
最近の通勤の音楽は、シベリウスの「交響曲第5番」です。カラヤン指揮ベルリンフィルの演奏で、第4番とのカップリングです。カラヤンは、シベリウスを何度も録音しているようですが、このCDに収録されているのは、1976年9月のEMI録音(CD:CE28-5186)です。
添付のリーフレットによれば、この曲は、1914〜15年、シベリウス生誕50年の記念行事の中心として計画された祝賀演奏会の曲目として作曲され、その演奏会で初演されたのだそうです。1919年に改訂を加え、これが決定稿となったとのこと。この演奏は、たぶんこの決定稿に基づいたものなのでしょう。時代的には、第一次世界大戦とロシア革命の激動期にあたりますが、ロシア、オーストリア、ドイツの三つの帝国が崩壊し、1917年にはフィンランドが独立を果たします。作曲家シベリウスにとっても、最も油の乗り切った頃の力作です。たぶん、「フィンランディア」の作曲家シベリウスの生誕50年を祝う記念行事とは、フィンランドの民族主義運動の象徴でもあったのでしょう。
楽器編成は、Fl(2), Ob(2), Cl(2), Fg(2), Hrn(4), Tp(3), Tb(3), Timp., 弦5部という、一部拡大された二管編成となっています。
第1楽章:テンポ・モルト・モデラート〜ラルガメンテ〜アレグロ・モデラート。伸びやかな、ゆったりした出だしは、北欧の大自然の夜明けか、春の到来を連想させるような、素朴で牧歌的なものです。しかし、曲調は暗く不安気で陰鬱なものから、明るい農民舞曲ふうなものに変わり、楽章の終わりは堂々たるものです。
第2楽章:アンダンテ・モッソ、クアジ・アレグレット。ヴィオラとチェロとが、ピツィカートで、森の小動物か、あるいは鉄腕アトムの妹のウランちゃんが小走りに歩くような旋律を奏でます。なんともチャーミング。これが主題となり、あたたかな雰囲気の変奏が展開されます。こういう音楽は、カラヤンはうまいですね!
第3楽章:アレグロ・モルト。ヴィオラの忙しいトレモロで始まり、ゆったりした旋律が堂々と立ち上がります。ひそひそ噂話が広がるようなトレモロと、やや悲しげでヒロイックな旋律が交代するように展開され、ドラマティックな盛り上がりを見せて、六つの和音で曲は終了します。
カラヤンが指揮した、ベルリン・フィルという大ヴィルトゥオーゾ・オーケストラによる、重厚で壮大な演奏と言ってよいでしょう。北欧の冷涼で神秘的な側面が語られることの多いシベリウスにしては、伸びやかで祝祭的な気分が現れた、繊細・精緻な作品であり、演奏であると感じます。シベリウスの作品の中では、好きなものの一つです。
添付のリーフレットによれば、この曲は、1914〜15年、シベリウス生誕50年の記念行事の中心として計画された祝賀演奏会の曲目として作曲され、その演奏会で初演されたのだそうです。1919年に改訂を加え、これが決定稿となったとのこと。この演奏は、たぶんこの決定稿に基づいたものなのでしょう。時代的には、第一次世界大戦とロシア革命の激動期にあたりますが、ロシア、オーストリア、ドイツの三つの帝国が崩壊し、1917年にはフィンランドが独立を果たします。作曲家シベリウスにとっても、最も油の乗り切った頃の力作です。たぶん、「フィンランディア」の作曲家シベリウスの生誕50年を祝う記念行事とは、フィンランドの民族主義運動の象徴でもあったのでしょう。
楽器編成は、Fl(2), Ob(2), Cl(2), Fg(2), Hrn(4), Tp(3), Tb(3), Timp., 弦5部という、一部拡大された二管編成となっています。
第1楽章:テンポ・モルト・モデラート〜ラルガメンテ〜アレグロ・モデラート。伸びやかな、ゆったりした出だしは、北欧の大自然の夜明けか、春の到来を連想させるような、素朴で牧歌的なものです。しかし、曲調は暗く不安気で陰鬱なものから、明るい農民舞曲ふうなものに変わり、楽章の終わりは堂々たるものです。
第2楽章:アンダンテ・モッソ、クアジ・アレグレット。ヴィオラとチェロとが、ピツィカートで、森の小動物か、あるいは鉄腕アトムの妹のウランちゃんが小走りに歩くような旋律を奏でます。なんともチャーミング。これが主題となり、あたたかな雰囲気の変奏が展開されます。こういう音楽は、カラヤンはうまいですね!
第3楽章:アレグロ・モルト。ヴィオラの忙しいトレモロで始まり、ゆったりした旋律が堂々と立ち上がります。ひそひそ噂話が広がるようなトレモロと、やや悲しげでヒロイックな旋律が交代するように展開され、ドラマティックな盛り上がりを見せて、六つの和音で曲は終了します。
カラヤンが指揮した、ベルリン・フィルという大ヴィルトゥオーゾ・オーケストラによる、重厚で壮大な演奏と言ってよいでしょう。北欧の冷涼で神秘的な側面が語られることの多いシベリウスにしては、伸びやかで祝祭的な気分が現れた、繊細・精緻な作品であり、演奏であると感じます。シベリウスの作品の中では、好きなものの一つです。










シベリウスといえば2番ってのが定説ですが
他のも味ありますよね
カラヤンのシベリウスは豪勢でいいですね。このCDはたまに取り出します。EMI録音のしっとりした感じもよいとおもいます。
ベルグルンドのが内容の中心ですが、同じカラヤン ベルリンフィルで1965年のドイツ・グラモフォンへの録音も取り上げています。
カラヤンは、シベリウスを結構録音しているようですね。弟子筋の小澤征爾に「シベリウスの作品を理解するには、フィンランドの風土に親しまなければならない」ということを諭したことを小澤自身が書いていますが、小澤征爾には交響曲の録音はないようなのが不思議です。
お久しぶりです。この2ヶ月、ある意味で「彷徨い」を続けておりました。2ヶ月ぶりにこちらを拝見しました。
「カラヤン---シベリウス」は、昔から良く知られている組み合わせですね。昔、グラモフォンのLPのジャケットに、シベリウスの墓へ詣でるカラヤンの写真が載っていましたっけ。何故か、カラヤンのすぐ横にジョージ・セルらしい人が写っていて、不思議に思ったものでした。
「シベリウスにしては、伸びやかで祝祭的な気分が現れた」という通り、私もこの曲を初めて聴いた中学生時代、第2楽章を聴いて、短い夏に咲き誇る、北欧の山のお花畑を、勝手に目の前に展開していました。
実は、縁あって先日、西本願寺の親鸞聖人750回大遠忌法要へ、他の門信徒さんたちと団体旅行で参拝して以来、気が済んだのか、またクラシック音楽へ戻ることができました。もうすぐ一周忌ですのでね。粛々と済ませて、また昔へ戻りたいと思っています。なお、蛇足ですが、シベリウス・交響曲全集では、独特のパトスを感じさせるマゼール・ウィーンフィルの演奏を好んでいるところです。第5も然りです。
当方も、昨年から寺の役員になりました。盆と正月の当番は、終日座りつづけるので、けっこう大変です。住職に質問すると、いろいろ面白い。色々なお経の大半は信仰告白だ、というのは発見でした。