電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『闇の傀儡師』(上)を読む

2009年01月29日 06時44分46秒 | -藤沢周平
文春文庫で、藤沢周平『闇の傀儡師』上巻を読みました。物語の始まりは、江戸城二の曲輪内、一橋邸での密談から。非常に緊張感のある会話です。ここで暗示されるのが、一橋民部卿と田沼意次が組み、松平上総介(定信)が話題になっていること、そして八嶽党という陰の徒党の存在です。

「八嶽党」
主人公、鶴見源次郎は、生計の糧としている筆耕の仕事で版元に出向いた帰りに、暗闇の闘争を目撃し、斬られた公儀隠密の男から、老中松平様にと、小さな革袋を託されます。公儀隠密は、御側御用取次の命令で動くのだそうです。源次郎は、旧友の細田民之丞と共に、老中松平右近将監清武こと、館林侯と呼ばれる人物に会うことになります。そこで知らされたのが、八嶽党の存在。そこで「八は田に会す」という謎の伝言の意味を知るのです。つまり、「八嶽党は田沼意次と接触」というメッセージだったのです。
鶴見源次郎は、無限流の名手でありながら、剣術修行に夢中になりすぎて、妻が一族の厄介叔父と不倫を働いた現場を見てしまいます。黙って離別したのでしたが、その妻が自害したとのこと。旗本の家を出て浪人をしたのは、そんな浮世がいやになったせいでもありました。そんな事情を知らない義妹の津留は、源次郎を恨みに思っているようです。

「追跡」
そんな中でも、源次郎の身辺は急速に争いの渦中に巻き込まれて行きます。田沼屋敷を見張っていた隠密の探索仲間が次々に倒され、相手の中に古柳生流を使う、相当に腕の立つ男がいる様子。八嶽党の巣を突き止め、床下で忍び聞きますが、気配を察知され、包囲されます。何とか斬りぬけ脱出しますが、忍び聞いた内容は、大納言と狩という言葉でした。これは、将軍家治の世子、大納言家基の暗殺のことではないのか?

「老剣客」
八嶽党との闘争の中で、伊能甚内と名乗った剣客は、古柳生流を使ったことから、源次郎はかつて師匠と一緒に目にした老剣客を訪ねます。若い娘と暮らす老剣客は、娘を相手に、かつて激しくかつ見事な古柳生流の型を演じて見せたことがありましたが、伊能などという男は知らぬとつっぱねます。ですが、娘は、今回はダメでも日をあらためて、と伝えます。
源次郎の友人の民之丞は、狩野派の絵を修行したのでしたが、腹違いの妹を愛してしまい、そのゆえに錦絵に描く画境は深く沈潜していました。その絵の進境を感じとっているのは、版元の西村屋の親父と源次郎です。帰り道、源次郎は義妹の都留に出会い、妻の不貞という、自害の背景を語ります。都留は衝撃を受けますが、しかし「話していただいて嬉しうございました」と言うのです。都留さんは、きっと義兄にひそかに好意を持っていたのでしょう。姉を死なせた男という怨みから、姉のつぐないという気持ちに変わっていったのでしょうか。
源次郎は再び赤石老人と奈美という娘のもとを訪れますが、老人は一手立ち合いをと、木刀での試合を望みます。それは、試合に名を借りた、生死を賭けた対決でした。娘を通じ、伊能甚内が小石川の寺に住んでいることを知るのです。

「忍びよる影」
都留が源次郎の長屋をしばしば訪れるようになります。探索は、伊能甚内と八嶽党のひそむ寺の所在を知るところまで進みますが、源次郎と隠密たちのつなぎ役を果たす男が殺され、源次郎は孤立します。止むを得ず助勢を求めたのが、松平上総介の家臣、白井半兵衛でした。後に松平定信として歴史に名を残す上総介は、八嶽党があまりに表に出て動き過ぎる、田沼に操られているのか、と疑念をもらします。
白井と二人で襲撃した寺は、相手の方で手配りがしてあり、源次郎は毒矢を受けてしまいます。どうにか助けられ、長屋で介抱されたのは、亡き妻の妹の都留でした。

「春の雷鳴」
江戸城内において、館林侯は、田沼意次が世子家基に狩を勧めたこと、そして田沼と一橋治斉とのつながりを知ります。いっぽう、回復した源次郎は、都留が行方不明であることを知らされます。八嶽党に誘拐されたようです。



藤沢周平には珍しい伝奇小説ですが、この設定は過去にも例があります。藤沢周平未発表初期短編集に、同じような雰囲気の作品が収録されておりました。作家は、妻の病床で書き上げた初期の作品を、新たな構想のもとに作りかえたのでしょう。そして、前妻を死なせた悔悟は作家自身にも心当たりのあるものでしたでしょうし、源次郎を助ける都留は、もしかすると後妻として一人娘を育てた夫人との出会いの頃が投影されているのかもしれません。

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