよーやー」が普段着姿だったことが解る。民謡の中でも「思切りよーやー」が他の歌詞にも登場するようになった。それだけ女性が男性を振ったこの歌劇は人気が高かったことを意味する。

「思切りよーやー」の方が「思忘りよーやー」よりいい、というのが結論である。思切る、思忘れると並べてみても、思い切ると思い忘れるだが、文法的にどうなのだろう。「思切りよーやー」のウサ小の第一声(歌)が「ハッと胸を打つ」のである。

作者の思念を越えて、歌はまた独自の普遍性を持つ、ということになるのだといえようか。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« サイバー・セキュリティーな... | トップ | 母の日の沖縄芝居、花盛り!... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。